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3日ですが、あけましておめでとうございますヽ(´エ`)ノ
大変長らくお待たせしております。
今回も先駆けて1話だけ投稿致します。
辛抱強く待ってくださっている心温かい皆様へ、愛を込めて♡(ӦvӦ。)
「……ぐす……っく」
「ほら、もう泣き止んで、エメライン」
「も、申し訳、ございませ、っ……ひっく」
「ああもう、しゃっくりまで出ちゃってるし……」
心配そうにユリエル様がそっとハンカチで涙を拭って下さいます。
本当に、申し訳ないですわ……。けれど、泣き止もうにも勝手に涙がぽろぽろと零れ落ちてしまうのです。きっとお化粧も崩れてドロドロになってしまっていることでしょう。みっともないですわ……。
加えて、はしたなくも人前で泣くなど淑女として褒められたものではございません。まったく、わたくしは今まで王妃様や先生方から何を学んできたのかしら。王太子妃候補たる者、安々と感情を見せてはならないと厳しく教育されてきましたはずですのに。なんと不甲斐ない。
「嬉し涙なのはわかるけど、人前で泣くのはこれっきりにしてほしいかな」
仰るとおりです。衆目を集めてしまい、ユリエル様にもご迷惑をおかけしてしまっています。婚約者として、いち臣下として最もやってはならない失態のひとつですわ。
「貴女を泣かせるのも、その涙と泣き顔を見ていいのも、この世で私唯一人なのだから」
……………え? あら? 今なにか不穏な発言をされたような気がしましたが、気のせいかしら。そうね、気のせいよね。きっと泣き過ぎて幻聴まで聴こえてしまったのだわ。恥ずかしい。お陰様で止まらなかった涙も引っ込んでしまいましたけれど。
羞恥で染まったであろう頬を隠すように両手を添えますと、不意にユリエル様に肩を抱き寄せられ、胸にそっと押し付けられました。左肩に掛けてある外套に覆われる形で抱き寄せられましたので、一身に集めてしまっていた視線から図らずも解放されます。
正装の軍服を着ておられるユリエル様の飾紐の石筆が、わたくしの耳元で静かに金属音を鳴らしました。知らずほっと息を吐き、うっとりするほどよくお似合いの軍服姿に、いけないと思いつつはしたなくも撓垂れてしまいます。ペリースで隠していただけたとはいえ、我ながらなんと破廉恥で大胆な事をしてしまったのかと、今更ながらに慌てました。
「ふふ。淑女の鑑と言われる貴女が、人目も憚らず甘えてくれるなんて嬉しいな」
ああっ! 本当に、なんという失態を犯してしまったのでしょう! わたくしだけの恥では済みません! ユリエル様やアークライト公爵家の恥にもなり得ます!
「ああ、どうかそのまま。エメライン、離れようとしないで」
「で、ですがっ」
「貴女のことだから、はしたないとか私の恥になるとか考えてしまったのだろうけど、こうして懐に覆い隠してしまえる状況なら寧ろ大歓迎だ。――とてもいい牽制になる」
最後の方だけ、何を仰ったのか聴き取れませんでした。過る不安をそのままにおずおずと見上げると、至近距離でユリエル様が、それはそれは美しく蕩けるような微笑みを向けておられます。
なぜかしら。背中がぞくりとします。
すっぽりとペリースに覆われたわたくしの耳に唇を寄せられ、甘く誘うように囁かれました。
「こうしていると、不躾に見物している者たちからは口付けているように見えるだろうね」
「ゆっ、ユリエル、様っ」
「私としては本当にそうしてしまっても一向に構わないのだけど、エメラインの色香は私の寝室でしか花開かせたくはないからね。ちらりとでも覗き見しようなんて無粋な男がいたら、私はきっとその者の目玉をくり抜いてしまうだろう」
「まあ、ご冗談を」
にこりと笑ったままお答えにならないユリエル様をじっと見つめて、これは冗談ではないと気づきました。
とんでもないことを仰るユリエル様にふるりと肩が震えます。怖いなどという不忠不義ではなく、寧ろ慎みのない歓喜に震えてしまうのです。常ならば穏やかな性情であられるユリエル様の、荒々しく雄々しいお姿にときめいてしまったと申しますか。その……夜のお姿を思い出してしまった、と――ああっ、なんてはしたないことをわたくしは思ってしまったのでしょう! 破廉恥ですわ! 穴があったら入りたい、いえ、寧ろ掘って埋没すべきではないかしら! わたくしに土魔法の適性がまったくないことが悔やまれますわ!
「王太子殿下。本日は私共の婚姻式に足をお運びくださって誠にありがとうございました」
わたくしが一人悶絶しているところへ、お兄様が美しい花嫁衣装に身を包まれたお義姉様を伴ってユリエル様へご挨拶に参られました。何故かすぐに視界を遮られてしまいましたけれど。
そうなのです。今日は待ちに待ったお兄様とお義姉様の結婚式当日です。誓いを立て、お二人が口づけを交わされた瞬間に、わたくしの涙腺は崩壊してしまいました。
ずっとわたくしのために挙式を先延ばしにしてくださっていたのです。ようやく結ばれたお二人の姿に、感極まって泣いてしまいました。お側にいてくださったユリエル様が甲斐甲斐しくお世話してくださいましたけど、ただただご迷惑をお掛けしただけのような気がします。きっと酷い顔をしているに違いありませんわ。
そもそも本来であれば、王太子殿下が特定の臣下の挙式に顔出しするなどありえないのですが、義理の兄になる者のめでたい席に参列しない理由はないと仰ってくださり、贅沢にも正装で御出席頂けたのです。アークライト家の誉れですわ。
「義理とはいえ兄となる男の目玉をくり抜く訳にもいかないか」
ぼそりと呟かれた言葉に、わたくしはついユリエル様を凝視してしまいました。
本日より新婚ですのに、お兄様は眼球をくり抜かれる可能性が!?
「ああ、ジャスパー殿。とても素晴らしい式だった。結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
先程呟かれた物騒な発言などなかったかのように、完璧な微笑みでお兄様に祝辞を述べられます。わたくしは早鐘を打つ心臓をそのままに、くり抜いては駄目とユリエル様に囁きました。
「おや、聞こえていた? 大丈夫、新婚ほやほやの実兄ならば仕方ない」
新婚でなければ違ったのかしらと、ちらりと過ぎったわたくしはユリエル様の意識をこちらに縛り付けるつもりで、大して効力はありませんがぐいっと身体を擦り寄せました。はしたない事この上ない愚かな行為ですが、目を瞠ったユリエル様の虚を衝かれたお顔から、目論んだとおりわたくしに気を取られていらっしゃるご様子です。
お兄様の両眼は、このエメラインが死守致します!
「誘ってるの? それとも私の忍耐力を試してる?」
「えっ? いえ、そのようなっ」
あ、あら? 思った以上の効果ですわ。
貧相だと自覚しているわたくしの色仕掛など取るに足らないと思っておりましたが、まさかの効力です。わたくしを見つめるユリエル様のアメジストの瞳に、隠そうともなさっていない熱が宿って――ゆっ、ユリエル様! 腰を引き寄せるのはこの際仕掛けたわたくしの責任ですので許容範囲ですが、む、胸は! 胸は駄目です! 衆目が!
「……………殿下。仕出かした妹が悪いとは思いますが、人の目がある場でそれはやり過ぎでは」
覆うペリースでお姿は確認できませんが、お兄様の呆れたお声が聞こえます。
もっと全力でユリエル様をお止めください! 触れるだけでなく、やわやわと揉むのはもっと駄目ですわ!
ユリエル様限定でしょうけれど、わたくしの色仕掛は思わぬ効果を発揮しますのね!? もう二度とやりませんわ!
あわあわと慌てるわたくしをうっとりと見つめたまま、ユリエル様は仕方ないとばかりに胸から手を離されました。ええ、胸だけ解放です。がっちりと腰に巻き付いた腕はそのままですわね。
ユリエル様。醜聞が立つ前に、せめてエスコートに切り替えてくださいまし。
「まあ確かにやり過ぎたかな。眦を赤く染めたエメラインの色香など、知っているべきは私だけだからね」
そういうことも衆人環視の中で仰ってはいけません! 醜聞が! ユリエル様、笑い事ではございません!
「ああ、ふふっ、ごめん、滅多に見れない焦る貴女があまりにも可愛らしくて。大丈夫だよ、貴女の愛らしい表情は誰にも目撃させていないから」
まあ、本当に? それならば醜態を晒すという最悪な状況は回避できたのかしら。
……あら? でも、お兄様には、ユリエル様がわたくしの胸に触れていた事実は筒抜けでしたが……。
「殿下。顔は見えずとも、貴方様の手の動きで妹に何をなさっていたのかくらいはわかりますよ」
ゆっ、ユリエル様――っっ!!




