7
私の恩人。
私の英雄様。
もう二度と会えない愛しい人。
そんな彼と出会ったのは遠い昔。
私が7歳の頃。
母は生まれたばかりの弟の世話で忙しく、父は領民の為に忙しく働いており、そんな2人を助けたいと思い森に1人で狩りに出かけたときだった。
私は7歳ながらも弓に対しては神童と呼ばれるほどで、自信があった。
熊でさえも遠くなら倒せるほどだった。
まぁ、熊に対しては1人で狩りをすることはないが。
でも鳥ぐらいなら私1人でもと思い森に1人でやってきたのだ。
勝手知る森だ。
自信があった。
でもそれはもってはいけない自信だった。
私は何羽か狩り、帰る際に出会ってしまった。
狼たちに。
多分、鳥たちの血のにおいに反応したのだろう。
私は囲まれ、自慢の弓もこれまで近づかれてしまってはどうのもならない。
死んでしまう。
そう想った瞬間。
目の前に金色の毛をした狼が私を守るように立っていた。
そして、一度吠えた。
一瞬狼たちは怯んだが、襲いかかってくる。
金色の狼は私を守るように応戦し、なんとか狼たちを追い払ってくれた。
しかし、金色の狼はぼろぼろになってしまった。
私はこの狼を死なせたくないと思い、すぐさま手当をするために、森にある小屋へと連れて行った。
これは昔、まだ裕福だった時代に作った小屋だったらしいが、今はもう誰も使ってない。
朽ちてきているが使えないことは知っていたので、そこに金色の狼を背負って連れて行く。
私を何故か守ってくれた金色の狼。
必死に手当をしていると突然、狼が少年、青年?に変身した。
そのとき初めて見た。
獣人族を。
「うっ。」
苦しそうなうめき声が聞こえ、彼は目を覚ました。
「あっ・・・ここは・・・?」
「あっ、ここは、森の中の小屋です。」
「そうか・・・ってあ・・・?お前は。」
「あっ、私はさっき助けてくれた者です。」
「さっき・・・嗚呼、あの子どもか。」
「助けてくださり、ありがとうございました。そしてごめんなさい。私を守ってくれたことで怪我を・・・。」
「いや、これは、さっきのではなく。だから気にするな。」
「えっ・・・。でも。」
「元々あった怪我だ。お前を見つける前にあった。この怪我をおって逃げているところにお前がいたから気まぐれに助けただけだ。目の前で同じ狼が子どもを殺すところを見たくないからな。」
そう言って青年は包帯が巻かれて場所を摩った。
「これはお前が?」
「えっ、あっ、はい。救急セットはいつも持ち歩いてるんで・・・。」
「そうか・・・。助かった。」
「いえ、それはこちらの台詞です。気まぐれでもあなたのお陰で助かったんです。ありがとうございました。」
ぺこりと頭を下げると、青年は目を丸くして、その後ケタケタと笑いはじめた。
何で笑われているか分からず、困惑していると、急に頭を撫でられた。
「礼儀正しい奴だな。怖くないのか?俺はお前を襲った狼と一緒だぞ?」
「えっ?違いますよ!あなたは守ってくれました!怖いわけありません。」
「いや、でも俺は獣人族だしな。この国の者は獣人族を嫌ってる者が多いが。」
「え?そんな!私は私を守ってくれたあなたを怖いとも嫌うともありません。まして獣人族の方がこんなに綺麗だなんて。」
「綺麗・・・?俺が?」
「えぇ。キラキラ輝く金色。綺麗です。髪も、耳も、しっぽも、瞳も。ぜーんぶ綺麗。」
そう伝えると青年はボンッと音を立てて真っ赤になってしまった。
本当に綺麗だと思ったんだけどな。
不快にさせてしまったのだろうか。
心配になって見つめていると青年は申し訳程度に掛けていた私のマントをギュッと摑み呻き声を上げた。
「可笑しな坊主。その話しぶりから良いとこの坊ちゃんなのは分かるのに。」
「へっ?坊ちゃん?」
「そうだろう?どっかのお貴族様のご子息様だろう?そんなご子息様がなんでこんな森に1人でいたんだか・・・。」
あー、そうか。
この格好、男の子に見えたかー。
動きやすいように髪を短くしてたし、平凡な顔は男女どちらでも見られそうだし。
それに狩りのためにズボンだし。
そっかそっか。
彼は私を男だって思ってのかー。
「あの、その貴族ってのは一応、あたりなんですけど。私、女です。」
「へっ?女?」
「はい、女です。」
こくりと頷けば、彼は大絶叫。
なんで女が1人こんなところにと。
その後こんこんと怒られてしまった。
女がこんなところで1人でいるな。
ましてやまだまだガキのくせに。
どうやら彼は私を5歳ぐらいに思っていたようで。
実際は7歳ですって言っても怒られて。
そして話していくと両親を助けたいなら危ないことするなってまた怒られた。
素直に了承すると彼はよしっと笑顔でまた頭を撫でられた。
その笑顔にきっと私は恋をした。
初恋。
そのときの私は分からなかったけど。
でもあの時私は確実に恋をした。
どこの誰かも分からない彼に。
その後、彼の傷が治るまでは内密に私は彼をこの小屋で匿った。
たった数日。
獣人族は怪我の治りも私たちよりも早いそうで、たった数日で彼はいなくなってしまった。
金色だから金さんって私は彼を呼び、彼は私をミミと呼んだ。
ミミは私の家族の愛称で、どう呼ぶかの時に、彼にそう伝えた。
「ミミ。」
彼にそう呼ばれると嬉しかった。
幸せだった。
でも、彼は帰らなくちゃいけない。
たった数日でも彼を愛した私。
きっともう二度と会えなくなる。
それを私は知っていた。
「ミミ。」
「もう帰るんですね。金さん。」
「嗚呼。ミミには世話になった。」
「いいえ、いいえ。金さんは私の命の恩人ですもの。」
「そうか・・・。本当にありがとう。」
そう言って笑う彼を私はまっすぐ見つめた。
嗚呼、これが最後。
幼い私は、涙が流れそうなのをグッと耐えた。
泣いては駄目。
最初から分かっていたこと。
金さんはずっとはここにはいられない。
「ミミ。」
「お元気で。金さん。」
そう言って頭を下げるといつの間にか金さんは私を抱きしめていた。
「金さん?」
「なぁ、ミミ。いつになるかは分からない。でも待っててくれないか?」
「えっ?」
「いつか、いつかまたここに来るから。だから待っててくれ。」
金さんが苦しげにそう呟いた。
嗚呼、金さんも少しは私を親しく思ってくれただろうか。
だからこんな風に別れを惜しんでくれているんだ。
きっと金さんはもう二度とここにはこない。
なんて優しい嘘。
「はい、金さん。」
「・・・ありがとう、ミミ。」
だから私はその嘘に気付かないふりをしましょう。
笑って、お別れしましょう。
「またな、ミミ。」
「はい、また。」
金色の狼は夕焼け空に消えた。
私の愛した人。
もう二度と会えない、私の初恋の人。