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「ありゃ、ラートム、ミシェル嬢は?」
「帰られましたよ、母上。」
「えー、それはそれは残念だ。」
思い出される真っ直ぐの瞳。
そして、撃たれる矢の迷いのなさ。
あれを見た瞬間、時が止まったとさえ思えた。
目の前に姐さんがいるのかと思えた。
しかし、違うとはっきりと分かる。
纏う色が違うのだ。
姐さんの色は金だ。
しかし、彼女の色は。
「綺麗な銀色だったな。」
「はっ?」
「いいや、なんでもないよ。」
姿はよく姐さんに似てるのに、纏う色が全く違っていた。
だから、すぐに動けたのだ。
うちの新しい嫁殿を。
彼女が射った矢を足場にして、嫁殿を救い出した。
ザワつく周囲にようやくかと思いながらも、彼女に目を向けると、彼女は一瞬いつかの日の私と一緒の目をしていた。
あの目は。
「きっぱりと諦めた目だったな。」
「さっきから母上一体何を言っているのですか?」
「んー?可愛い女神の話だよ。」
「女神って、姐さんのことですか?」
「あっはっは!姐さんは綺麗な女神だ。私が言っているのは可愛い女神だよ。」
そうだ、彼女は可愛い女神だ。
姐さんとはまた違った女神となる存在だ。
姐さんはそれこそ神々しい太陽のように美しい女神様だ。
私の生きる意味だ。
姐さんと出会わなければきっと私は今この場に居ない。
妃になんてなるはずが無かった。
きっとどこかの戦場で野垂れ死にするはずだった。
姐さん、ミーファ様は出会った人を一瞬で虜にするんだ。
私が出会ったあの日、幼き私の初恋を奪った。
今よりも他の国から猛攻され、毎日のようにどこかで戦があった。
私はまだ10歳でありながら、戦場にいた。
私が獅子族だから。
獅子族は、戦闘能力がとても強く、特に女性の方が狩りに適していた。
隊を組み、1戦力として、必死に戦った。
戦場では女男は関係ない。
必死に戦って生き延びなければならなかった。
しかし、まだ幼かった私は隊から離れてしまった。
敵からの追っ手が後少しという時、幾千の矢が私を通り越し、敵に当たった。
驚いて前を向けば、小高い山の上に1人の女性が立っていた。
そしてにっこりと笑みを浮かべて言った。
「ハッハッハ!いいねー!あんた!諦めないその根性!」
「えっ?」
「気に入ったよ!そら、こっちにおいで!ここなら安全だっ!」
そう言って手を伸ばされる。
相手が敵か味方かなんて分からないのに、私は無意識のうちにその手を掴むために進んで行った。
そして、握りしめた瞬間、さらに女性は笑ったのだ。
「ハハッ!いいねいいね!その大胆さ!その判断力!うん、アンタはトップに立つにいい女だね!」
「はっ?」
「アンタ、感もめちゃくちゃ鋭いだね。アンタがハグれた隊は悪いが全滅だった。アンタはハグれたから生き残れたんだ。アンタはとっても運がいい。」
「全滅?そんな、だって、あの隊の隊長は歴戦の戦士で。」
「ほー?あの程度で殺られる奴が歴戦の戦士?そりゃ、可笑しいな。歴戦の戦士ならば、それこそあんな罠に引っかかったりしないさ。ボンクラな戦士だった訳だ。しかも、それについて行ったヤツらもボンクラだね。気づけるはずなのにさ。」
そう言われて、なんとなく、隊長を疑っていた私はやはりと思った。
歴戦の戦士であると聞いていたのに、基本前には立たず、後方でばかりいたし、戦略もとてもじゃないが行き当たりばったりで正直、いつ死ぬか分からないと思っていた。
しかし、周りの隊員達は歴戦だと言われている隊長にゴマをするばかりで、まぁ、お気に入りになれば危なくない後方にいけるからだろうがね。
そんなことをしたくない私は前線ばかりだった。
故に逃げ遅れて、ハグれたのだが、まさかそれが良かったとは。
「あっあなたは?」
「ん?私かい?私はたまたまここを通った旅人さ!」
「たっ旅人!?」
あれほどの腕前をもった人がただの旅人のはずが無い。
寸分狂わずに撃ち抜く矢の名手が、まさかこんなところをたまたま通るはずが無いのだ。
戦真っ最中のこの場を。
普通の旅人ならばこの場は避けて通るはずなのに。
嘘がとても下手だ。
「嗚呼ー、信じてないな。まぁ、たまたまここを通ったというのは嘘さ。しかしな、私が旅人というのは本当だぞ?色んな国を見るために各地を旅しているんだ。その時にお金が必要になる時に、少々アルバイトをするんだよ。」
「アルバイトですか?」
「嗚呼、今回のアルバイトの内容がこれさ。この戦をさっさと終わらせる。」
「はっ?終わらせる?」
何を言っているのか理解できなかった。
簡単に言ったその言葉が理解できなかったのだ。
この戦を終わらせるだって?
終わらせたいと願ってもなかなか終わりが見えないこの戦を?
そんなこと、出来るはずがない。
ましてやアルバイトなどで出来るはずがない。
「とりあえず、あの弱小国のバカ王族の首さえ取れば終わるだろうしなー。」
「はっ?弱小国ですって?」




