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ちっ、何を言っても聞きやしない。
そりゃあ、うちの者たちは、元々は訓練してたものばかりだが、一癖も二癖もある者の集まりだ。
故に、こちらに来ているものも多いのに。
「旦那様、何かありましたか?帰宅されてからずっと難しい顔をしてますが。」
「いや、そのだな。その、クリス、もし、この屋敷を離れてレオルド国のものと一緒に働いて欲しいと言えば、聞くものが何人いると思う?」
「はっ?本国に戻って、とは、それは解雇ということですか?」
「いや、そうじゃない!!短期間だけだ!」
「短期間、いや、それでも頷く者は少ない、いや、居ないでしょうね。」
「だよなぁ。」
クリスからの返答も予想通り。
殿下達めっ、簡単に言っているが、そんなに簡単なことでは無いのに!
「急にどうしたんですか?奥様が離れた時間が長すぎて可笑しくなりましたか?」
「いや、なりそうだが、なってはない!!そのだな、実は。」
クリスに話せば、大きなため息をつかれた。
いや、俺がつきたい!!
「なんで、そんなことを承諾したんですか!?」
「承諾してはいない!!無理だと言ったが!」
「何、押し切られてんですか!ウチのもの達を使うなんて、絶対に無理です!癖がありすぎてこちらに追い出された者も多いんですよ!だから、実家と仲が悪い者も多く、それこそ縁を切っているものもいます。そんな彼らにまさか、そんなこと言えば、荒れますよ。」
そうだ、そうなんだよな。
うちに居るものは全員ではないが、何割かは実家と折り合いが悪くて、親戚筋を頼ってここに来たものもいる。
特に本家筋の者はほとんどだ。
分家の者や、元々、親がこのうちで働いているという代々の者も多いが、多分、殿下達が言っていたのは本家筋のもの達だろうなぁ。
それは話していて感じた。
勿論、他のものたちも、力のある者たちばかりだが、今回の初段階には何が起きるか分からないから、できるだけ能力の高い者をとなると。
「本家筋からとなると。」
「まぁ、何人か居ますが、あちらでの繋がりと言えば、ムエ爺が強いでしょうね。なんたって、元々はあちらで騎士団長をしていましたし。」
「ムエ爺か。」
「それに、ムエ爺の息子であり、その後騎士団長を勤めていたノエルさん。今ではあんな感じになってますが、数十年前まで、剣を振るってましたしね。まぁ、早々に引退して、趣味だった料理を極めて今ではうちの料理長ですが、旦那様の師匠でもありますしね。力は今でも衰えてはいませんよ。」
「師匠な。」
そうだよな。
俺も聞いて、1番に思い浮かんだのが師匠だが、師匠は刀を振るう事よりも包丁で野菜を刻んでる方が楽しいと言って騎士団長の職をさっさと引退したんだった。
あんなむさっ苦しい所二度と帰るかと、何時も穏やかな師匠が荒い口調で言っていたのだが。
それに今、師匠はこちらで家庭を持ち、うちでしっかりと料理長として力を発揮してくれているのに、そんな師匠に行ってくれと願うことは。
「無理じゃないか。」
嗚呼、他に一体誰を?
いや、頭に浮かぶ者にも断られる未来しか見えない。
「いいよ、私が行く。」
「ビィ!お前、いつの間に!」
急に声がしたと思えば、ドアの前でビィが居た。
いつの間に。
「奥様が好きな花を部屋に飾ろうと思って、前を通ったら話が聞こえた。・・・いいよ、私が行く。」
「お前が!?」
「私は、これでもあの剣豪と言われた父親の血と、隠密の一族の母の血を受け継いでる。それになんだかんだと言われながらもムエ爺達から何かあった時にって訓練も受けてる。合格点も貰ってるから、私がいくよ。」
確かに、ビィは師匠と銀狐族の長の娘であるジウの娘だ。
血筋は一流で、今でも何かあれば、1番に動く特攻隊長になりうる奴だが。
基本、指示には従わないのに。
庭の花が大事だからと言って、なかなかこの屋敷から離れることは無かったのに。
「だって、そうすれば、奥様を守れるんでしょう?」
「ミミを・・・。」
「前、エルビス叔父さんが言ってたじゃん。この戦争に、もしかしたら奥様が巻き込まれて、危険な目に合うかもしれないって。そんなの嫌だもん。」
そうか、ビィは国のためでも、俺のためでも無い。
ただ、ミミを守るために動くのか。
そうか、そうだよな。
だって、今まで人に関心が無かったビィが気づけば、ミミの近くに居て、ミミの為に花を育てていたもんな。
「奥様は私が頑張って育てた花を心から綺麗だって笑って褒めてくれた人だもん。なかなか言葉を話さなかった私をずっと見守ってくれた優しい人だもん。こんな私を大好きだって言ってくれた人だもん。だから、奥様を守れるんだったら、私が行く。」
「ビィ。」
「孫が行くと言うのなら、ワシもいくか。あの頃の奴らがまだくたばっていなければ、少しは力になれるだろう。」
「ムエ爺!」
「それなら、私が行く方がいいでしょうー♡なんたって、パパよりも私の方が若いから♡」
「師匠!」
「師匠って呼ぶなっ!ノエルママって呼んで♡はあー、あーんなむさっ苦しい所に帰るのは嫌だけど、うちの可愛い可愛い娘ちゃんがこーんなに頑張ろうとしてるんだもの。親として応援しないとね!それにいっつも私の料理をとーーっても美味しそうに食べてくれる奥様の為だもの!我慢しないとね!」
「そうですね。まさか、ビィがここまで成長しているとは。奥様には感謝しきれません。この感謝の気持ちを、今回の任務で返し切れるか。いえ、無理ですね。本当に奥様は素晴らしい方です。」
次から次へと、一体どこに居たんだと思えるぐらい出てくるな。
この一家。
「てか、奥様の為だって言えば、多分この屋敷の誰でも動いたと思うよ。奥様にこーーんなに働いたんだって言えばきっと心配してくれるけど、褒めてくれるだろうし。役得役得。」
「えっ。」
「そりゃーそうねぇー!奥様に褒められるのって最近なかなか難しいのよねー。競争率激しいみたいだし。」
「エレナが基本横を離れませんからね。私でもなかなか近づけませんから。」
「だから、今回は役得。」
いや、ビィ!お前、そんなことをあの一瞬で考えていたのか!
というか、ミミに褒められるのは、この俺で!
その為に渋々離れて仕事して!!
「あっ、だから旦那様、出掛けるのはいいけど、とりあえず奥様が帰ってくるまでは行かないから!」
「えっ、あっ、嗚呼。」
「奥様に褒められてから行きたいから。」




