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「しかし、それほど姫様は旦那様を愛しているんですね?」
「んなわけないよ。ただ、あの馬鹿姫は隣国に嫁ぎたくないから、猫被りも忘れて、皆に醜態を晒しながら逃げるのに必死なだけだよ。逃げるためには何より旦那様と結婚することがいいって思い込んでるだけ。別に旦那様が好きとかじゃなくて、1番逃げれると思ってるのが旦那様なだけ。」
「そんな。」
そんな事のために、愛してもいない旦那様に結婚を求めると?
しかも、元々自分を愛していると分かっている旦那様に?
旦那様の好意を利用するってこと?
それはなんて酷い。
「嗚呼、大丈夫。今の旦那様には奥様がいるから、まっったくと言って、旦那様は傷ついてないし。寧ろ、糞姫に対して怒りしかないみたいだから。」
「えっ?」
「姫が何度も何度やって来ようとして、それを避けるために仕事が出来なくて帰る時間が遅くなってるらしいよ。そんで、奥様に会える時間が減るってめちゃくちゃ怒ってる。」
「ええ?」
確かに最近帰ってくる時間がおそくなっていましたね。
私はお仕事できる時間が増えるからって喜んでて気にしてませんでしたけど。
まさか、旦那様の帰宅時間が遅くなっている理由が姫だったとは。
「あれだけ、旦那様に言われているのに本当にあの姫、馬鹿すぎて効果ないんだよねー。凄いよねー。」
「そんなに?」
「うん、とっても!でも、本当に馬鹿だよね。獣人に嫁ぎたくないとかいいながら、結局言いよってるのは獣人の旦那様なんだから。本末転倒だよ。」
嗚呼、そうです。
そうでした。
そういえば姫は、獣人属である隣国の陛下に嫁ぎたくないと言ってました。
獣人属を嫌っているからって。
ううん、しかし、旦那様は狼の獣人ですもんね。
旦那様と結婚するってことは結局獣人と結婚することになります。
まぁ、旦那様が獣人であるってことは、秘密なので姫は知らないのですが。
「あっ、そろそろ来るみたい。」
「えっ?」
「迎え。外に音がする。あれ?護衛共以外に音がある。これは。」
「どうしたの、ビィー?」
ピクリと耳を動かした後、嫌そうな表情を浮かべているビィーを不思議に見ていると、急に大きな音がなり扉が開いた。
ハッとして扉を見れば居たのは旦那様。
「えっえっ?なんで、旦那様が?」
「いや、寧ろ、当たり前だよね。旦那様が帰ってくるのは。」
「えっえっ?」
いや、だってまだお仕事中では?
なのに、なんで旦那様が?
んん?やっぱり姫様が気になって?
「いや、それだけは無いから。寧ろ、気になって仕方がなかったのは、奥様。あなただよ。」
「へっ?私?」
「うん、絶対に。姫がやって来たって聞いて、姫が奥様に対していらないことをしないように帰ってきたんだよ。」
「いらないことって。」
「ほら、見てご覧よ。」
ビィーに言われて、旦那様の方を見れば、とっても怒ってますね。
そして、姫様の前に近づき、睨んでいます。
でも、姫はそんな旦那様の様子に気づいていないのか、旦那様の腕をとろうとしてます。
「ウィルド公爵!ようやく会えたわ!」
「知らせもなく、何用ですか?」
旦那様は姫をさらりと交わし、姫に対してとっても冷たい口調で話しかけている。
私でも聞いたことがないくらい冷たい声だ。
「だっ、旦那様、すっっごく怒ってる?」
「うん、かなり。」
ビィーは当然とばかりに頷いているけど、一体何故?
何故、旦那様はこれほど怒っているの?
「用って、勿論、私との婚約についてよ!?」
「はっ、まだそんなふざけたことを。」
「ふざけたことですって!?」
「えぇ、陛下からも何度も言われているはずでしょう。そんなことはありえないと。」
「それはお父様が私がウィルド公爵を愛していないとかって誤解して!」
「誤解ではなく事実でしょう?殿下は別に私を愛している訳ではなくただただ、隣国に嫁ぎたくないからでしょう?」
「そんなことは!それに、ウィルド公爵は私のことをあれほど愛していたじゃない!」
「嗚呼、あれは私にとっての黒歴史。消し去りたい過去です。殿下を愛していたなど、本当に頭がおかしかったとしか思えないのです。」
「なっ!」
「私には、本当に愛する人、愛おしい妻が居るのです。妻以外有り得ません。妻を失うなど考えるただけでも恐ろしい。もし、そうなった際には私は私自身で自分の命を断ちます。」
えぇーーー!?
今、とっても恐ろしいこと言ってませんか?
いや、色々可笑しいのですが。
まず、姫は以前の夜会のことを覚えてらっしゃらないのでしょうか?
あれほど暴れたというのに。
自分の婚約を嫌がり、皆に聞かせ、それをなしにする為に旦那様に結婚を申し込んだというあの夜会を。
どう考えても姫が旦那様を愛しているとは思えません。




