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「お前が結婚をしたと聞いて俺は嬉しかったよ。ようやくお前があの馬鹿妹の幻影から解かれたと思ったのだ。」
「馬鹿って。」
「事実だ。あいつは自分を良く見せることに関してだけは天才的だ。しかし、それは結局張りぼてでしかない。だから、婚約を望むものはお前の他にも多くいるが、どこにもなかなかやることができないのだ。」
「そんな。」
「事実だ。故に今回の婚約は長年願ったものだ。あの馬鹿を目覚めさすにもいい機会だったのだ。あちらの国は複数の妻をもつことを良しとしている。」
「そうですね。良しとしない種族もいますが、あの国の王族は獅子ですから。獅子は妻を複数持ちます。」
「お前は狼だから、生涯の番は。」
「1人です。」
そうだ、だから、契約結婚でも妻を娶れば例え、子どもが出来ずとも両親は何も言わないと思ったのだ。
狼族は生涯に決めた1人を愛し続けるから。
そうだ、そのはずだったのだ。
なのに、今、私が愛したはずのヒトは。
「偽り。」
「まぁ、そうだな。偽りが上手いあの姫を嫁としてあちらに嫁がせることで、国同士の繋がりを強めることができる。無論、ちゃんとあちらで大切に扱ってもらえるだろう。それに、あちらの王子もちゃんと姫を大切にすると言ってくれているからな。」
「そうですか。」
確かに獅子族は複数妻をもっても、皆平等に愛すだろう。
そして、妻たちもそのことを理解しているので、姫を邪険に扱うことはないだろう。
そう、姫が愚かなことをしなければ。
「しかし、今の姫では。」
「大丈夫だ。あいつだって、結婚するしかないと知れば腹を括るだろう。それが王族の姫に生まれた宿命であるともな。元々、あいつにまともな結婚ができるとは思っていない。この国で嫁に行けば、かならず問題が起き、もしかすれば、それは国全体の問題になるかもしれない。他国にいけば、あいつが姫であるということはあまり意味をなさない。特にあの国ではな。好き勝手は出来ないし、大人しくいるしかないだろう。」
そうだ。
あの国は実力主義の国。
例え、平民だろうと力があれば、どこまでも上にあがることができるだろう。
血など関係ない。
そういう国だ。
「まぁ、あいつのことはお前にはもう関係ないだろう。あいつは他国に嫁に行くのだし。それにもうお前にも妻がいるだろう?幻影もとかれた事だし。」
「幻影。」
「嗚呼、お前の見ていた、信じていたものは全て偽り。無かったんだ。」
殿下にそう言われて、目の前が真っ暗になったように思えた。
私の、俺の愛したものは一体。
幻影だというのか、偽りだと。
そんな、そんな。
そんなことが。
「旦那様?」
気づけば目の前に彼女がいた。
心配そうに俺を見ている。
何故、今彼女が目の前にいるのだろう。
分からないが、ただ、彼女が心配そうに俺を見て、近くによってきてくれる。
そんな彼女を思わず抱きしめてしまう。
ボロボロと流れる涙。
「何故、何故。」
獣人族なら俺だって。
いや、違う。
俺の愛した人は幻影だ。
嗚呼、嗚呼、もう何もかもがどうでも良くなってしまった。
「獣人族になどっ!!」
産まれなければ!
そう言おうとした瞬間に彼女に口を手で塞がれた。
「駄目です!絶対に駄目!この屋敷の為に働いてくださっている人たちを貶すようなことを言うことは絶対に駄目です。言えば、絶対に、後悔しますよ!」
「っ。」
彼女は真っ直ぐ俺を見てそう言う。
そうか、彼女は俺が獣人族だとは知らないから、獣人族のことを悪く言うということは、屋敷の者達を悪くいうことになると考えたのか。
きっと、彼女は続く言葉が、産まれてこなければなどとは思っていないだろう。
それでも。
「獣人族の皆さんはとっても素敵です。こんな私にも優しくしてくれますし。それに皆さん本当に仕事熱心です。獣人族の能力を使ってそれはそれは完璧に仕事をこなしているんですよ?それは旦那様が毎日気持ちよく過ごせるようにってされているんです。それにそれに、クリスやエレナ達だって獣人族で、でも旦那様の為にって働いていて!!」
必死に色々と考えて、俺がもう獣人族に対して、少なくとも屋敷の者達に対して暴言を言わないようにと言葉を続ける彼女。
そんな彼女の姿に、少しずつ我が戻ってきた。
「君は獣人族が怖くないのか?」
そう尋ねたのは意地悪でもなんでもなくただただ純粋な好奇心からだ。
尋ねられた彼女は瞬きをし、不思議そうにこちらを見ている。
「えっと、はい。全然。」
何を当たり前のことを聞いているだと、そう言うかのように彼女はさらりと答えた。
その答えがどれほど嬉しかったことか。
「獣人族は、獣と同じ能力を持つのに?」
「しかし、獣とは違ってちゃんと考えて、使ってますよね?私が出会った獣人族の人達は皆、その力を考え無しに奮ったことはないです。とっても素敵な人達です。」
ふふふと笑う彼女に目が離せなくなる。
先程までボロボロと流れていた涙はいつの間にか止まってはっきりと彼女が見える。
嗚呼、嗚呼、なんて優しい微笑みなんだ。
獣人族に対しても怖がらずこんなに、優しく微笑むなんて。
そんな彼女を見ていてふと気づいた。
そうだ、俺は獣人族に対して偏見や恐れを見せない姫に惹かれ愛したのだ。
しかし、それは幻だったが。
でも、俺の愛する人はきっと。
ドクンッと胸が高鳴る。
「そうだ。」
「旦那様?」
そうだ、そうだ、そうだ!
俺の愛する人はまさに。
「君だ。」
「えっ?」