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蘇るあの声。
『ミミ。』
そう呼ばれると幸せを感じた日々。
本当に好きで愛していた人。
『ミミ、あんまり無理をするな。心配する。』
そう言って見つめられたあの瞳。
間違えるはずがない。
ずっとずっと忘れたことはなかったもの。
『待っててくれ。』
そう言って消えたあの人が今目の前にいる。
震える体は隣にいる旦那様にも伝わる。
「ミミ、どうした?大丈夫か?」
「あっ、旦那様・・・。」
「体が震えている。体調が悪くなったか。なら今すぐ、ここから出て。」
「いえ、そうじゃないです。そうじゃなくて。」
落ち着かないと。
今はとっても大切な時。
旦那様の顔を見て、今、どこにいるのか、どんな立場に立っているのかを思い出した。
今の私は、あの頃の何も知らない幼い少女ではないのだ。
公爵夫人として立派にこの夜会を終えないといけないのだ。
そうだ、今の私は、公爵様の奥様なのだ。
あの頃の私と金さんとは全く違う。
あの人だって、きっと忘れてしまっている。
あの立ち位置から、隣国のとても上の立場なのはよく分かる。
だって国王陛下の護衛としてきているのだろう。
そうよ、そうよね。
例え、あの人が金さんだったとして、今の私には何もできないし、彼だって忘れてる。
そう思うとズキズキと胸が痛む。
分かっていたのに。
諦めていたのに。
本当に馬鹿。
頭で分かったつもりでいて、納得していると思っても結局、こんなことになっている。
「そうじゃないって、ミミ、顔色が悪いぞ。それに苦しそうだ。」
「大丈夫、大丈夫です。旦那様。」
「しかし。」
「今は国にとって、とても大事な時です。だから。」
「だが。」
旦那様の心配そうな表情に、少し落ち着く。
嗚呼、もう、なんて旦那様は優しいのかしら。
様子のおかしい私を本当に心配してくれて。
そんな旦那様に安心してもらえるように笑顔をみせる。
「本当に体調が悪いわけじゃありませんから。その理由は他にあるんです。」
「他に?」
「えぇ。その、後でお話します。だから今は。」
「ミミ・・・。分かった、じゃあ今は聞かない。ただ、苦しかったり、辛かったりするのならば、遠慮なく俺に寄りかかるんだ。俯いててもいい。目を瞑っていてもいいから。」
「旦那様。」
私の様子から、何か起こったことは分かっているけど、今は言いたくないことを伝えたら、頷いてくれて、少しでも楽になるように提案してくれる。
嗚呼、本当に良かった。
今、隣に旦那様がいてくださって。
もし、この場で私、一人だったら気が動転して、何をしだしたか分からなかった。
ソッと私の肩に触れる旦那様の手のひらが温かくて、騒がしかった胸も落ち着いていく。
「ありがとう、ございます。」
「当たり前のことを言ったまでだ。俺は、君の旦那なのだから。」
「旦那様。」
旦那様に引き寄せられ、旦那様の胸に頭が寄りかかる。
目の前の光景が見えなくなり、ルトリア陛下の声だけが聞こえてくる。
「レオルド国のルトリア・レオルドだ。この度はリリィ姫と、婚約をさせて貰えて大変光栄だ。私の国では、一夫多妻の種族もおり、私の獅子族も一夫多妻であり、妻は何人か居るが、どの妻も愛しているし、勿論、リリィ姫も夫婦として愛し合えればと思っている。まだ、出会ったばかりなのでお互いのことを知らないので、これから知っていき、愛し合える夫婦になれればと思っている。宜しく頼む。」
「ルトリア陛下。なんと有難い言葉。」
「国の大事な宝を頂くのだ。勿論のことだ。嗚呼、それと、後ろの2人はこちらが我が息子の一人のラートム・レオルドだ。今回、外の世界の勉強にと連れてきている。そして、ラートムの側近であり、今回護衛として着いてきているのが、レイン・コールドだ。金狼族で、昔っから我が王族に仕えている一族の者なので、安心してもらいたい。本来、私に仕えているレインの父親が一緒に来る予定だったが、こちらの国でも問題となっているのがあるので、今回レインの方を連れてきたのだ。」
「レオルド王国の懐刀と言われているコールド一族。なかなか姿を見せることがないという。」
「ハハハッ。そんな噂になっているのか!レイン!」
「そんなことになっているとは知りませんでした。ただ、陛下達が外交行う際には、変わりに国を守らなければならないので、基本、国から出ないだけで、そんな、いいものでは無いのですが。」
聞こえてくる声はあの時とは違い低い声。
でも、あれは確実に金さん。
その金さんのことを初めて知った。
レオルド王国の懐刀と言われている一族。
我が国でも有名で、レオルド王国の王族が朽ちることがないのはその一族の力もあると言われている。
そんなすごい一族の人なんて。
嗚呼、だからか。
話を聞いてて納得してしまった。




