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頭を傾げる奥様を目の前に、笑えばいいのか、嘆けばいいのか。
いえ、別に旦那様がメタメタにけちょんけちょんにされたのは良いのです。
旦那様は奥様に対してどれほど失礼なことをしたかなんて私達全員が知っていますし。
今更ということですが。
それにしても奥様がこれほど鈍感とは。
自分がどれほど魅力的なのか一切分かっておりません。
奥様程の人ならば言い寄ってくるものは沢山いたでしょう。
それこそ光に集る虫のように。
しかし、奥様は王都よりもかなり遠く、夜会などにもデビュタント以外行ったことがなかったからこそ声を掛けられることも無くだったそうで。
奥様のご実家もそれほど他家と交流が盛んだった訳でもないので、奥様の存在は知られていなかったと。
だから婚約を願うものもいなかったと。
なんと!勿体無い!!
いや、しかし、だからこそこんな馬鹿な旦那様と契約結婚して私が出会うことが出来たのですが。
それでもです。
どれだけ私たちが素敵ですと言ってもお世辞だと思って信じてくれません。
だからこそ、今何故旦那様がこれほど落ち込んでいるか分からないのです。
旦那様は先日、姫様にようやく婚約者が出来たそうで、そしてそれが獣人族の王族の王子だと知り、相当落ち込んだそうで。
クリスさん言わく、どうやら姫への幻想も打ち砕かれたそうで、相当落ち込んでいたそうで。
いや、今まで姫に対してあんな幻想を抱いていたのが可笑しいのですが。
姫の獣人嫌いはこの屋敷ではよく知られています。
獣人族しかいない屋敷ですからね、獣人を嫌う貴族等はちゃんとチェックしておかないといけないのです。
もし、バレたとしたら大事になりかねません。
相手が貴族の場合は本当に大事件になりかねません。
故に獣人族に対して敵意等があるものかどうかはしっかりと調べております。
ええ、独自のルートで。
王族さえ知らないルートでね。
なので、姫は要注意人物であり、姫を想う旦那様にはそれこそよーくよーく、話していたのですが、一切聞かず、何を思ったか姫ならば受け止めてくれるとだとか言い出す始末。
本当に頭が痛かったものです。
まぁ、その姫の兄上でもあり旦那様と御友人でもある殿下がその辺はしっかりと分かってくださっており、姫と旦那様が関わることをできるだけ減らしてくださったりと協力して頂けていましたが。
しかし、その訳の分からぬ幻想も打ち砕かれ、その悲しみのあまり屋敷に逆戻りののちに奥様に出会い、奥様の真の良さを知り、そのまま堕ちたと。
なんとも、まぁ、飽きれるほどのことですが、相手が奥様ならば仕方が無い。
むしろ何故今まで気づかなかったのかと問いたいぐらいですが。
いえ、この数日は気づいていて、しかし、理解はしていなかったようですが。
チラチラと奥様を見たり、奥様と一緒に居たがったりとしてましたけど。
自覚のない旦那様に麗しの奥様を見せたくなかったので大いに邪魔しましたけども。
しかし、今回はちゃんと自覚したと。
そのことをクリスさんに言われた時思わず。
「おっそ。」
と言ってしまったのは仕方がないかと。
クリスさんも苦笑してましたし。
しかし、自覚し、覚悟もしたとクリスさんから言われ、これからは旦那様の邪魔をすることはないようにと言われましたが。
しかし、奥様自身が旦那様に対して遠慮なくグッサリとトドメを刺していることをわざわざ止めることもしなくていいですよね。
「いや、止めてさしあげろ!!」
「なんでですか?奥様は100パーセントいえ、120パーセントの善意をもって、こと細かく想い人の話をしてくださったのですよ。何故止めなければならないのです。」
「うっ、それはそうだが。しかし、奥様を止めずとも旦那様になりかしらフォローすることは出来ただろう!?」
「何故?何故、私が旦那様のフォローをしなくてはならないのです。私は言ったはずですよ?奥様にあのような仕打ちをした旦那様をまだ許す気にはなれないと。しかし、クリスさんが言うので、旦那様が奥様に対してアピールすることを邪魔することはしてませんけども。」
「しかしだな、その後に、泣きそうな顔をして帰ってきた旦那様の面倒を見る私の立場になってみろ。」
「それはクリスさんの仕事ですので。」
「いや、私の仕事ではないぞ!!」
もう、報告をしろと言うからこと細かくお教えてさしあげたのに、これほど怒るとは。
いや、流石にあれほどのことを奥様への恋心を自覚した旦那様が聞くのは憐れに思いましたが、しかししかし、私がそれを止めることも止めようと思う気持ちもなかったもので、その後部屋に帰った旦那様が泣き言を言うのも理解してましたが、それは別に私には関係がないので、放っておいたまでですが。
「はぁ、エレナ。君は奥様が幸せになることを願っているな?」
「えぇ、そうです。奥様の幸せは私の幸せですから。」
「そうだな。そして、奥様がずっとこの屋敷にいて欲しい、ずっとお仕えしたいと願っている。」
「はい、それは勿論。」
「その為には旦那様と真実の意味で夫婦になってもらう、それが1番いいと言ったよな?」
「えぇ、一応頷きました。しかし、奥様が幸せならば他の方に嫁ぐのも仕方がないかと思ってもいますが?」
えぇ、それだけの事を旦那様はしたと思っておりますのでね。
それに、奥様がもし、想い人様と出会ってそちらに嫁がれるとなると止められることは出来ませんし、それにあちらも獣人族ですので、私がついて行くことも出来ますし。
「冗談だよな?」
「あら?声に出てましたか?」
「嗚呼。」
「それは失礼。勿論、冗談ですよ。半分は。」
「半分は本気ということか?!?」
「まぁ。でも、それがなければいいと思っておりますよ。なんだかんだと言えどもここが私にとって生きやすい場所ですもの。後輩達も可愛らしいですし。愛着もあります。なにより、私が着いていくなど言えばみんな着そうですし。」
「本当にありえそうだから冗談でもいうな!!」
あら、クリスさん顔がまっさお。
簡単に想像できたのね。
まぁ、それだけ奥様は、この屋敷にとって大事な人だということ。
「まぁ、なんだかんだと言っても旦那様にも幸せになって欲しいと思っておりますので、なければいいとは本当に思ってますよ。」
「エレナ。」
「恋愛に関してはダメダメな旦那様ですが、これまでお世話をさせていただいてますし、旦那様の葛藤や悩みを知らない訳ではありません。なので、旦那様が奥様を本当の意味で幸せにしてもらえるならば私はそれを望みます。」
「ならば。」
「しかし!!先程も言いましたが、旦那様の行いを許すことは出来ませんので私から旦那様を直接手助けすることはありませんから!」
「エレナ!!」
クリスさんに怒鳴られようと知りません。
旦那様になって頂けなければなりません。
真の意味で奥様を愛し、奥様の幸せを願える人に。