番外編 カトリーナ・ダニングの奮闘 4
レイフ・アーミテイジ。
王家の影と云われる特務隊に所属。表向きは近衛騎士団に籍を置く。
アーミテイジ辺境伯の三男で、自身も父親から受け継いだ子爵位を持つ。
御年二十五才。独身。婚約者とは死別。
五年前からユリエル王太子殿下に仕える。ユリエル殿下の忠実な影。
黒髪に赤い眸をした寡黙な美丈夫。
ゲームでCVを担当したのは、『耳から妊娠させられる』と評判の、悶絶必至な超人気声優。
公式発表されたスチルから、お色気担当と大きな期待をされていた。
ゲームでは、ユリエル殿下の好感度が上がる最初のイベント後に、護衛としてこっそりヒロインのカトリーナにつけられる。
王太子ユリエルを攻略後に解放される隠しキャラで、ユリエル殿下の最初のイベント後に新たな分岐が発生する。王太子攻略前だと発生しない選択肢が現れ、王太子ルートである『隣国からの夜会の招待状を受け取らない』選択肢がなくなる。
隣国からの夜会の招待状って、受け取ると病み王太子ルートに突入しちゃうんだよね。
病みエル殿下はこれをきっかけにヒロインを監禁しちゃうし、孕むまでとか、孕んでからもとか、ヤバい展開てんこ盛りルートから抜け出せなくなっちゃうのよ。
病みエル殿下、本気でヤバイ。
……うん?
まさか、エメライン様が軟禁状態なのって……。
いやいや。いやいやまさか。
隣国の夜会イベントなんて、こんな時期じゃなかったもの。
うん。気のせい。偶然。偶然ったら偶然!
気を取り直しまして。
これでレイフ・アーミテイジ子爵のルートに入ったことになり、彼の最初のイベント、『教会で魔物騒動』発生。実はただの野犬でしたというオチだけど、身を挺して子供たちを守ろうとしたヒロインに惹かれ始める大切なイベントだ。
問題は、どうやって彼を教会へ誘えるか、なんだけど。
普通に「一緒に教会へ行きませんか!」と誘ったところで、そんな暇はないとけんもほろろに突き放されるだけだろうなぁ。
ちらりとレイフ様を見上げた。
何の感情も窺えない、能面のような作り物の顔だ。でもそんな顔でさえ素敵だなんて、ずるいわ。ああ、本当にいい男。イケメンは、どんな表情でもイケメンなんだわ。
声が聴きたい。
あの、腰が砕けそうな艶やかな美声を聴きたい。
「アーミテイジ卿。すでに知っているだろうが、こちらはカトリーナ・ダニング男爵令嬢だ。教会摘発の協力に対する褒賞に、彼女は貴殿との面会を希った。暫し貴殿の時間を彼女と共有してあげてほしい」
「……………御意」
返答までの間に相当な葛藤が垣間見えたけど、いい! たった二文字だけど声が聴けた!
はあ~ん……これは堪んない! 耳元で囁いてほしい!
あっ、それだと妊娠しちゃう? きゃーやだーっ!
「……………」
おっふ。
レイフ様の無言の拒絶感が半端ない。
その蔑んだ赤い双眸がまたいい! もっと蔑んで!
すると、ユリエル殿下が何とも言えない微妙な顔でポツリと呟いた。
「……貴女は本当に逞しいな」
「お褒めに与り光栄です!」
「一言も褒めていないのだが」
「ありがとうございます!」
益々微妙な顔になるユリエル殿下。失礼ですね。
「では、アーミテイジ卿。後は貴殿に任せる」
「御意」
折り目正しく一礼してユリエル殿下ご一行が退室していく背中を見送るレイフ様。素敵。
扉は開け放たれたまま、王宮侍女が二人そのまま室内に待機している。正直邪魔だけど、未婚の男女が密室に二人きりというのは貴族社会では醜聞になるからっていう配慮なのはわかってる。本当に貴族って堅苦しくて嫌になるわ。
でもわかってるの。これは私のための配慮というより、レイフ様への醜聞を避けるための処置だってことくらい、私にだってわかる。
つまり、レイフ様は当然のこと、ユリエル殿下方にも信用はされていないってことよね。
まあ今までの私の言動から考えれば、当然の対応じゃないかしら。無意味で理不尽な言葉を吐き続けてきたものね。
さて。二人きりではないけど、念願の最推し隠し攻略キャラと腹蔵なく話せる唯一の機会。
次に繋げられるかは今回の面会次第。
「初めまして! カトリーナ・ダニングです。ずっとお会いしてみたかったんです、レイフ様」
「……レイフ・アーミテイジだ。まず出だしから君は間違えている。ファーストネームは家族や婚約者以外の者が呼んではならない」
「あ、そうでした。ごめんなさい」
おっと。初っ端からお小言もらっちゃった。
シルヴィア様たちからも注意されてたのに、やっちゃったな。というか、やっぱりいい声! もっと喋って!
「初対面でこんなことを言っては失礼に当たるが、言わせてもらおう。殿下のご命令でもない限り、俺があなたに会うことはない。二度目はないと理解してもらいたい」
「わかってます。私はエメライン様のことでアーミテイジ様のお怒りも買っていると知っています。エメライン様はお優しい方なので、決して私を責めたりしませんでした。断罪してくださるなら、あなただと思っていたんです」
「なに?」
レイフ様の、血のように真っ赤な双眸が驚きに見開かれた。
私がそう返すとは思ってもみなかったと、如実に物語る怪訝な驚きだった。




