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ありがとうございます!
「皇太子!!」
「なんだ、これも伝えていないの? 他国の人間である僕ですら知っていることなのに? 婚約者だと豪語しておきながら情報伝達の取捨選択とか、エメライン姉様をどこまで侮辱すれば気が済むの?」
「何よりも大切なエメラインを侮辱などするものか!」
「大切、ねぇ? ユリエル王太子殿。一部勢力から男爵令嬢を正妃にと迫られている状況で、エメライン姉様を王太子妃にとよく言えたね? このまま強行して妃には出来るかもしれないけど、せいぜい第二妃止まりだよね。もしくは側妃。……ああ、貴国には第二妃なんて称号はなかったか」
ええ、ございませんわ。
ヴェスタース王国は基本一夫一婦制です。お世継ぎの問題であったり政略的観点から側妃や側室といった立場の方々も多くいらっしゃいますが、戸籍上〝夫人〟の称号を持つのは正室だけです。
心を通わせた殿方に望まれてなられる方も少なくはありませんが、そういった方々は、皇太子殿下のご指摘通りお立場は〝愛人〟となります。
「私の妃はエメラインだけだと決めている。下位の男爵令嬢が王族と婚姻など出来るはずがないだろう」
「だから公爵家が名乗り出ているんだよね、聖女サマを養女に迎え入れるって」
「家格を無理やり上げたとて、血筋も教養もエメラインには到底敵わない」
「至極御尤もだけど、公爵家がしゃしゃり出てくるくらいなんだから、下級貴族の血筋を厭うよりも尊ばれる何かを男爵令嬢は持っているってことでしょ」
「……………」
お答えにならないユリエル様に、皇太子殿下はふふ、と愉しげに笑います。
「無理だよ、王太子殿。貴方がどう足掻こうとも、有力貴族が結託すれば交代劇は免れない」
「そのような真似など断じてさせない」
「その心意気はご立派だけど、無理なものは無理だと貴方もよく知っているはずだよね。王族の婚姻に、個人の感情など不要なのだから」
仰る通りです。王侯貴族の婚約や婚姻は契約であって、そこに双方の愛憎など考慮されません。両家の利益になるか否か。重要なのはその一点のみなのですから。
身分に見合った責任が課されることは、教育課程で必ず刷り込まれる常識です。故に、愛を外へ求める方々も多いのでしょう。
わたくしも、女家庭教師からそう教わりました。
「その点我が帝国は、聖女というまやかしになど微塵も価値を見出していないからね。特殊な崇拝と権力を持つような存在は国に混乱を招く。そんな女は邪魔になるだけだ」
だからね、と、こんな時に明後日の方向へ意識を向けてしまっていたわたくしに視線を寄越され、慈愛に満ちたお顔で笑いかけました。
「僕のところへおいでよ、エメライン姉様」
「何を言う!!」
ユリエル様が声を荒げます。
ええ、本当に。何を仰っているのでしょうか。
「僕なら貴女を確実に正妃に出来る。貴女にも我が帝国の血が流れているし、血筋も容姿も能力も家格も何もかもが優れているからね。何の問題もない。聖女など必要ないから、貴女だけが僕の唯一の妃で、正妃にしてあげられる」
「無礼が過ぎるぞ、皇太子!!」
「どうしてかな?」
「エメラインは私の婚約者だ! 横恋慕の挙げ句口説くなど、非常識極まりない!」
「あはは! くだらない!」
「貴様……っ!」
お腹を抱えて大笑いした後、皇太子殿下は斜に構えて不敵な笑みを浮かべました。
殺伐とした雰囲気の中、わたくしはといいますと、思わずと行った体で驚きの視線をユリエル様へ向けてしまいました。
気の置けない者以外の前でここまで感情を露にされるユリエル様は初めて目にします。思惑を覚らせないため感情を表に出さないよう教育されてきた御方ですのに、まるで皇太子殿下の手のひらで踊らされているようで心配になります。
「さっきから婚約者だと免罪符のように言うけど、今となっては泡沫の夢じゃないか。唯一に出来ない貴方に、エメライン姉様を娶る資格なんてないよ。王太子殿こそ横恋慕は見苦しい」
「エメラインは渡さない!!」
「随分と身勝手だね、王太子殿? ねえ、エメライン姉様。王太子妃になるはずだったあなたは、格下の平民上がりにその座を奪われて我慢できる?」
まあ……平民上がりとは、まさかカトリーナ様のことを仰っているの?
「しかも誰よりも正妃に相応しいあなたが側妃に落とされて、その地位を奪った相手に傅かなければならないんだ。唯一に出来ない愚かな王太子殿は拒絶しきれないまま聖女を抱き、そのたびにあなたに本意じゃないと、仕方ないのだと浅ましくも弁解しながらまた聖女を抱くんだよ。あなたはいずれ聖女の産む王子や王女を養育しなきゃならないかもしれない。教養のない聖女に代わり、公務もこなすことになるだろうね。立場は愛人に近いのに、王太子妃の責務だけは押し付けられるんだ。そんな扱いを許していいの? 今までの血の滲むような努力に見合った対価がこんなものだなんて、エメライン姉様は思うはずないよね?」
怒涛の勢いで一気に捲し立てられたわたくしを、反論しようとして止めたユリエル様が強張ったお顔で凝視されました。
縋るような、どこか弱々しく感じる無言の訴えに、わたくしは口元が綻ぶのを我慢できませんでした。
一時はカトリーナ様を愛しておられるのだと思い込み、これ幸いと婚約解消を申し出た不肖の身ですので、ユリエル様がもしやとご不安に思うことは理解の範疇です。
けれど、ユリエル様。
あなた様は少々、わたくしを見縊っておいでですわ。
もう二度と、勘違いなど致しません。
綻んだ表情そのままに、揺るがぬ心得を説いて差し上げましょう。
「―――――唯一でなければならない理由など、ありはしませんわ。皇太子殿下」
だって、わたくしにとってユリエル様のお側に在ること以上に、大切なことなどないのですもの。
そう。故にそれは、本当に些末なこと。
 




