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日間ランキング21位になっておりました……私は夢を見ているのでしょうか(゜A゜;)
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「王太子殿下。私と取り引きしませんか」
今までの媚びた、胸焼けするような甘ったるい態度とはまるで別人と化した様相で、カトリーナ・ダニング男爵令嬢はそう切り出した。
卒業パーティーを一週間後に控えた、初雪が観測された日のことだった。
◇◇◇
今年は王太子殿下がご卒業されるということで、パーティー会場は王宮で開かれることになりました。舞踏会で使われる大広間で、今月から始まる社交シーズンと合わせて豪勢なパーティーになると噂されていました。
灯りに煌めく豪華なシャンデリアや、天井を埋め尽くす黄金の装飾。煌びやかな宴に相応しい、華やかな装いの紳士淑女方。噂に違わず贅を尽くした卒業パーティーになることでしょう。
アークライト家からも両親、お兄様、ご婚約者様がご出席なさいます。
お兄様はわたくしの卒業を待ってからご結婚されると聞いて、それに納得されているというお義姉様に申し訳なく思いました。お二人は、わたくしが学生のうちは肩身の狭い思いをしないようにと、配慮してくださったのだそうです。屋敷に新たな家庭を持ち込んでは、きっとわたくしが遠慮ばかりするだろうからと。
恥ずかしながら、お兄様の予想は当たっておりますわ。アークライト公爵家の、新たな女主人となられるお義姉様より優先されるべき立場ではありませんから、恐らくお兄様が懸念なさったとおり息を潜めて生活していたことでしょう。
ああ、誤解なさらないで。お義姉様とはとてもよい関係を築けておりますのよ。けれど、小姑であるわたくしが今までのように悠々自適に過ごすわけには参りません。使用人たちも、今後はわたくしよりお義姉様を優先せねばなりません。些細なことですが、幾度も優先順位を間違えればいずれ軋轢が生ずることになりましょう。不和など望んでもおりませんわ。とんでもない!
それを避けるため、きっと部屋に籠ってしまうでしょう。それは結果的にお義姉様を避けているように見え、やはり不和となってしまうのです。
ご配慮くださったお二人に罪悪感を抱いてしまいますが、それでも感謝の気持ちで一杯です。
「……………」
そんなことをつらつらと考えて、暫し現実逃避などしてしまいました。
お二人の盛大な結婚式を想像し、お兄様にお世継ぎが生まれて、ぷくぷくのほっぺをつつきながら「アークライト家も安泰ですわね」とお義姉様と微笑み合ったりして――そんな数年先にまで思いを馳せてしまいました。
ええと、これはどういう状況なのでしょうか。
両陛下と貴族の方々、卒業生、そして教会幹部の方々が集う会場で、何故かわたくしの前にはシルヴィア様とセラフィーナ様がお立ちになり、更にその前には殿下とご側近のフランクリン様、グリフィス様がおられ、カトリーナ様を伴っておられます。
皆様の前には殿下に名指しされた幾人かの紳士方と教会の方々がいらっしゃって、殿下がフランクリン様から受け取った書類を読み上げますと、内容に貴族方は蒼白になり、教会の方々は苦り切った顔をされました。
書類は教会の裏帳簿で、裏稼業の資金源や支出など、お金の動きを事細かに記した物でした。教会は子飼いの暗殺集団を使い、要人暗殺依頼を受けて莫大な富を築いていたそうです。まあ、なんておそろしい……!
そして、ここでまさかのわたくしの名が上がり、幾度も暗殺者が差し向けられていたと言うではありませんか!
えっ。初耳なのですが。まったく気づきもしなかったのですが!
わたくしはいつ命を狙われたのでしょう?
思い返すも何一つ心当たりがありません!
話の流れから、どうやら今回の捕物にカトリーナ様が大きく貢献なさったご様子でした。裏帳簿の隠し場所や暗殺集団のアジトなど、決定打となる証拠の数々を暴かれたとか。教会の方々が愕然となさって、「なぜ貴様がそれを知っている!?」と喚いておられます。
カトリーナ様は本当に不思議な方です。さすがは聖女と呼ばれる方。あたかも未来をご存知であるかのように、見事な洞察力をお持ちです。
殿下によって罪状を述べられていく教会の方が、カトリーナ様をおどろおどろしく睨み付け、毒を吐くように言葉を投げつけました。
「裏切り者め……!」
「はん! 心外だわ。いつからあんたたちが私の味方になったって? 権威主義のあんたたちが欲しかったのは、王家より優位に立てる権力でしょ?」
「神を冒涜するか!」
「神って誰のことよ。独裁的で私利私欲に走るようなあんたら幹部の人間が、私腹肥やしてブクブクに膨れたそのお腹とおめでたいスカスカ頭で神を語ってんじゃないわよ」
「なんだと!」
いつもにこやかに迎えてくださっていた教会の方々が、鬼の形相よろしくカトリーナ様を罵倒なさいます。
こうして目の当たりにしても、まだ信じられませんわ……。穏やかなご気性だったはずの方々が、こうも変貌なさるなんて。それにわたくしを暗殺しようとなさっていたとは、どうしても信じ難いのです。
どうしてわたくしの命を……?
「アークライト嬢の暗殺を依頼したのは貴族共だが、貴様も邪魔に思っていたではないか! 己だけ言い逃れが出来ると思うなよ!」
「誰が殺してほしいなんて頼んだ? 私はヒロインなのよ! そんな非人道的なことを望むわけないでしょ! 私は正々堂々と蹴落とすつもりだったのに、余計な真似をしたのはあんたたちの方!」
「蹴落とすのに正々堂々などあるのか」
グリフィス様が呆れたご様子でぽつりと呟かれました。
わたくしもちらっと思いましたけれど、寧ろ潔くて清々しいですわ。
わたくしの死を望んだのは、共に名指しされた貴族方でしたのね……。
「――教会と、それに荷担した者の罪過を申し渡す」
殿下の朗々とした声が響きます。ざわつく心が不思議と落ち着きを取り戻していきました。
「次期王太子妃暗殺未遂、殺人教唆、横領・背任、その他諸々の余罪によりこの場にて捕縛、裁定を下す。近衛隊、取り押さえろ」
力なく連行されていく貴族方とは違って、最後まで教会の方々は激しく抵抗なさいました。その際、王家も聖女も呪われろと呪詛を吐き、わたくしはそれがとても恐ろしく感じました。
「――エメライン。大丈夫か?」
「殿下……わたくし……」
この不安を上手く説明できそうにありません。
はくはくと、空気を求める魚よろしく言葉にならないわたくしの肩をそっと撫でて、殿下が大丈夫だと首肯されます。
「貴女には、誰にも指一本触れさせない」
「もしや……今まで、殿下が……?」
「貴女を怖がらせたくはなかったから、こっそり影を付けさせてもらった」
影とは、王家をお守りする特殊な訓練をされた騎士のことです。そんな貴重な方をわたくしにお付けくださっていたと……?
「貴女を失うわけにはいかない。エメライン。どうか私に守らせてくれ」
「殿下……」
わたくしなどのために……何とありがたいことでしょうか。殿下のお優しさに縋ってはいけないと思いつつ、どうしようもない安堵感に心が震え、堪えきれない感情が涙となって零れ落ちてゆきます。
「――はい」
「ああ、エメライン……!」
唐突な抱擁に瞠目した視界の端で、カトリーナ様がほっと胸を撫で下ろす姿が見えました。




