騎士の意地
見張りの兵が血相を変えて駆けこんできた。
「報告! 南より大軍が迫っています。同時に北より亜人族の大軍が迫っています!」
「落ち着け、人族の軍なら旗幟を掲げているだろう? それと大軍じゃわからん、概算の数でいいから報告しろ!」
「は、はい! 野ばらの旗印、数はおおよそ1万。北から来る軍勢は……ゴブリンの歩兵を主力とした2万!」
「出撃だ。野ばらの旗はブラウンシュヴァイク公の旌旗。味方だ!」
兵はパッと表情をほころばせる。
「それにだ。忠勇無双の獣人兵がゴブリン如き、いくらいても物の数ではなかろう?」
「サー! イエッサー!」
反射的に兵は啓礼の姿勢をとる。
「休め。改めて命じる。全軍出撃だ。後方の兵は味方だと伝えよ!」
「はっ!」
「ブラウンシュヴァイク公だと!? いまさらのこのこ出てきてどうするつもりだ!」
「皇女殿下にはすでに我らがついておる!」
男爵風情が大口をたたいているが、戦功次第では国の柱石となってもらうとの言葉を都合よく解釈している連中だった。
「あら、皆様方。頼もしきお言葉、このフレデリカ、胸に刻みますわ」
皇女を伴って城の大広間に行くと、寄せ集め貴族たちが騒いでいた。
「さて、ゴブリンの兵2万が迫っております。皆様方には日ごろの忠節、期待しておりますわ」
「はっはっは、我らに先陣を任せていただこう」
そういうなんとか男爵の足はカタカタと震えている。それでも面の皮の分厚さを発揮できる当たり、多少は腹が据わっているのか。
「ええ、では第一陣、中央を皆様方にお任せします。よろしいかしら?」
「無論だ! 帝国騎士の誇り、お目にかけよう!」
ふと見ると足の震えは止まっていた。このおっさん意外に拾いもんだったかもしれない。
えらそうなことばかりほざくだけだったが、有言実行なら問題ない。
「出撃だ! 北の丘陵に布陣せよ。中央はレーモン男爵率いる諸侯軍。先陣を任す!」
今頃夢ならば覚めてくれとか言っているんだろうか。
「「応!」」
意外に表情は穏やかだ。血気にはやって突撃するような齢ではないだろうと思っていたが。
「陣立てじゃ! 左から順に騎士ライドン、騎士……」
騎士たちを横陣に配置していく。自らは中央やや後方に位置し、騎馬兵をまとめた。
「殿下、弓兵を我らの後方に配置していただきたく」
「許可します。アル」
「はっ、ロビン。頼む」
「了解だ」
ロビンは古参の弓兵で、そもそもシーマの腕が常識はずれすぎている。
よく余興で兵の頭の上にリンゴを置いて、それを射抜くという芸をやっていた。
左翼、ヴォルフガング率いる軽歩兵。右翼、ケネス率いる重装歩兵。
ヴォルフガングの軽歩兵の背後にはケンタウロスの騎兵を配置する。同時に獣人族の弓兵を重装歩兵の背後に配置した。
俺たちの背後にブラウンシュヴァイク公が率いてきた兵が展開する。そうだな、せいぜい追撃戦では役立ってもらおうか。
「久しぶりだな。アル殿」
「ああ、しぶとく生きてたな」
「本国から呼び寄せた兵とかまとめたり、いろいろ苦労してたんだよ?」
「苦労してないとは思ってないさ。まあ無事でよかった」
「皇女殿下にはご壮健にあらせられ……」
その笑顔を見た瞬間フレデリカがぶるりと震えた。
「やめて!」
「どうした?」
「あの腹黒い笑顔を見ると……」
「ひどいなあ。あっはっはっは」
政治家ってのはそういうものだろう。本心を見せてはならない。
「そう割り切れたらいいんだけどね……いや、割り切らなきゃいけないか。場合によっては彼らをも戦場に送り出さなきゃいけない。それが私の立場だから」
「わかってるならそれでいいさ。けどね、俺も人間だからね。つらいことがあったらやっぱり摩耗するのさ」
「ああ、わかってるさ」
ブラウンシュヴァイク公の肩を軽くたたくと、俺は兵の指揮を執るため前線へと向かった。
「ああ、皇女の護衛は任せた」
「ああ、任されよう」
戦いは一方的だった。
正面の重歩兵たちが受け止めている間に獣人族の兵が縦横無尽にゴブリンたちを蹴散らす。この状況であれば、まだ先日の貴族軍の兵の方がまだ手ごわかった。
「第一命令、突撃せよ! 第二命令、突撃せよ! 第三命令、目の前の敵を蹂躙せよ!」
この日、ヴォルフガングの発した命令はのちに伝説となった。
彼の向ける剣先に獣人族の戦士たちが殺到し、一気に敵陣を切り裂いていく。
この時突撃した獣人軽歩兵部隊は300。討ち取った敵は千以上。そして彼らは軽い負傷を負ったもの以外、一人の戦死者も出さなかった。
「押せ! 押せ! 踏みつぶせ!」
前衛部隊に殺到したゴブリンどもを右側から斜線陣を組んで押し込む重歩兵部隊。その自重をもって一本の線になった彼らはそのまま面の制圧をして行く。
反対側からはヴォルフガングの号令に従った軽歩兵たちが素晴らしい勢いで敵陣を蹂躙した。
「撃て!」
シーマの号令に従って、一糸乱れぬ統率で矢が降り注ぐ。
数が少ない方が敵の前衛部隊を半包囲するという常識外れの戦況となっていた。
しばらく戦うと、ゴブリンたちは退却を始める。その最後尾をつつく形でケンタウロスたちが尻尾を削るような機動で出血を強いる。そうして最後のとどめはレーモン男爵率いる騎兵だった。
彼は無言で剣を抜き放つと、厳かに告げた。
「皇女殿下の敵をせん滅せよ! 突撃! 突撃! 我に続け!」
剣を振り下ろすと、彼は先頭に立って馬を走らせた。緩やかに加速を始める。
徐々に拍車をかける。馬蹄の響きはどんどん加速し全力で走り始めた直後に、敵に到達した。
文字通り馬蹄にかける。逃げまどうゴブリンの背後に食らいつき、踏みつぶし叩き伏せる。
背後から追走するようにケンタウロスたちが展開し、紡錘陣形のまま敵陣を切り裂いていった。
そして、群れを率いているゴブリン上位種はテムジンが討ち取り、ゴブリンを背後から追い立てていた冒険者がいることと、彼ら裏で操っていたのがガイウスとの情報を得た。
無論こんな工作で尻尾を出す様な相手じゃない。意図的にこちらに情報を流している。
その意図を探るため、俺は捕虜となっている冒険者たちを尋問することにした。
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