夢のまた夢
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吾輩はレーモン男爵エミールである。
若いころは帝都の第一騎士団で、連隊長を務めていた。
連隊長の中から副団長が選ばれ、のち団長を継ぐ。吾輩は連隊長どまりであった。
そのことを悔やむ気はない。ただ、そのころには騎士団も賄賂やゴマすりに長けた者が出世していて、その風潮に嫌気がさしていた。
弱きものを助け、守る。騎士の心得すら持たぬものがえらそうにふんぞり返るのを見ているのは正直虫唾が走る思いだったのだ。
「エミール。貴殿の長年の忠節に報いるために男爵領を下賜されんとの陛下のお言葉だ」
「はっ、ありがたきお言葉。謹んでお受けいたします」
「うむ、下賜される領土はここ、陛下の直轄領から分封される」
「なんと勿体ない。ありがたきことです」
こうして、吾輩は小さな村の領主となった。騎士団の部下から5人がそのまま吾輩についてくると言ってくれたので、彼らを配下の騎士として登用した。
いずれ領土が発展すれば彼らにも土地を持たせてやる。そう願っていたのだ。
そうして、5年たつ頃には吾輩の所領は広がっていた。准男爵から正式に男爵威を頂き、5人の騎士たちにも狭いながら所領を分けてやれた。
あとから近隣に封じられた4人の男爵からは先任として、相談事を受けてやったりしていた。もめごとの仲裁などもこなした。
だがあの頃の吾輩は気づいていなかったのだ。我らがここに封じられたことの真意を。
長きにわたって在った帝国はすでに分裂しかけていた。大貴族たちが覇を競い、皇帝陛下の力を弱めんと画策していた。
皇帝陛下が身を寄せてくれればその事実こそが大義名分となる。
我らのような騎士が本来このように所領を与えられることは本来ないはずだったのだ。
陛下の直轄領は徐々に削られ、細分化される。力というのはまとまっていてこそ意味がある。吾輩は軍人でありながら、その初歩的なことを見落としていた。
さらに城代としてスラヴァ砦に赴任してきたゲスギル将軍は、我らが友好を築いてきた獣人族を迫害し始めた。
確かに帝国では彼らの地位は低い。市民になることはできないし、兵になっても雑兵扱いだ。
だが人族を超える身体能力は傭兵として名をはせている。
吾輩が彼らとよしみを通じたのもそこに所以があった。……すなわち、軍事力の強化。
亜人族の群れが領内に現れることはしばしばあった。奴らは村を襲い、村人を殺し、家畜や作物を奪う。
そして話し合いはまず成立しない。場合によっては村人そのものが獲物となることすらあるのだ。
解決には武力が必要となる。吾輩は彼らに食料などを支給し、開拓の支援をする。彼らは亜人対策などで武力を提供する。こうして協力体制を整えていた。
だがゲスギルの野郎は、そんな彼らを保護下に入れると称して人質をとった。そして重税を課したのだ。
吾輩たちが彼らに支援をしていることを見越し、間接的にその財力を吸い上げようとしていた。これまで幾度となく背中を合わせて戦ってきた身。いまさら彼らを見捨てることなどできようもない。
彼らに課された税を、吾輩たちが穴埋めする。そんなことを続けていた。
獣人たちは重税に耐えかねて離散し、残されたものがさらに重い税を負う。そんなことが繰り返されていき、徐々にこちらの方も疲弊してくる。
そんなさなか、獣人族が反乱を起こすとの情報が入ってきた。
昨年より我が帝国の内訌は激しさを増し、帝都周辺では皇子二人が軍を率いてにらみ合っていると聞く。
ゲスギルはそんな情勢を見越してここで力を蓄え、勝ち馬に乗ろうとしているのだろう。
そんなさなか、ブラウンシュヴァイク公の支援の下、フレデリカ皇女が挙兵した。彼らのもとに多くの諸侯、と言ってもブラウンシュヴァイク公が集めた傭兵が主力で、彼らはいかにブラウンシュヴァイク公を出し抜いて功績を上げるかということに執着していたのだろう。
そんな心理を皇帝の懐刀として登用されていた、ガイウスによって看破され、貴族たちを発端として軍を崩壊させられた。
フレデリカ皇女は行方知れずとなり、吾輩は態度を決めかねていたことが幸いとなって被害は免れた。そう思っていたのだ。
獣人たちの動きは影を潜めた。そう思っていた。
夜半に轟音が響き、雷鳴がとどろいた。吾輩は飛び起きると、兵をまとめるため伝令を出す。スラヴァ砦の方角から火の手が上がっているとの報告を受け、斥候を出した。
じりじりしている間に夜は明け、戻った斥候の報告はとんでもないものだった。
一晩にしてスラヴァ砦は陥落し、ゲスギルが討たれたという。
ゲスギルを討ち取ったのはフレデリカ皇女の騎士でアルという若者だった。
彼が獣人族の計画を利用して、内応者を作りひそかに人質を解放した。そこに戦術級魔法を使って陣と城門を吹き飛ばした。
「これは……時代が動くか」
しばらく様子見を決め込んでいたが、彼らから従属を求める使者は来なかった。ただ、欠乏している物資はないかと聞かれたことは驚きだった。
数日後、驚くべき情報が伝わってきた。ケンタウロス族が彼らに味方すると言ってきたことだ。
そして、獣人族の戦士たちを北の草原に集めて訓練を開始した。偵察に行った兵がげっそりとするほど厳しいものだったようだ。
そんな訓練を耐え抜いた彼らの臣かはすぐに発揮された。スラヴァ砦奪回に動いた諸侯混成軍が動いたのだ。
そして、野戦において3倍以上の軍を完膚なきまでに叩き伏せた。
同じことができるかと言われれば、吾輩には無理だ。素直にそう思えたのだ。故に、吾輩と協力してくれていた男爵や騎士たちを率い、皇女殿下のもとへはせ参じた。
しばらく様子見をしていたのだが……こ奴らは若い。その若さゆえに足元をすくわれることがあるだろう。
そう思っていたのだが、どうもこちらの心底は見透かされていたらしい。
ゴブリンどもを叩く戦で、我らが先鋒を賜った。
生まれて初めてといってよい大戦に心が震える。しかも背後には我らに倍する後詰がいる。要するに負ける事はない。
ならば見せつけるだけである。帝国騎士の誇りと意地を。
「かかれ! かかれ!」
「撃てうてうてええええええい!」
「日ごろの鍛錬の成果を見せるはいまぞ! 皇女殿下にこの戦をささげん!」
歩兵の攻撃は騎士たちが率いる歩兵が跳ね返す。同時に両翼の獣人兵が縦横に敵陣を切り裂いた。
「今じゃ! 吾輩に続け!」
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!!」」
騎兵を率いて先陣を切る。まさに戦場の華。
夢ならば覚めないでもらいたいものじゃ。
吾輩の後ろからケンタウロス族の精兵が付き従う。最高の気分だ!
「敵将と見たり! 者ども、かかれ!」
吾輩のかざした剣先の向こう、そこにはひときわ体躯の大きいゴブリンがいた。そして、人族の兵も。
この時期に亜人がやってくるのも違和感があった。
「レーモン男爵エミール、推参なり!」
吾輩が振るった剣を、ゴブリンはあっさりと受け止めた。だがこれでよい。背後よりテムジン殿が放った矢が大口を開けているゴブリンの将を射抜いていたのだから。
「ケンタウロスの勇者、テムジンが敵将を討ち取ったぞ!」
吾輩の宣言に周囲の兵が沸く。シーマ殿率いる猫人族のスカウトたちが人族の兵を殴り倒し捕虜としていく。素晴らしい手際だ。
そう、武人としての勲をこの年になって初めて果たすことができた。
夢ならば夢でよい。だが、この命尽きるまで覚めぬ夢であってほしいとそう思うのだ。
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