ケンタウロスの試練
彼らは狩猟と、川のそばの土地での農耕で生計を立てていた。農耕はあくまで非常食の調達の意味合いが強く、狩猟こそが彼らの本業である。
草原を住みかとする動物を狩り、肉や骨、毛皮などを得て交易も行う。
駆ければ野生馬よりも速く、さらにその体の構造上手綱が要らない。故に騎射を得意とし、短弓で狙撃をもこなす。
さらに剣や槍も使いこなし、単騎で歩兵を蹴散らす武勇もある。
彼らは武を尊び、強者にのみ従うと公言していた。
「ここから、あの旗を持った者のところまで駆ける。的は10。射抜いた数の多いものが勝ちじゃ」
「同数の場合は?」
「速く駆けた者が勝ちじゃ」
「速さも同じなら?」
「的の真ん中を射抜いた数が多い方でどうか?」
「いいだろう。先ほども言ったが俺が馬を走らせる。射るのは俺の後ろにいるシーマだ」
「よかろう。ではジェダード!」
族長の呼びかけに一人のケンタウロスが進み出た。比較的すらっとした体躯で、素早そうだ。
俺は開始の位置に進む。ジェダードと呼ばれたケンタウロスは、二人乗りの俺たちを見てあざけるような笑みを見せた。
「では、我が矢を真上に放つ。それが地面に着いた時が開始である」
「承知した」「御意」
俺たちの応えを確認するや即座に、族長は矢を無造作に放った。
不意を突いたつもりだろうが、その程度は織り込み済みだ。
矢は弧を描くこともなく、そのまま真正面の地面に突き刺さった。ジェダードは慌てることなく駆けだす。見た目通りの敏捷な動きで、慣れた手つきで弓を構え、最初の的を射抜いた。
その時、どれだけの者が気づいただろうか。弓弦が弾かれる音が1度しかせず、互いの最初の的が同時に射抜かれたことに。
もともと鵺は雷を統べる幻獣だ。その速さは雷に匹敵し、並みの馬の何倍もの力を誇る。要するに、人間が二人乗っていようと全く意に介さないのだ。
そして、シーマの反射能力ぎりぎりの速度で駆け抜ける。
最初の的は同時に射抜かれたが、そこから先はもはや勝負にならなかった。3つの的を一度に放った矢が射ぬく。10の的は3回で綺麗に射抜かれ、ジェダードが5つの的を射抜く間に俺たちはゴールを駆け抜けていた。
ケンタウロスたちの表情は見ものだった。誰よりも速く駆け、だれよりも弓をうまく扱うものが彼らの勇者である。
最強の勇者は族長である。逆にそれだけの力がなければ屈強のケンタウロスたちを従えることはかなわない。
「次、剣だ!」
わずかに動揺しつつも族長が次の戦士を指名する。
今度はシーマを乗せず、俺一人で対峙する。
「はじめ!」
合図に従って、互いに駆けよる。俺はカタナを両手持ちで構え、そのまま水平に振るった。
「なっ!?」
剣を斬り飛ばされ唖然とする戦士を俺は容赦なく蹴り飛ばした。
逆上した別の戦士が槍をもって突進してくるが、俺は難なくさばき、槍の穂先を斬り飛ばす。そして、動こうとしている数人は、シーマが弓を構えることでけん制する。
「ぐぬぬ、では我と一騎打ちじゃ!」
「いいでしょう」
数をぶつけても効果がないと悟ったこと、さらに部族内の腕利きがあっさりとあしらわれたことに業を煮やしたのだろう。
名乗りも上げずに剣を抜き放つと襲い掛かってくる。一騎打ちと言いながら何人かの戦士が弓を構えようとしていた。
「させないニャ!」
トンっと地面を蹴るとトンボを切って俺の背後に立つ。正確には馬の尻のあたりに立っている。俺は族長と切り結びながら、ぐるぐると互いに円を描くように動いている。
そんな状態の馬の上に飛び乗ったうえ、立っている。これだけでかなりの離れ業だ。そして、矢を放つと、俺の背中に向けて狙いをつけていた弓の弦を切って見せた。
シーマが放った矢は8回。要するにそれだけの人数に俺は狙われていたわけだ。そしてシーマは俺の背中を守りぬいた。ちなみに9回目が必要なかったのは、俺が族長の剣を弾き飛ばし、カタナの切っ先を彼の喉元に突き付けていたからである。
「我の負けである。こんなことをしておいてなんだが、我はいかようにでもするがよい。しかし部族の者には寛大な処置を望む」
手を広げて降参の意を示すしぐさを取る。しかし、歴戦のつわものだけに油断などできるはずがない。
シュッと空気を切り裂く音が聞こえ、俺の脇を矢が通過する。その矢は当然シーマが放ったもので、族長の腰にあった短剣を弾き飛ばしていた。
「お、おおおお……」
ぺたんとしゃがみ込む姿に再びどよめきが上がる。最後の切り札を見抜かれ、完全に心を折られた姿だった。
「その首を落とされる寸前まで勝ちを諦めぬ姿。まさに戦士の鑑である」
俺の言葉にハッと顔を上げる族長。
「卑怯と言わぬのか?」
「戦いに臨み生きて戻ることこそ戦士の誉れであろう? 無論討ち死には名誉である。勇敢に戦うことは戦場の華であろうよ」
「人族は我らの戦い方を卑怯と貶める。一人の戦士が育つまでにかかる時間を知らぬかのようだ。確かに彼らは数が多い。だが一人の戦士の価値は我らも人も変わらぬであろう?」
「そうだな。俺もそう思う。俺の故郷にはこんな言葉がある。畜生と呼ばれようと勝つことが武人の役目であると」
「……我に名を頂きたい」
「そういえば族長としか知らなかったな」
「族長となったときに我は名を捨てた。だが、貴殿に敗れたことで族長の地位は移った。我は再び一介の戦士となろう」
「ならばテムジンと名乗るがいい。広大無辺の草原を駆け抜け、そのすべてを手にした王の名だ」
「王の名を頂いても?」
「俺の主君は皇帝となる方だ。皇帝のもとには配下として王がいる。ちょうどよかろう?」
「なれば我、テムジンはアル殿にこの剣と矢をささげる。あらゆる得物をささげ、貴方の敵を討ってくることをここに誓おう」
「うん、よろしく頼む。……シーマ」
「はいニャ」
「獣人族の兵をここに集めてくれ」
その一言にシーマの顔色がスッと青ざめる。
「また、またあれをやるニャ?」
カタカタと震えだすシーマに笑みを向ける。
「なに、ちょっと10回ほど死にかけるだけじゃないか」
「いやニャ、いやニャアアアアアアアアアアアアアア!!」
突然叫びだすシーマに、ケンタウロスたちが顔を見合わせる。あれほどの勇者をおののかせるとは何があるのか?
その答えを彼らは翌日にでも知ることになるのだった。