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リハビリで書いたラブコメです。

短期連載ですが、楽しんで頂けたら幸いです。

 



「ヒロインは私よ! 悪役令嬢のあなたになんか王太子は渡さないんだから!」


 昼食後のティータイムを満喫していたわたくし、エメライン・エラ・アークライトを指差して、一週間ほど前に編入したばかりのカトリーナ・ダニング男爵令嬢が、生徒で賑わうカフェテリアでそう宣言なさいました。


 ヒロイン?

 悪役令嬢?

 どういう意味なのかしら?


「ユリエル様が愛しているのは私なのに、あなたが父親の権力を使って無理やり婚約者になったのは分かってるんだから! なんて卑劣なの!」


 あんなに賑わっていたはずのカフェテリアは、水を打ったようにしんと静まり返っています。誰もがこちらを注視していらっしゃるのに、誰一人として声をお出しになりません。


 ええと、ちょっと待ってくださるかしら?

 いろいろとツッコミが追いつきませんわ。

 まず何から正せばいいのかしら。


「あなた! 畏れ多くも王太子殿下の御名を口にするなんて、なんて無礼なの!」


 そうね、まずはそこからよね。

 殿下よりご許可頂けないかぎり、軽々しくお呼びしてはいけないのよ。

 シルヴィア・アン・エントウィッスル公爵令嬢の尤もなご指摘に、思わず心の中で深く頷いてしまいましたわ。


「愛されてる私がユリエル様の名前を呼ぶのは当たり前じゃない!」


 まあ。そうなの? 殿下がお許しに? まあ……では仕方ありませんわね。殿下がお決めになったことならば、わたくしからは何も申せません。


「愛されているですって? 妄言も甚だしい」


 静かに、けれどよく通るお声で叱責なさったのは、セラフィーナ・シフ・フェアファクス侯爵令嬢です。


「あなた、男爵家のご令嬢でしたわね。エメライン様は公爵家のご令嬢で、あなたよりもずっと高貴なお血筋でいらっしゃるのよ。そんな方に暴言を吐くとは、ダニング男爵家はいったいどんな教育を施されたのかしら」

「ほら! そうやって権力を振りかざすのね! 血筋が何よ! 平民出身だからって馬鹿にされる筋合いはないわ! 身分なんて関係ない!」

「ダニング男爵令嬢。貴族の末端に籍を置くあなたが身分を蔑ろにすることは許されませんよ」

「血筋しか誇れるものがないからって、浅ましいのはどっちよ! あなたたちのような性悪女を婚約者に据えられて、サディアス様もエゼキエル様も可哀想!」


 サディアス・エスト・フランクリン公爵令息。エゼキエル・ファーン・グリフィス侯爵令息。共に王太子殿下のご側近で、フランクリン様はシルヴィア様の、グリフィス様はセラフィーナ様のご婚約者様でいらっしゃいます。

 殿下に続いてお二人のご婚約者様のファーストネームを口にされるとは露程も思わず、わたくしは淑女らしからぬぎょっとした視線をシルヴィア様とセラフィーナ様に滑らせてしまいました。

 ああ、わたくしもまだまだですわね。感情を面に出さないようにと、幼い頃から妃教育を受けてきた身だというのに。なんと情けない。


「わたくしの婚約者のファーストネームを、何故あなたが勝手に呼んでいるのかしら」

「不愉快だわ」

「お生憎様! サディアス様もエゼキエル様も、私に呼んでほしいって言ったのよ」

「そんなはずありませんわ」

「あなたのような常識を身につけておられない方に、ファーストネームをお許しになるはずがないわ」

「酷い! 言い掛かりは止めて! ユリエル様もサディアス様もエゼキエル様も私を大切にしてくれるからって、私に嫌がらせをするなんて酷いわ! そんな性格だから愛想を尽かされたんじゃない!」


 果たして酷いのはどちらなのか。カトリーナ様はご自身が何を踏み抜いたのか自覚がおありなのかしら。

 さて、困りましたわね。衆目がある中で騒ぎを起こすなど、淑女としてあるまじき事態です。このままでは殿下方のご迷惑になるだけでなく、シルヴィア様やセラフィーナ様の不名誉にもなってしまいます。


 しかし、困ったことにあながち全てを否定はできないのです。

 教会が聖女と認定したカトリーナ様が、学園に編入されたのは王家の意向があったからですし、ダニング男爵の庶子で平民だったカトリーナ様を、殿下方が庇護していらっしゃるのも事実なのです。貴族社会に不慣れなカトリーナ様に寄り添い、少しずつお教えしているのだと以前殿下よりお話がありました。

 わたくしたちにカトリーナ様の教育を任せて頂けなかったのは残念ですが、わたくしなどでは推し量れない理由がおありなのだと思います。カトリーナ様が殿下のファーストネームをお呼びしていることも、きっと不慣れな場所で頑張っておられるカトリーナ様を慮って、殿下がお許しになったのでしょう。殿下がお決めになったことです。わたくしの感情など些末なこと。


 殿下とわたくしが婚約を結んだのは、互いが六つの頃でした。宰相である父に、国王陛下から打診があったのだと伺っております。初めてお会いした殿下は、ダブグレーの髪とアメジストの瞳をした、とてもお美しく、お優しい方でした。

 恋心というものは、殿下にもわたくしにも芽生えてはおりません。言うなれば兄妹のように育った幼馴染み、でしょうか。もちろん愛情はございますが、それは決して恋い焦がれるようなものではございません。

 もし本当にカトリーナ様の仰るように殿下が彼女を心から愛していらっしゃるのなら、陛下やお父様にご報告し、良いように取り計らって頂かなくては。政治的思惑で交わされた婚約ですが、殿下のお心に寄り添える縁談を選ぶべきだと思うのです。

 確かに殿下は、カトリーナ様と共にいらっしゃるお姿をよくお見かけします。いつも楽しそうに談笑しておられるので、とても良いご関係を築けているのだと傍目からもよくわかります。

 つい先日には、お二人が街でお会いしているお姿を通りかかった馬車から拝見しました。仲睦まじいご様子から、平民の間で流行っているという、デートなるものをされていたのかもしれません。一緒に目撃した侍女が何やら焦った様子でわたくしを励ましてくれていましたが、あれはいったい何だったのかしら。


 ああ、話が逸れてしまいましたわね。

 とにかく、カトリーナ様が仰ったことは、日頃のお二人のご様子から察するに、本当のことなのでしょう。殿下はカトリーナ様を愛していらっしゃる。ならばわたくしは、殿下のお為に潔く身を引かねばなりません。

 そうなりましたら、わたくしは王妃教育を継続する必要もなくなります。少し寂しく感じてしまいますけれど、こればかりは仕方ありませんわ。敬愛する殿下の幸せを祝って差し上げなくては。


 でも――。


 はしたなくも、ふるりと肩を震わせてしまいます。

 実はわたくし……ずっとずっとやってみたいことがありましたの!

 再来年には王太子妃になる予定だったので、相応しくないと諦めていた夢があるのです。カトリーナ様が王太子妃となられるならば、わたくしはお役御免です。ならば、諦めていた夢を追いかけても良いのではないかしら!


 そうね、まずはお父様とお兄様のお帰りをお待ちして、殿下とカトリーナ様のことをご相談しなきゃ。早々に婚約を解消して頂き、ずっと言えなかった夢を、隣国ラステーリアへ遊学したいと申し出なくては。

 ラステーリアは魔工学に優れた国です。我が国ヴェスタースでは女の身で魔工学を好むのははしたないとされていますが、ラステーリアは女性も偏見なく受け入れています。幼い頃に訪れたラステーリアで、街に溢れる魔法機器に圧倒され、その技術の美しさに憧れを抱いたのです。わたくしも、その素晴らしさに触れたい、と。

 それが叶うかもしれない――そう思うと、歓喜に打ち震えてしまいそうです。


「ちょっと! 聞いてるの!?」




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― 新着の感想 ―
[一言] …………き、聞いているだけで頭が痛くなるような事を言う聖女ですね(ォィ 権力っていうのは、努力などと引き換えに手にした、必要な時に行使すべきモノだからこの場で行使しても問題無いぜぇ( ̄▽ ̄;…
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