22 ユリエル side
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「―――――唯一でなければならない理由など、ありはしませんわ。皇太子殿下」
そう鮮やかに言ってみせたエメラインを、私は信じられない思いで見つめていた。
知られたくなかった。
どうせ立ち消える話で、実現など絶対にさせないと決めていたからだ。
あり得ないことで余計な不安を与えたくない。私には初めからエメラインだけで、今後も彼女以外の女性を招き入れるつもりなど一切なかった。
叔父の大公には息子が三人いる。
仮に、将来的にエメラインが懐妊出来ずとも、一歳になったばかりの叔父の末息子を後継に選べば済む話だ。
有力貴族との政略結婚ばかりが利益を生むのではない。別の手段で出せる有益はすでにいくつも講じてある。政治的思惑で複数の妃など娶る必要もない。
よしんば私に直系が産まれなかったとしても、母上ならば理解してくださるだろう。
王位継承権を持つ男児を産むプレッシャーが如何程のものか、母上こそよくご存じだからだ。
言い方は悪いが、スペアとなる第二王子と、他国との橋渡しに婚姻という形で使える王女の懐妊も続け様強く望まれた母上は、そのストレスからお体を壊されて半年ほど月のものが途絶えたと聞く。それが原因かはわからないが、母上が第二子を授かることは終ぞなかった。
新たな側妃をと強い突き上げに屈しなかった父上は、自身の唯一の子である第一王子に不測の事態が起きた場合は、王弟の子を後継に据えると宣言した。反発は大きかったものの、父上はそうして私しか産めなかった母上を守り通した。
それと同じことを、私もやればいい。
父上は渋るだろうが、ご自身も我を通したのだ。全面的に拒否は出来ないだろう。まあされたところで切り崩す手段はあるから問題ないが。
故にエメライン、貴女を唯一に出来ない理由なんてないんだ。
なのに貴女は……。
「仰るように、仮令カトリーナ様が王太子妃としてお立ちになる日が来ようとも、わたくしがユリエル様のお側を離れることなど決してございませんわ。これまでの王妃教育は国のための、そして王太子殿下であられるユリエル様のためのもの。国とユリエル様に尽くす理由に、わたくしが王太子妃で在るか否かなど些末なことです」
私は今度こそ絶句した。
エメラインが私達の未来をどう考えているのか、初めて聞いたからだ。
「どのような立場であっても、わたくしの役割もユリエル様への愛情も何一つ変わりません。重要なのはユリエル様のお側に在ることです。ユリエル様の唯一であることではありませんわ」
――だから自分が王太子妃でなくとも、他に妃が何人迎えられようとも、王太子殿下の血を継ぐ御子が自分ではない女性から生まれようとも、愛するユリエル様のために尽くさない理由にはならない――と、エメラインは言い切った。
穢れを知らない澄んだ虹色の瞳で、淀みなく真っ直ぐに。
「……………エメライン」
天使のように清らかで、女神のように慈愛に満ちた微笑みを私に向けてこくりと頷くエメラインだが、違う、そうじゃないと私は声を大にして言いたい。
そうか。やっぱりそうきたか。
いや、うん。わかってはいた。
嬉しいよ。
そこまでの覚悟を持って深く愛してくれていると再確認出来て、本当に嬉しい。嬉しいけども。
「エメライン……私の唯一は、貴女だけだよ」
今まで何度も何度も何度も何度もそう言ってきたのに、網で風を捕まえるみたいにここまで手応えがないのは何故なんだ!?
相変わらずの予想の斜め上思考に涙が出そうだ。ここまで大空振りだと、それもある種の才能じゃないかなと一周回って納得しそうで恐ろしい。
なぜ第二や第三の女を迎えて子供まで産ませる前提で覚悟を決めているんだ、エメライン……!!
途中までは良かったのに。
後半が実にエメラインらしい解釈で泣けてくる。
そこは「ユリエル様のご寵愛をいただけるのはわたくしだけです。他は認めません」と言い切って欲しかった。慈悲深いエメラインにそれを望むのは難しいとわかってはいるけど、でも言い切って欲しかった。
とても良い笑顔で愛人容認発言はやめてくれ。その慈悲こそ私に向けてほしい。
無自覚に抉られた心が痛い……。
「この程度では折れないかぁ。……ふふ、そうこなくっちゃ、面白くない」
不意にぽつりと呟かれた皇太子の言葉を、私は正確に拾った。
不穏な存在から隠すように、胸に引き寄せたエメラインをぎゅっと抱きしめ睨んでやれば、皇太子が面白そうにうっそりと嘲笑った。
「ぽやぽやしてるから簡単に揺らいでくれるかなと思ってたけど、案外図太いね、エメライン姉様」
「え? ぽやぽや?」
ぽやぽやの意味がわからないのか、ぽやぽやが指す対象に心当たりがまったく無いのか、エメラインが可愛らしく小首を傾げる。
エメライン。それは私と二人きりの時にしようか。皇太子に見せるんじゃない。
「皇太子。不毛な横槍は諦めろ」
「ふふっ、横槍はあなただよ、王太子殿。初めから彼女は僕のものだ。いい加減返してもらわなきゃ」
「ふざけるな」
「そっくりそのままお返しする。いずれ取り戻すから、それまで交代劇を阻止できるといいねぇ?」
「開いた夜会は婚約者選定の場だったのだろう。ならば大人しく、参加した候補者の中から相応しい令嬢を選べ」
「ああ、あの夜会のこと? あんなもの、出来レースに決まっているじゃない」
本命は最初からエメライン姉様なんだから、と愉しげに暴露する。
「だから、貴方と違って身綺麗な僕が、こうして遥々求愛に訪れたってわけ」
「無駄足だったな。エメラインが貴様のものになることなど、未来永劫ありえないと思い知るがいい」
「あはは! いいね! いつまで強気でいられるかな? そういう悪足掻き、嫌いじゃないよ」
喧しい。
貴様の変態嗜好などどうでもいい。
「少しは楽しませてよ、王太子殿?」
「衛兵。ラステーリア皇太子のお帰りだ。丁重にお見送りせよ」
言外に「とっとと叩き出せ」と鋭く命じられた衛兵たちが慌てた様子で敬礼し、緊張も露に皇太子を誘導する。
抵抗するでもなく皇太子は機嫌良くそれに応じたが、ふと思い出したように足を止めると、エメラインに柔らかな微笑みを向けた。
「またね、愛しい我が姫」
毒のように甘い声など届かせまいとエメラインを抱き上げる。
立ち去る皇太子の背中を振り返りもせず、私は抱き上げたエメラインと側近たち、そしてエメラインにつけていた侍女のジュリアと近衛騎士を引き連れて、執務室へ取って返した。
「あの……」
「待って。ちょっとだけ待ってほしい」
「ユリエル様……?」
「きちんと話をさせてほしい。だから、もう少しだけ待って」
エメラインの言いたいことは分かっている。羞恥心から、自分で歩けるから下ろしてほしいと言いたいんだろう。でも、今は無理だ。だからそう言われる前に先手を打った。
彼女に触れていないと、破壊衝動を抑えておける自信がない。
今すぐあの男を追いかけて、国や立場など省みず短慮軽率な勢いそのままに殺してしまいそうだ。
そうしないのは、なけなしの理性を掻き集めておけるのは、エメラインの確かな温もりがこの腕にあるからだ。彼女を皇太子から物理的に引き離したい。今の私にとって、それより優先すべきものは存在していなかった。
ラステーリア帝国皇太子、アレクシス・テスター・ラステーリア。
お前の企みなど、すべて捻り潰してやる……!!




