番外編 カトリーナ・ダニングの奮闘 3
「あの、それで、殿下。今日私を呼び出したのって、お約束してくださった褒美の件ですよね?」
「うん?」
「え? いやいや。……え? ちょ、ちょっと。まさかエメライン様への惚気を延々聴かされて終わりですか!?」
「ははは」
「はははじゃないですよ!」
エメライン様のこと以外でもポンコツだったとか、本気で止めてほしいんですけど!
「ちょっと! 話違うじゃないですか、フランクリン様!」
「いや、私に言われても」
唐突な流れ弾を食らったサディアス・エスト・フランクリン公爵令息様が、ウィローグリーンの眸を驚きで見開き、そのあと咎めるように「殿下」と苦言を呈した。
もっと言ってやってくださいよ。
「ちょっとした意趣返しだ。許せ」
「王太子殿下って、そういう性格でしたっけ」
じとりと睨めば、にっこりと爽やかで完璧な微笑みを寄越してくる。
悔しいけど、顔だけは無駄にいいのよね。好みじゃないけど!
「ご所望のアーテミイジ卿に会わせることは心安いが、口利きまではしない。自力で誼を結べ」
「もちろんです!」
「アーミテイジ卿は、貴女が学園に編入するずっと前からエメラインにつかせていた。その意味はわかるか?」
「うっ……わ、わかります」
つまりは、私が彼女にやってきたあれやこれやを全部見聞きしてきたということ。
だって!
ゲームだと思ってたんだもん!
「あれは実直な男だ。ずっと見守ってきた彼の方が、恐らく私などよりエメラインの血の滲むような日々の努力を熟知している。故に、貴女への心証は決して良くないと心得るべきだ」
「はい。わかってます」
「それでも面会を望むか?」
「望みます」
一瞬の躊躇いもなく、私は言い切った。
スタートラインどころか、マイナスからの出発点だとわかってる。
ユリエル殿下のご下命で嫌々ながらも面会はしてくれると思う。でもきっと、いや絶対、再度の面会は受けてくれない。ユリエル殿下の手前、今回は無視したり抱く悪感情を顔に出したりなんてことはまずしないはず。あくまでユリエル殿下の前では、と注釈が入るけど。
自業自得だから。
あんな真っ直ぐすぎるエメライン様を、ずっと貶めてきたのは私自身だから。
エメライン様本人が私を断罪しない代わりに、彼女をずっと陰で護ってきたアーミテイジ卿が私を断罪するのは間違ってない。私の最悪な醜態ばかり目の当たりにしてきた彼こそ、エメライン様の代弁者に相応しい。
エメライン様は、私を嫌ってはくれなかった。
いつも誠実で、親切で、優しくて。私はズルして聖女なんて呼ばれてるけど、本当の聖女ってエメライン様を指すのだと思う。
好き勝手やってきて、今さら何言ってるんだって自分でも思うけど。
だから、甘んじて受けよう。
役割で言うなら、私こそ聖女を虐めた悪役令嬢なのだから。
それに。
「ふむ。脂下がった顔つきだな」
「……殿下。仮にも女性に対して失礼ですよ」
「また良からぬことを企んでいるんじゃないか」
「エゼキエル。お前も大概失礼だぞ」
フランクリン様こそ失礼だと思うんですけど。
仮にも女性ってなに。仮も何も、生まれた時から、もっと言えば前世から女性ですけど!?
にやけてしまったのは否定出来ない。
だって、マイナスからのスタートだよ? これ以上下がりようがないでしょ? だったら上だけ見上げていればいいんだから、寧ろシンプルでいいわ。
それに、毛虫を見るような目で見てくる相手を落としてこそじゃない、恋愛の醍醐味って!
絶対メロメロにさせてあげるんだから!
覚悟して待ってなさい、レイフ・アーミテイジ様!
「何やら不穏なものを感じるが、転んでもただでは起きないその根性はさすがと言うべきか。私も見習うべきかな」
「殿下。やめてください」
頭痛がするのか、フランクリン様が顳顬を擦っている。
「これ以上拗らせないで頂きたい。アークライト嬢が不憫です」
「む。何故だ。愛ゆえの執着だろう」
「執着だと自覚はおありなのですね」
「当たり前だ。何年恋い焦がれて来たと思っている」
ふん、と腕を組んだユリエル殿下が斜に構えた。
こんな傲然たる態度さえ絵になるなんてずるいと思う。
「サディアス。本音を言え」
「何のことでございましょう」
「お前がエメラインを気遣うなど今更過ぎる。エントウィッスル嬢から何を言われた」
「ダニング嬢とほぼ同じ内容を延々と、ネチネチと言われ続けておりますが、何か」
ユリエル殿下が口を噤んだ。
シルヴィア様、グッジョブです。
やっぱり同じ女として口出ししちゃいますよね。半月以上軟禁なんて酷すぎる。
「こちらにも二次被害が出ておりますので、アークライト嬢を速やかにご実家へ帰らせて差し上げてくださいね」
「はあ。……わかっている。先程そう約束したのだから、違えることはない」
「それは重畳。くれぐれもよろしくお願い致します」
不承不承とばかりに麗しいご尊顔をしかめている。そんなに帰したくないのかとツッコミそうになった。
まるでひっつき虫のように厄介ね。
それでもあのエメライン様なら、聖母の微笑みで「仕方のない方ですこと」と何でもないかのように甘受しそうだけれど。軟禁されてこれって、本当に凄い人だわ。
「ダニング嬢。そろそろ心の準備はいいか」
さっさと旗色が悪い話題を変えたいんだろうなぁと思いつつ、ユリエル殿下の言葉にごくりと生唾を嚥下した。
首肯した私を一瞥して、ユリエル殿下が「入れ」と声を発する。
カチャリと音を立てて、扉が開いた。
最推しの、レイフ・アーミテイジ様のお姿を、私はこちらの世界で初めて目にした。




