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「旦那様。」



声を掛けられ、振り返る。

その表情はなんとも言えない表情をしている。

嗚呼、この顔は。

クリスは内心ため息をつく。



「なんなんだ。彼女は。」


「なんなんだとは?」


「なんで、なんで・・・あんなに笑顔で?」



嗚呼とクリスは思う。

そしてやはりため息がつきたくなる。

なんだってこんな主になってしまったのか。

昔から見ていた主に対して不甲斐なく感じてしまう。

昔はまともな方でしたのに。

きっと変わったのは主の思い人であるこの国の姫に会ったから。

あの時きっとこの人は確実に悪い方向に変わってしまった。

姫を思う為に、騎士としての仕事ばかりをこなし、最後には領主としての仕事を投げ出した。

責任感の強い人だったのに。

恋とはこれほど人を愚かにするというのか。

あの時、私は確かにこの人を一度見限った。

でも、唯一の主。

従わなければならない。

どんなに思っても、姫とは結婚できないのに。

そんなこと彼はよく分かっているのに。

だって彼は。



「うぅっ。」


「今宵は満月ですからね。もう出てますね。」


「嗚呼、なんて醜い。」



主はそっと自分の頭に手をやる。

彼の銀と同じ色の耳が彼には映えている。

そう彼は獣人族。

そして私も。



「今日は早く帰って頂いて良かったですね。」


「嗚呼。最近忙しく体調もあまり良くなかったからな・・・。」


「制御出来なくなると大変ですからね。ちゃんと休んでください。」


「嗚呼、そうだな。バレてしまっては大変だ。」



そっとクリスは自分の手を見る。

嗚呼、いつもの羽のついた手に変わっている。

汚らわしいと呼ばれる獣人に。



「っで、彼女は?」


「早くに就寝しておいますよ。一応エレナには薬を飲んで側に居てもらってますよ。」


「そうか・・・。」


「満月も早々にはありませんので。奥様にバレることはないかと。」



まぁ、バレたところできっと奥様は何も言わないのではないかとクリスは思う。

昼間聞いた話。

奥様の思い人の話し。

きっと奥様は何も思わず、そうなんですかと笑うだろう。

クリスはこの数ヶ月でミシェルのことをよく見ていた。

まぁ、仕事の合間にだが。

でも、奥様になかなか話しかけられないメイド達に対して笑顔で対応している姿。

そんな姿に少しずつ他の者たちも気を許していっている。

この屋敷の者はみんな獣人族だ。

故にとても警戒心が強く、奥様を警戒していた。

でも、奥様は笑顔で接し、そんな姿に我々も警戒心を解いていった。

新しく入ってきたメイド達は逆に心配になるほど警戒心を解いたようだが・・・。

奥様の話を聞いて、奥様だとは匂い等で分かったそうだが、奥様がバレてないと思って居たのでそのまま黙っていたそうで。

でも、奥様にそんなことをさせられないと遠回しに断ったそうだが。しゅーんとしてしまうので一緒に仕事をしたとのことだった。

あの可愛らしい奥様がしゅんとされて断ることはできませんっと強く言ってきたのは狐のメイドだったか。

まぁ、そんなこんなで奥様は着実に私が知らない間に屋敷の者と触れ合い、慕われていっている。

そのことをこの主は知らない。

でも、分かるだろうか。

この屋敷の雰囲気が柔らかくなっていることを。

他人を、人を、どうしても警戒してしまう我々獣人族。

そんな者ばかりの屋敷はどうしても刺々しい雰囲気がある。

その雰囲気が奥様が来てから少しずつ和らいでいることを。

まだ、奥様はこの屋敷の秘密を知らない。

でも教えてもいいのではないかと思える。

きっと奥様は受け止め、笑顔で秘密を守ろうとしてくれるのではないか。

そう思えるのだ。

しかし、でも、この主はまだ、夢を見ている。



「嗚呼、俺が獣人じゃなければ・・・そうだったら、姫に。」


「旦那様・・・。」



旦那様は夢を見ている。

この国の王族と獣人族は決して結婚することは出来ない。

それを重々承知しているはずなのに。



「優しい姫はきっと獣人族を受け止めてくださる・・・。しかし、掟が・・・。」



はぁとため息も漏れる。

本当にそうだろうか?

あの姫は受け止めるだろうか?

クリスは疑問に思う。

そしてそんな不確かな者よりも近くに確実な者がいるのに。

嗚呼、なんて愚かな。

旦那様が求めているもの。

それは本当に姫なのでしょうか?

それは本当に?

そう思うが何も言えない。

旦那様の気持ちなど私が変えられるものではないし。

ましてや、今日、私は奥様の大切な思いを知ってしまった。

それを壊すようなことは私には出来ない。

だからただ、私は黙るだけ。

ただ願うは、旦那様の幸せと、新しくやってきた可愛らしい奥様の幸せ。

クリスはそう願い、瞼を閉じた。





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