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誤字報告してくださった方、ありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
5話の『方をつけたい』ですが、『方をつける=片をつける』で同じ意味になり、間違いではありません(^_^;)
なので、修正はしておりませんので、ご理解くださると幸いです_(._.)_
この場でお礼を述べる非礼をお許しください(;>_<;)
◇◇◇
「――エメライン。私を信じ、私の手を取ってくれてありがとう」
「えっ? あ、はい……?」
婚約者ですから、ダンスのお誘いをお断りする理由はございませんが?
小首を傾げつつお応えすれば、殿下の眦が少しだけ下がりました。最近ではめっきりお見かけすることのなかった、少年のような幼さを覗かせる、肩の力の抜けた笑みでした。
トク、と胸に違和感を覚えましたが、今は大切なお役目中です。小事に気を取られている場合ではありません。小事は大事とも言いますが、とにかく今はそれどころではないのです。
社交シーズンの幕開けは必ず宮殿で催され、舞踏会のファーストダンスは国王陛下と王妃陛下が務められます。本日は卒業パーティーを兼ねているので、両陛下のお計らいにより、卒業生である殿下とわたくしがファーストダンスを任ぜられました。
殿下とは定期的にダンスの練習が組まれていますが、ここ三ヶ月ほどは一度も合わせておりません。互いの癖などは身体がきちんと覚えているものですが、衆目の中一度も合わせることなく本番を迎えたわたくしとしましては、正直気が気じゃありません。
王家とアークライト家の、特に殿下の恥となってはならないのです。些細なミスでも許されません。
ああ、緊張します……。何か、何か別のことを考えて固くなった心身を解さねば!
殿下のリードでターンを決めた際、皆様と談笑なさっているカトリーナ様がちらりと視界に入りました。
てっきりカトリーナ様をエスコートなさるのだとばかり思っていたわたくしでしたが、まさか殿下自ら我が家へお迎えにいらっしゃるとは思いもしませんでした。しかも王家エンブレムが刻まれた王太子殿下専用の、繊細で美しい金細工が施された純白の馬車で、です。勿論わたくしは一度も乗ったことはございません。当然です、殿下だけの豪奢な四頭引き馬車なのですから。因みに四頭の馬もすべて白毛です。目映いです。
座面はカージナルレッドの天鵞絨で、跳ね返すような素晴らしい弾力性でした。さすが王家の馬車は違います。
扉の内側にはグラスホルダーがあって、ワイングラスが倒れないよう配慮された親切設計になっていました。溝がS字になっていて、グラスをスライドさせて使うのですって! 感動致しましたわ!
興味津々なわたくしに実演して見せてくださった殿下が、「まるで幼子のようだな」と愉しげに仰ったのはちょっと恥ずかしかったわね……わたくしったら、はしたない。
そうして王宮に到着してから殿下のエスコートで会場入りして、ここまでがわたくしに恥をかかせないためのご配慮だろうと一人納得し、すでに会場入りされていたカトリーナ様のもとへ向かわれるのだろうと思っておりました。けれど、殿下はわたくしをエスコートなさったまま、わたくしも連れてカトリーナ様がお待ちになっている場所まで赴かれるではありませんか。
動揺のあまり近づくまで気づきませんでしたが、その場には殿下ご側近のお二人と、シルヴィア様とセラフィーナ様が共にいらっしゃいました。
殿下はシルヴィア様とセラフィーナ様に疑問符が飛び交っているわたくしをお任せになり、陛下が首肯されたのを確認なさってから、あの断罪劇を披露なさいました。
皆様のご様子から、知らされていなかったのはわたくしだけなのだと察しました。それを寂しく感じてしまったのは秘密です。そう、わたくしの感情など些末なもの、なのですから。
ワルツが終わり、殿下とお辞儀を交わします。
さあ、ここまでがわたくしの務めです。ここからはカトリーナ様と交代ですわね。わたくしは潔く身を――――
「エメライン。もう一曲踊ろう」
「えっ?」
――もう一曲?
思わず殿下を凝視してしまいました。
「ですが……」
「私達は婚約者だ。何も問題ないだろう?」
そう、同じ方と二度踊れるのは家族や夫婦の他は、婚約者だけ。三度踊ることが出来るのは夫婦だけです。
だからこそ、何故わたくしと二度もダンスしようとなさるのか理解できません。一度目のファーストダンスは義務です。ですが二度目となると……。
「さあ、もう一度手を取って。私は貴女と踊りたい」
そのお相手はカトリーナ様のはず。どうしてわたくしと……?
「エメライン。私の愛しい人。さあ、もう一度」
誘われるまま、うつけたように差し出された手を取ります。手を取りたいと、思ってしまったのです。カトリーナ様がいらっしゃるのに、浅ましくも殿下を繋ぎ止めたいと……なんて、ことを。
ふるりと震えるわたくしを抱き寄せ、ホールドしながら、殿下がそっと耳打ちされました。
「貴女にずっと言いたくて言えなかったことがある」
ええ、わかっておりますわ。今日が最後なのだと、そう仰いますのでしょう?
「すべて恙無く終えられた今、ようやく貴女に伝えられる」
婚約を解消し、カトリーナ様を選ばれるのですね。
どうしてかしら。それをわたくしも望んでいたはずですのに、何故こうも胸が痛むのでしょう。きっと、当たり前のように隣に居てくださった殿下と、本日を以てお別れする寂しさが胸を締め付けますのね。
「エメライン。私は貴女を、心から、愛している」
「………………………え?」
え。い、今、なんと……?
「愛している。初めて出会ったあの日から、ずっと、ずっと貴女だけを愛している」
「ま、待ってくださいっ。でも、殿下はカトリーナ様をっ」
「教会の不正を暴くため、その歯車の一つだったダニング嬢を邪険に出来なかったことは認める。だが一度たりともダニング嬢に心惹かれたことなどない。私が愛しているのはエメラインだけだ。貴女だけをずっとずっと愛してきた。どうか私を受け入れて。私だけのレディになって」
殿下が、幼かったあの日から、ずっとわたくしのことを……? そ、そんな……嘘……ああ、いけないことだと分かっているのに、どうしよう――嬉しい。
「エメライン。どうか応えてほしい。でないと、私は……」
ああ、美しく揺らめくアメジストの瞳がわたくしを映し出している。わたくしだけを見つめている。
希われていると、わたくしだけを欲しているのだと、胸の一番奥、最奥に隠れるようにして守っていた恋心の芯にまで響いて、わたくしの全身が喜びに震えています。
はい……はい、勿論です、殿――――
「このまま貴女を監禁してしまいそうだ」
――えっ? か、監禁?




