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「旦那様。」
「なんだ。クリス。」
「またですか?」
「またとは?」
困惑する奥様から引き剥がし、怒っているエレナを宥め、この部屋に戻ってきたのだが。
まさかこの数時間でまたとは。
本当に頭が痛い。
しかも本人はなんにも理解していない。
本当に恋愛においてだけポンコツだと思うしかない。
他は本当に優秀なのだが。
「分かっていないと?」
「だから、なにがだ。」
このポンコツ!!
朝言ったばかりなのに!!
何を聞いていたんでしょうかね?
いや、きっと忘れているな。
奥様にも想い人がいるの件で。
確実に忘れている。
「女性の部屋に無闇矢鱈と入ったり、抱きしめたりとは紳士のすることでは、ありません。旦那様は女性の部屋に騙して入っているという事例がもうあるのですが??」
「女性?」
「えぇ、今朝発覚したでしょう?奥様のお部屋に勝手に入ると言うことを!」
「女性とはなんだ、彼女は俺の奥さんだぞ?」
「はぁーー。」
頭が痛い。
この頭痛は止まることが無さそうだ。
本当に、この人は何を考えているのだろう。
「ええ、そうですね。奥様です。この屋敷のね。」
「はっ?」
「契約によって、この屋敷にやって来てくださった奥様です。旦那様が姫を思い続けるためにですね。旦那様が言ってたではないですか、奥様は旦那様と結婚するのではないって。契約であり、この屋敷、公爵家と結婚するつもりでいろって。」
忘れたのですか?
あなたがどれだけのことを奥様に言ったのか。
隣で聞いててヒヤヒヤしましたよ。
なんて最低なことを言っているのだろうか。
こんなことではきっと無理だろうと思っていたのですが、何故か奥様は笑顔で了承してくれましたけども。
「奥様と旦那様は契約結婚。政略結婚でもなく、ただただ旦那様のわがままで契約なされた結婚です。」
「なっ!しかし、結婚してから恋愛した夫婦だって!」
「それは政略結婚な方たちですよ。お家の為に結婚し、しかし、旦那様のように酷いことをしていなかった方たちの話です。」
「だが、彼女は一切気にして!」
「ええ、奥様は、旦那様が言ったように公爵家に、この屋敷に嫁に来たと思ってますから、旦那様のことは、一切気にしないでしょうね。お飾り旦那のことなんて。」
まぁ、奥様は自分がお飾りだと思っているのでしょうが。
今の現状なら、この屋敷にとって旦那様こそお飾りでしょう。
公爵家当主としての仕事を一切してないので。
代わりに奥様はしっかりと御屋敷の奥様としてお仕事なさってますので、奥様は本当に御屋敷のためにやってきて下さったと言っても過言ではないのです。
それを知らないのは旦那様ぐらいです。
「お飾り旦那。」
「はい、旦那様達の間にあるのは愛でも絆でもありません。契約しかないのです。そう、奥様が旦那様と結婚だけしてくれればと言った契約だけです。ですので、奥様が外で恋愛し、愛人、いえ、本当に愛する方を見つけ、その方と過ごすようになっても旦那様からは何も言えないんですよ。」
そうです。
奥様に対して旦那様は何も言えないんですよ。
今の状態ならば。
奥様には素敵な思い出をもつ想い人が居ますし、もし、奥様がその想い人と出会ったりしたら。
「奥様は旦那様から去ることはないでしょうが、しかし、そう言う意味で愛することは無いでしょうね。今の状態ならば。」
旦那様が奥様の想い人に勝つことは今の旦那様ならば100%無理ですので、きっと奥様の心はその想い人様にずっと向くことでしょうね。
「それは。」
「奥様を本当に愛し、愛されたいのなら、努力なさらないといけません。旦那様、あなたのスタート地点はマイナスです。相当な努力をしなければなりませんよ?」
「クリス。」
「それでも奥様を選びますか?」
じっと旦那様を見ていれば、一瞬考える様子が見えたが、すぐに決心したようで、こくりと強く頷かれた。
良かった。
旦那様がそこまでポンコツではなくて。
「俺はもう、間違えたくはない。今確かに彼女を愛しているのだ。あの時とは違い、確かに彼女の言葉を聞き、彼女の姿を見て愛したのだ。誰かに取られるなんて考えたくない。考えられない。」
「そうですか。」
「反対しないのか?クリス。」
「反対?何故?私は旦那様と奥様が本当に愛し合える夫婦になればと心の底から願っていますよ。」
ええ、奥様が本当の意味でこの屋敷の奥様となり、旦那様を支えて頂ければと思っております。
まぁ、エレナ達は辛辣な態度をするでしょうが。
「少なくとも私は応援しますよ。」
「クリス。」
「しかし!これとそれとの話は違います!まだ契約上の夫婦なのですから、奥様が驚かれるようなことをされるのはいけません!!」
「クックリス!?」
「よく考えて行動してください!」
ええ、旦那様の行動1つで奥様の、いえ、この屋敷の大事件になりかねませんのでね。
旦那様には恋愛ポンコツを卒業していただかなければなりません。