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ローエン・ウィルドという男は、とても頭のいい男だ。
頭の回転がとても早く、やると決めたことはどうやってでもやり遂げる。
ウィルド公爵家の一人息子であり、私の幼なじみだ。
幼い時から、王宮にもやって来て、よく遊んでいた。
私と、ローエンとルートと、スーニャ。
よく4人で遊んだものだ。
特にローエンとスーニャは会えば、必ず喧嘩をし、ボロボロになるほど、勝負をしていた。
スーニャは今でこそ、美しい淑女だが、中身はローエンにそっくりで、1人だけ女の子だったが、私達に遅れを取らず、むしろ、私とルートを追い抜かすほどのお転婆だった。
私の妹であるリリィはそんな私たちについていけず、この輪に入る事は一切なかった。
だからこそ、ローエンは知らなかったのだ。
私の妹がどれほど愚かなのかを。
可愛らしい容姿をしていた妹は父も母も甘やかしてしまい、世間を知らない我儘な娘となってしまった。
気づけば、どこにも嫁にはやれないような娘であり、頭を抱えることになっていた。
しかし、そんなこと外に言うことなどできず、ローエンが妹であるリリィを好きになったと言われた時には倒れるかと思った。
ローエンは獣人族であり、狼になれる。
そのことは王族であり、皇太子であった私は早くから知っており、知っているからこそ、仲良くなれた。
ルートとスーニャは知らないが、なんとなくは感じ取ってはいるようだ。
しかし、2人は例え知ったとしても態度を変えるような奴らではないことはよく知っている。
だからこそ、選ばれた2人なのだろう。
だから、スーニャがローエンの婚約者候補にもあがったのだろう。
しかし、この2人は似すぎており、同族嫌悪になり、結婚なんてできるはずもなかった。
故に婚約もなかったのだが、まさかのローエンが好きになるのがリリィとは。
リリィが1番ありえないのに。
ローエンは自分の全てを、獣人族であるということを受け止めて欲しかった。
それごと愛して欲しいと願っていた。
自分の父が母に愛されたように。
そうなりたいと願っていた。
なのに、なぜ、妹を?
聞けば。
「姫は、俺が獣人族でも愛してくれると確信しているから。」
それを聞いた瞬間、どこからその確信がもてたと疑問でしか無かった。
あの妹がだぞ!?
甘やかされ、我儘に育ったアイツは獣人族を嫌い、差別する筆頭だというのに。
外面だけはいいアイツだから、その外面に騙されたのか。
ローエン、基本は頭のいいやつなのに。
いくら妹はダメだと言っても、ローエンは。
「姫以上に俺の理想はいない。姫こそが俺の運命だ。」
とか言い、全く話を聞かない。
ルートにローエンを説得してくれといっても無理だと頭を横に振られ、スーニャに至っては、バカにバカがお似合いだと言うほど。
スーニャは妹の本性をよく分かっていて、嫌っていたからな。
勿論、それを知るのは私と兄であるルートぐらいだが。
まぁ、決まりでウィルド公爵家と王族は結婚することができない決まりになっているから婚約に発展するこはなく、良かったが。
それをローエンは何を勘違いしたのか、自分が獣人族だから結婚できないと思い込んでいたが。
別にローエンが獣人族だから結婚できない訳では無い。
これ以上ウィルド公爵家と王族が近しい間柄になると、国の均衡が崩れてしまうからだ。
狼の力を持つウィルド公爵家は戦闘においてとても強く、獣人族であることを秘密にしてはいるが、その力は巨大であることは国中が知っていることだ。
ただでさえ、始まりの片割れだなんだのと言われているだ。
ウィルド公爵家とは今の距離感を保っておかなければならないのだ。
だからこその決まりなのだ。
それをなぜ、ローエンは獣人族だからと勘違いしているのか。
確かに、友人関係等、ローエンが獣人族だということが知られないよう、勝手なことは出来ないようになっていた。
それをローエンの母君がとても辛く思っていたことも。
しかし、歳を重ね、きちんと力を制御できたらそんなものも無くなっていたのだが。
ローエンの中にはずっと根付いていたのだろうな。
自分が獣人族だからこそ、自由にできない辛さが。
その辛さは幼い時から一緒の私達もよく知っている。
幸せになって欲しいと心から思ってもいる。
だからこそ、妹は絶対にダメだと言い続けたのだ。
他の二人がほっておけと言っても、私だけは断固反対し続けた。
そして、ローエンの父上である前ウィルド公爵に伝え、ローエンが諦めるようにしたのだ。
全てはローエンが幸せになるために。
しかし、まさか、こんなに早く結婚するなんて、思わなかった。
ローエンが結婚するって聞いた時は本当に驚いた。
あれほど、妹に対して執着していたローエンが、まさかこれほど早く結婚するとは。
結婚式は親族だけで行われ、その後ローエンは仕事ばかりで何度か夫人を連れてこいと言うが、一向に連れてこない。
最初は運命の出会いをしたと言われている夫人を独り占めしたいからだと思っていたが、どうやら違うようだ。
なぜなら、ローエンは今まで通り、いや以上に仕事に必死だったからだ。




