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会場に入った途端視線が集まるのを感じた。
それもそうですよね。
以前のあの事件以来、私は社交界に1度も顔を出していませんから。
旦那様は勿論、クリスからも今の状況が落ち着くまでは、つまり、姫様がちゃんと婚約をしてからでないとあまり良くないのでと言われてお屋敷の中に引きこもっていました。
別に私は引きこもっていても全然苦ではないので、寧ろ社交界に出る方が緊張して気が気では無いので、良かったのですが。
旦那様も夜会には一切出ておらず、私達夫婦は噂の中心人物でありながらそれ以降出てくることがなかったのです。
そうは言っても旦那様はお仕事でお城の方によく出かけているので、姿は表していましたが、クリス曰く旦那様はなかなか話しかけれないような雰囲気を醸し出していたそうで、話しかける方はそうそういなかったとか。
だから、人々は興味深々でこちらを見てくるのでしょうね。
はぁ、一体どういう風に話が広まっているのでしょうか。
スーニャからお手紙で聞いた話だと、姫に対しての悪い噂しかないから大丈夫だと言ってましたが、それでも、あまりいい噂ではないはずです。
だって、正直、私はいきなりひょっこり現れた何か分からない令嬢ですもの。
しかも実家は名ばかりの貧乏貴族です。
いえ、旦那様が援助して下さったので、今はそれほど貧乏ではないと母の手紙で言ってましたね。
でも、まぁ、あの両親です。
急に煌びやかな生活などすることはなく、多分今まで通り領民と共に汗水流して働いている事だと思います。
それは手紙を届けてくれたセッカが言ってましたし、セッカもだいぶ落ち着いたようですね。
ただ、エレナに見つかったら、怒るので、エレナには言わず、クリスにセッカのことを伝えましたっけ。
まあ、クリスも苦笑いを浮かべてましたが、実家のことを聞けて良かったと伝えれば何も言わずに頷いてくれましたね。
まぁ、あまり今のお屋敷に他家のものを入れるのはよくないとだけは言われましたけども。
それほど、結構頑丈になっていましたので、人々はなーんにも知らずですもんね。
悪いように言われていても仕方がありませんし、こうやってジロジロ見られるのも仕方がないのですが、やはり嫌な気持ちはしますよね。
「ミミ、大丈夫だ。」
「旦那様。」
「絶対、俺が守るから。」
あら、私もしかして表情に出てました?
不思議に思って、旦那様を見れば、旦那様は優しい笑顔でこちらを見ていました。
本当に優しい笑顔で、思わず照れてしまう。
「ミミ、頬が赤いような気が。」
「えっ、だっ大丈夫です!久しぶりの夜会で緊張していただけですので!」
「そうか?無理だけはしないように。体調が悪くなったらすぐに言うように。」
「はっはい。」
嗚呼、良かった。
とりあえず、頬の赤みも落ち着き、王族の方達が来るまでまだ時間があるようで、飲み物を飲んでゆっくりしていると遠くでスーニャがこちらを見ていたようで目が合った。
スーニャは笑顔で手を振ってくれたので、振り返すと、更に嬉しそうに笑ってくれた。
その後、誰かに呼ばれたようでそっちに行ってしまった。
確か、スーニャのお仕事で関係を作っていかなければならない隣国の方が今回いらっしゃるからって言ってたから、その方かな?
だから、今日の夜会は傍に行けないって残念そうに手紙で書かれていたっけ。
それに、絶対に旦那様から離れちゃいけないって書いてたな。
何が起こるか分からないからって。
本当なら私がそばに居たいけどって書かれていて、心配性なお友達に思わず笑顔が零れてしまったのはついこの前のことだ。
またスーニャとお茶会したいなー、お買い物でもいいけどね。
そんなことを考えていると、王族の方が入場されるとの事なので、しっかりと旦那様の隣に並ぶ。
どこか疲れた顔をした陛下と殿下、そしてリリィ姫が入ってきた。
「皆の者、今日は我が娘の婚約発表の為に集まってくれて本当にありがとう!本当に嬉しく思う。さて、待たせては申し訳ないので、入って頂こう!レオルド王国のルトリア陛下だ!」
入って来られた方は、金色の髪がサラサラと揺れる美丈夫。
若干、ツリ目がちだが、それがまた凛々しさを表している。
全ての人が息を飲む。
それほど美しいのだ。
そしてその後ろにいる2人。
ルトリア陛下とは対称的に、黒髪のワイルドな美形と金髪の美青年。
黒髪の美形はどこかルトリア陛下に似ていると感じる所があるので、親族の方かしら?
金髪の方はタレ目がちだが、どこか爽やかな美青年。
あ、れ?
あの目は。
いえ、そんな、そんなはずは。
「ミミ?」
旦那様に声を掛けられるが、答えることが出来ない。
あの頃から姿は成長しているから変化しているはずだし、分からないかもしれない。
そう思っていた。
勿論、あの頃よりも大人に成長していて、背や顔立ちは変化している。
でも、あの目、あの目だけは変わらない。
変わっていない。
ずっと、ずっと、思ってきたあの目。
間違えることなどない。
そう、あの目だ。
「金、さん。」




