兵士たちの雄たけび
「さあ起きろ! 貴様らクソの分際で鶏よりも長く眠るとはいい度胸だ。その度胸に免じて走り込みは昨日の2倍だ。うれしいだろ? さあ、喜びの声を上げろ!」
「サー! イエッサー!」
「集合集合集合! 早くしろクソボケどもが! もたもたしてる間に敵は切り込んでくるぞ!」
「サー! イエッサー!」
「整列! その隊列のまま駆け足!」
「「サー! イエッサー!」」
俺を先頭に兵たちが整列した隊列を崩さないように走る。
「日の出とともに起きだして~」
「「日の出とともに起きだして~」」
「言われるままにただ走る~」
「「言われるままにただ走る~」」
「PT!」
「「PT!」」
「PT!」
「「PT!」」
「PT!」
「「PT!」」
腕立て伏せをする兵に声をかける。
「貴様らの役目は何だ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「貴様らが得意なことは何だ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「貴様らは主に忠義を誓うか! 軍隊を愛しているか?」
「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」
一糸乱れぬ受け答えに俺は笑みを深くする。
過去に同じ訓練を通り抜けた古参兵もうなずく。
「頃合いかと思います」
「そうだな。ところでお客さんの様子はどうだ?」
「ええ、そちらも頃合いかと」
「ふむ、では仕上げにかかるか」
「全員整列!」
「「サー! イエッサー!」」
「傾注!」
「「サー! イエッサー!」」
「よくぞこの俺の訓練を耐え抜いた!」
「「サー! イエッサー!」」
「これより貴様らはクソ虫を卒業し、兵士となる!」
「「サー! イエッサー!」」
「勘違いするな、貴様らはまだ兵士として最低限の技術と心構えを習得したに過ぎない」
「「サー! イエッサー!」」
「これから貴様らは戦いに赴く。死ぬものも出るだろう。だがその死線を超えて、兵士は最強に至る。死んだ者は戻ってこない。だが仲間は貴様らのことを決して忘れない。守るべき主君があり、仲間がいて、そして愛すべき我が兵団がある限り、貴様らもまた永遠なのだ」
「「サー! イエッサー!」」
「貴様らが少し上等な虫けらで終わるか、最強の精兵に至るかは貴様ら次第だ、分かったか!」
「「サー! イエッサー!」」
「改めて問う。貴様らの役目は何だ!」
「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」
「貴様らの得意なことは何だ!」
「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」
「貴様らは皇女殿下に忠誠を誓うか! 殿下の敵をせん滅するか!」
「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」
「ならば今この場で覚悟を決めろ! 敵が迫っている! 実戦の時がすぐにやってきたぞ。うれしいか? うれしいだろ? クソ野郎ども!」
「「サー! イエッサー!」」
「偵察兵! 報告せよ!」
「はっ! 敵は南から街道沿いに進軍。砦に迫っております。数は約5000」
「構成は?」
「旗印は複数。諸侯の混成軍と思われます」
「ならば雑魚の群れだな。新兵訓練の仕上げにふさわしい」
「ケネス! 前衛を任せる。オークの小隊を率いろ」
「サー! イエッサー!」
「シーマ、遊撃だ!」
「了解ニャ」
「アントニオ、騎兵を任せる」
「御意」
「ウォード、親衛の歩兵を率いろ」
「応」
「貴様ら整列だ! 前衛はオーク重装歩兵! 敵の突撃を食い止めて跳ね返せ!」
「「サー! イエッサー!」」
「敵の足が止まったら右翼に弓兵、左翼にケンタウロス騎兵を展開、右翼より射撃を浴びせろ」
「「サー! イエッサー!」」
「左翼は右翼の射撃を確認後騎射突撃を仕掛けろ、そのあとは遊撃戦闘に移れ」
「「サー! イエッサー!」」
「では諸君、戦闘開始だ!」
「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」
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「獣人兵、前方に発見しました!」
「ふん、吾輩の前に立ちふさがるとは不遜なり。皆殺しにせよ」
馬上でふんぞり返る将は傲岸な口調でそう命じた。
随行の騎士が伝令に指示を出していく。行軍隊形から、左右に兵が展開して行く。
槍持ちの歩兵が先頭に出て陣列を組んだ。騎兵は左右に展開しやや歩兵の陣列より後方に位置する。歩兵が敵を押し込み左右の騎兵が両翼から敵の横腹を衝く、もしくは後方に回り込む機動を行う。すなわち数の利を生かした包囲殲滅を仕掛ける構えだ。
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正攻法で挑んでくる。手堅いというより、3倍の兵力を用意しているのだ。下手に奇策を弄するよりも真正面から押す方が勝率が高い。
しかしそうはさせない。心理戦を仕掛ける。
「シーマ、挨拶してやれ」
「わかったニャ」
シーマはテムジンの肩の上に飛び乗るとケンタウロス族の技術で作られた新しい弓を引き……放った。
矢は風を切り、放物線を描いて敵将の兜に当たって跳ね返る。
「こんなもんでいいニャ?」
「ああ、見ろよ。顔色がくるくる変わってやがる」
「んー、逃げ出さないかニャ?」
「いや、突撃だろ」
「ふむー。まあ、いいニャ。テムジン、ありがとニャ」
「いえいえ、こちらこそ良いものを見せてもらった」
そこでテムジンとシーマは左右に分かれる。シーマは右翼の弓兵を、テムジンはケンタウロス隊の先頭に立つ。
歩兵は迎撃の態勢を整え敵の攻撃を待ち構えている。弓兵と騎兵も動き始めた。
これより新たな皇女軍の初陣だ。
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「な、な、な、な!?」
敵陣は確かにこちらより高所を占めている。であってもあの位置から弓を届かせるのは至難の業だ。さらに将のの兜に当たった。
さすがに狙って当てたとするのは無理があるが、それでも敵の弓は危険だと思わせた。
「閣下! お下がりくださいますよう!」
護衛の騎士が血相を変えて周囲を固める。
「下がることなどできぬ、先鋒に突撃命令を出せ!」
「しかし!?」
「まぐれだ。あんなところから狙撃ができるなら、吾輩は今頃命はない。たまたま放った矢が、風に乗って届いただけよ」
虚勢でもここは引けない。引いたら付け入られてしまう。
向こうの数は1500ほどだが、獣人族は強い。個の強さは数で押しつぶせばよい。弓兵が脅威なら混戦にもちこんでしまえばいい。
相手の策と強みをつぶす一手であると確信をもって采を振るった。
「突撃、突撃! 奴らを蹴散らせ!」
ラッパが吹かれ、槍を持った歩兵が駆け足で前進する。丘のちょうど登り切ったあたりで敵兵が盾を並べて横陣を組む。
これが彼らの悪夢の始まりだったのだ。