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私が仕えることになった奥様。
最初出会った時になんとも愛らしい笑顔を浮かべる方なんだと思いました。
そしてこんな愛らしい方がなんでうちの旦那様と結婚なんて。
いえ、知らないわけではありません。
奥様のご実家の状況も。
そしてうちの旦那様が救いようがない夢を見ているおバカさんだということも。
私は旦那様が本当に馬鹿としか思えないのです。
旦那様の想い人はどう考えても報われないって分かるのに。
それに旦那様の想い人である、この国の姫。
本当に旦那様が思い描くような方なんでしょうか?
いえ、この国に、本当に私達を受け止めてくれるような方がいるのでしょうか?
私達は獣人族。
大昔の決まり事で、内密にこの国を獣人族の力を使って守っているが、本当にこの国に守るための意味があるのだろうか?
そんなことを少し思っていた時にまさか奥様に仕えることになり、少し警戒してお会いしたのですが、奥様の可愛らしさに少しずつ心を許していました。
「エレナさんみたいな優しい方がいらっしゃるのなら安心できますね。」
「奥様、このエレナ、誠心誠意込めてお仕えさせて頂きます。」
「はい、宜しくお願いしますね!」
優しい奥様。
数日過ごしただけで本当に優しい方なのだと感じました。
慣れぬ土地故にいつもよりもまともに動けない私をそっと手助けしてくださる奥様。
領民達に対して笑顔で気を配る奥様。
こんな方がいる国を私達は守っている。
そう思うと私は嬉しく、そして誇らしく思えました。
そんな奥様を旦那様が娶るなんて。
仕方がないとはいえ、本当に奥様がお可哀想に思えてしまえて。
いいえ、いいえ、私がそんなことを思うことはなんとも烏滸がましいことです。
私はただ、奥様が不自由なくお過ごせるように動くだけです。
そうです、奥様が怖がることなく過ごせるように。
私達の正体なんて絶対にバレてはいけません。
恐がらせてしまうから。
そう思っていたのですが、まさかの奥様の想い人が獣人族の方。
しかも、悲恋だなんて。
「奥様ぁー。」
「エレナさん、もう泣かないでくださいよ。」
にっこりと笑って慰めてくれる奥様。
嗚呼、やっぱり可愛らしく笑う方だ。
旦那様にはもったいない方。
「エレナ。」
「なんですか?クリスさん。」
「いや、旦那様に対しての態度だが、もう少し柔らかく出来ないか?」
「充分柔らかくしてると思いますが?」
「いや、旦那様は気づいてはいないが、あからさまに奥様と距離をとろうとするな。一応、お2人は夫婦なのだから。」
夫婦?
結婚して1度も会いにもこず、自分は想い人のそばにずっといて、あんなに可愛らしい奥様を放ったらかしにしておいて?
「怒るな。」
「怒ってなどいません。」
「嘘をつくな、感情が昂ってるのは分かる。耳が出ている。」
あら、感情が昂って耳が出るなんて何十年ぶりでしょうか?
いえ、でも、それだけ旦那様に対して怒りを感じているってことです。
それをわかっているクリスさんは大きなため息をついているが、きっとクリスさんだってこの気持ち分かるでしょう?
でも、きっとクリスさんは旦那様をなんだかんだと見捨てられずにもいるから、だからこそ私にこんな事を言ってくるのね。
奥様に希望をもってしまったから。
奥様なら私達獣人族を認め、旦那様を心の底から愛してくれるのではないかと。
でも、そんなこと思うことは間違いなのですよ、クリスさん。
私達は奥様にどんなに酷い仕打ちをしているかお分かりでしょ?
なのに旦那様を救っていただきたい、正しい道に戻していただきたいだなんて。
そう思うことがどれほど烏滸がましいことか。
「私は奥様の味方です。何があっても。」
「エレナ。」
「奥様が傷つくようなことになる可能性があるのならば、排除します。」
「エレナ、それほどまで。」
「えぇ、私は今まで、人なんて心底信じられるものではないと思っていました。でも、奥様とはこんな短い期間でも信じたい、お守りしたい、そう思えるぐらいなんです。多分、この屋敷のもの全てがそう感じていると思います。」
そう思っているからこそ、みんな奥様に対して警戒せずにいられる。
だからこそこの屋敷は暖かく明るくなっている。
「だから、私は奥様を守るためにも今の旦那様には近づけたくないのです。」
そうです。
奥様を傷つけかねない旦那様を近づけたくなどないのです。
そう言い切ればクリスさんはまた大きなため息をついた。
「わかった。ならば、絶対に奥様に私達の秘密がバレないようにしなさい。奥様が怖がることはないかも知れないが、知らずにこんな屋敷に嫁ぎに来たのだ。騙されたと悲しまれるかもしれない。だからこそ、一生バレてはいけない。分かったな。」
「えぇ、わかっています。」
えぇ、絶対にバレたりしません。
今夜は満月だからこそ、獣人化しやすい日ですが、薬を飲んでしっかりと奥様を守らせていただきます。
しっかりと頷けばクリスさんは満足して旦那様の待つ部屋へと向かわれました。
私は奥様の側へと。
奥様が旦那様の想い人に関してなんにも知らなかったことには驚きましたが、結局今は奥様が社交界の話題になっていると伝えれば、それに驚きフリーズしてしまったので、結局、伝えることが出来ませんでした。
まぁ、明日でもいいでしょう。
今日は、できるだけ早くおやすみになっていただきたいので、準備をして下がったのですが、これがいけなかった。
この時にちゃーんと話をしておけば良かったととても後悔しています。
なぜなら。
「お嬢様は連れて帰る!!!」
こんな傍迷惑な方が現れ、そして。
「エッエレナさん?その耳は??」
「あっ。」