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大変お待たせ致しましたっっm(_ _;)m
「こちらは前菜の候補で、右から順に『ひよこ豆のスパイスロースト』、『ケールチップス』、『レンズ豆と豆乳のクロスティーニ』、『カリフラワーのケークサレ』、『ポルチーニ茸のディップ』、『白胡麻タヒニソース添えのファラフェル』となります」
王族専用居住区域にある食堂の、長テーブルの上に所狭しと並べられたセットメニューを、王宮料理長が丁寧に説明してくださいます。
アルベリート王国王弟ご夫妻のご訪問日を来月に控え、王宮は俄に慌ただしくなりました。
王弟ご夫妻の歓待は王妃様に一任された大役ですので、わたくしも緊張感を持って使用人たちを監督しております。
本日は完全菜食主義者である妃殿下をお迎えするためのおもてなし料理、ヴィーガン料理の最終確認をしています。幾度か試作を重ね、時には調味料の一部に動物性由来のものが含まれていたりなど、失敗もありました。
数々の細かい制限がある中で、料理長を始めとする料理人の皆様は本当によく尽力してくださいました。味付けや風味が単調にならないように、決して多くはない限られたものの中で工夫に工夫を重ね、見事な料理の数々を仕上げてみせました。我が国の王宮料理人は大変素晴らしいと、並々ならぬ努力の結晶を目の前にしてわたくしは誇らしく思います。
妃殿下にも、せっかくのご訪問なのですから美味しい料理を堪能していただきたい。これらの料理はきっと妃殿下も気に入ってくださるはずです。
「サラダの候補は『水切りしろ物のオリーブオイルマリネ』、『人参とりんごのラペ』、『緑レンズ豆のスパイシーサラダ』、『アボカドとスナップエンドウのチョップサラダ』、『グリーンリーフのミックスビーンズサラダ』、『しろ物のカプレーゼ』、『玉ねぎとキヌアのタブレ』にございます」
しろ物とは、東方より伝わったすり潰した豆を押し固めた物です。栄養価の高い食品なので、夏場など食欲が落ちた時にしろ物が入ったスープをいただくと体力も落ちません。
胃に優しいのに活力を与えてくれるなんて、さすがはヴェスタース王国より夏季が厳しい東方の食べ物です。ありがたいことですわ。
「スープの候補は、『モロヘイヤスープ』、『ズッキーニとトマトのスープ』『カボチャのココナッツミルクスープ』、『ビーツのハーブスープ』、『長芋と乾燥昆布の冷製スープ』、『じゃがいもと赤キャベツのスープ』です」
緑や赤が目に鮮やかで、どれも美味しそうです。素晴らしいですわ、料理長!
「主菜の候補は、『人参のソイハンバーグ』、『ポートベロマッシュルームのステーキ』、『ゆりねのクロケット』、『舞茸とズッキーニの豆乳ラザニア』、『マッシュルームと野菜のアヒージョ』、『ヤムイモと玉ねぎのフリッター』です。私としましては、不完全燃焼のメニューとなってしまいました」
それは仕方のないことです。本来のメインはお肉かお魚ですので、どうしても主菜が一番難しくなりますもの。
「サイドディッシュの候補は、『レモンとアーモンドのリゾット』、『ごぼうと山椒のリゾット』、『水切りヨーグルトのスプレッド添えクランペット』、『ビーツのフムスオープンサンドイッチ』、『テンペとパプリカのサンドイッチ』、『オリーブオイルと黒胡椒のポレンタ・フレンチフライ』になります」
ポレンタはとうもろこしを粉末にしたもので、作る過程がとても重労働である、お粥のようにして食べる食品です。わたくしは、牛肉の赤ワイン煮込みと一緒にいただくのが好きですわ。
「デザートのロースイーツは、『アップルとウォールナッツのクッキー』、『アガーの苺ゼリー』、『ナッツとデーツのブリスボール』、『カカオニブのブルーベリーロータルト』、『そばの実と乾燥イチジクのフルーツボウル』、『カカオニブとデーツのチョコレートケーキ』が候補になります」
アガーとは海藻や豆類から作られた、ゼラチンの代用品です。寒天やゼラチンより透明度が高いので、苺の赤がとても美しく映えますわね。
「お言い付け通り、卵や乳製品、蜂蜜、砂糖も一切入っておりません。ヨーグルトも植物性のものを使用致しました。デザートはフルーツやメープルシュガーなどで甘さを出しております。砂糖と比べると、どうしても控え目な甘さになってしまいますが……」
「それは仕方ありませんわ。アルベリートの妃殿下には、寧ろ慣れ親しんだ甘さだと思います。王弟殿下も甘い物はあまりお得意ではないとお聞きしていますし、陛下やユリエル殿下もあまり好まれません。……王妃様とわたくしには、少し口寂しいかもしれませんが」
ふふ、と笑えば、料理長が「お夜食にアイスクリームをご準備しておきましょう」と微笑みました。まあ、嬉しい!
「エメライン様。お毒味は終えております」
ジュリアに首肯を返します。
料理長の説明を受けている間に、すべての料理をメイドが一口ずつ毒味したようです。
作った本人である料理長の目の前で毒味をするのは、いつも心苦しく思ってしまいます。王族は必ず毒味を終えた物しか口にしてはならないと決められているので仕方ないのですけれど、王太子ユリエル様の婚約者とはいえ、わたくしはまだ一介の公爵令嬢でしかありません。ですが王族専用居住区の使用人の皆様は、わたくしをすでに王族の一員として扱ってくださるのです。ここで毒味を固辞すれば、却って料理人や側仕えの使用人たちの立場が危うくなります。
ジュリアがそれぞれの料理をワンスプーンにして差し出しました。味見ですから、すべての量を食べるわけではありません。
残りは料理人や使用人たちが食べるそうなので、一切無駄にはなりません。寧ろ縁のない正餐を口にできるとあって、毎回抽選会が開かれるほど競争率が高いのだとか。
今回のお料理は材料に制限があるので質素だと言えますが、使用人たちにとってはご褒美なのでしょう。喜んでくれるのならば、監修したわたくしも嬉しいですわ。
そういえば、先程毒味をしてくれたメイドも、一品一品口にするたびに満面の笑みを浮かべていましたわね。頬に手を当てて、ほう、と幸せそうな溜め息を吐いていました。料理長を信用しての堪能なのでしょうけれど、お毒味役としては些か心配になります。文字通り『毒味』なのですから、もっと警戒すべきではないかしら……。
命に関わる大変なお役目であるはずなのに、お毒味役のメイドからはお口が幸せなのだと喜びの感情しか伝わってきません。
本当に大丈夫なのかしら……彼女の今後がとても心配です……。
セットメニューを順番に、まずは前菜から試します。
ワンスプーンに取り分けられた料理を一品ずつ、ジュリアから手渡されるままに見た目、香り、風味を確認しながら味わっていきます。ワンスプーンと言えども、前菜だけで六品。サラダ・スープ・主菜・サイドディッシュ・デザートと候補はすべて六品ずつありますので、一口ずつですが三十六品目試食することになります。
きちんと味わって判定することが出来るでしょうか。その前に満腹になってしまわないか、少々不安です。
……でも、同じ条件下でお毒味役のメイドはしっかり完食、そして堪能までしておりましたわよね。背丈や体型に差はありませんし、彼女が余程の健啖家でなければ、きっとわたくしにも食べ切ることは可能なはず。わたくし、頑張るのです!
きっとお毒味役のメイドは、わたくしよりも丈夫な胃をお持ちなのだわ――と、ハンカチを口元に宛がったまま敗北を噛み締めました。
何とか三十六品目すべての試食を終え、セットメニューの判定結果を料理長に伝えます。
前菜は『白胡麻タヒニソース添えのファラフェル』、サラダは『玉ねぎとキヌアのタブレ』、スープは『カボチャのココナッツミルクスープ』、主菜は『ポートベロマッシュルームのステーキ』と『舞茸とズッキーニの豆乳ラザニア』、サイドディッシュは『レモンとアーモンドのリゾット』と『オリーブオイルと黒胡椒のポレンタ・フレンチフライ』の二品、デザートは『アガーの苺ゼリー』と『カカオニブのブルーベリーロータルト』の二品です。
前菜、サラダ、スープ以外は二品にして嵩増しすることにしましょう。やはりお肉やお魚を使えない分、ボリュームに欠けます。
……いえ、わたくしには十分すぎる量ですけれど。ただ、殿方には物足りない量ではないかと思うのです。
王弟殿下が特別健啖家でいらっしゃるとは聞いておりませんが、わたくしなどよりはお食べになるでしょうし、特に軍に籍を置くユリエル様には絶対に足りません。
「ユリエル殿下へは、お夜食に肉料理をお出しして。軍部で日々鍛錬なさっているあの方に、ヴィーガン料理は少々エネルギー不足かもしれません」
「承知しました」
「陛下にもお夜食を。あまり胃に負担をかけない、消化の良いもので作って差し上げて。そうね……陛下のお好きな鶏胸ひき肉を使った雑炊がいいわ」
「お任せください」
「それから……その」
ああ、言いづらいですわ……。
淑女として口にすべきではないというのに、けれど食材を無駄にすることだけは避けなければ。
「どうされましたか?」
「あの、ですわね……その……大変申し上げ難いのですけれど……」
「? はい」
「本日のわたくしの夕食は、あちらのサイドディッシュ候補の『ビーツのフムスオープンサンドイッチ』だけ用意してもらえないかしら」
お腹がいっぱいで、お夕食を食べられそうにないの――恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ったまま白状しました。満腹になるまで食べるなど淑女失格です。
羞恥心から顔を上げられないわたくしの耳に、一時してからあちらこちらで忍び笑いをする使用人たちの笑声が聴こえてきたのでした。
は、恥ずかしいですわ……っっ。




