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野伏せりの村

「勝鬨をあげよ!」

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!」」

 これまで虐げられてきた獣人族の凱歌は城外にまで響き渡った。

 フレデリカ皇女の名前で追撃と、捕虜の虐待を禁じた。


「あなたたちは誇りある戦士でしょう?」


 うん、この一言で収めるとかいろいろえげつない。

 こうしてこの周辺はフレデリカ皇女の支配下にはいった……かのように見えた。


「人馬族?」

「はっ」

 ヴォルフガングはなんだかんだで獣人族の戦士を取りまとめる立場に就いた。周辺の情勢にも明るく、武を貴ぶ気風からもふさわしい役目だろう。

 問題はこいつは脳筋の気があることだ。たいていのことは武力で解決する血の気の多さは簡単な罠にはまってしまいそうな危うさもはらむ。正面からの突撃であればじつに頼りになるが、搦手を用いられると弱い。


「彼らを味方に引き入れることはできるかしら?」

「……正直難しいかと。奴らは自分よりも強い奴にしか従わないと公言しております。そして、ただの騎兵では太刀打ちできません。かといって、このような開けた地形ですと……」

「騎兵の独壇場だな。彼らは弓もよく用いると聞いている。文字通りの人馬一体だ」

「左様。それゆえに味方につければこの上なく心強いのですが……」

「よし、シーマ、行くぞ」

「はいニャー!」

「ふふふ、主殿。我をお忘れではないかえ?」

 馬の姿をした雷獣ヌエ、神鳴も現れる。

「う、馬がしゃべった!?」

「良く魔力を探ってみろ。馬じゃない」

「へっ!? あ、あ、あ、あ、あ、ああああああああああああああ」

 ヴォルフガングの尻尾がへにゃっとなって股の間をくぐった。おびえる犬のするようなしぐさだ。

「ア、アル殿? この方は?」

「うん。ヌエという高位の魔獣でな。今は俺の騎獣をやってくれている」

 その一言でヴォルフガングはカタカタと震えはじめた。

「すいません。あなた方だけで城を落とせたんじゃないでしょうか?」

「まあできたかもしれんがね。あえてやらなかった。理由はわかるか?」

「え、ええと……」

 思考に没頭することで震えが止まっていく。もともと肝が据わっているタイプだし、頭も悪くない。一歩立ち止まって考えを巡らせることができるようになれば、いっぱしの指揮官になれるだろう。


 ヴォルフガングの答えは満足のいくものだった。

 フレデリカ皇女の名声を高める必要があること。俺一人の武名を高めても仕方がない。あとは、一人で戦術級の力を持つ者がいるという事実はやはり秘匿されるべきだろう。いざという時の切り札になる。

 震天雷の術を使いはしたが、術の原理はさておき、複数人で放つ大規模魔法であるという認識を持ったことだろう。敗残兵は捕虜にせずまとめて逃がした。これもあえて流言として敵に聞かせるためだ。

 などなど、俺の意図をおおむね拾い上げている。そう、俺の望む方に、だ。

 そもそも相手方にはガイウスがいる。俺の意図を読んだうえでそのさらに一枚上の策略を仕掛けてくるような奴だ。

 だからこそ、俺はあいつの想像を超える何かを準備しないといけない。そうでなければ勝てない。


 ケンタウロスの村は草原のど真ん中にあった。彼らの機動力は野戦において非常に強力で、さらに独自のルーツを持っているため、ほかの獣人族とは交易くらいしか交流がなかった。そのため独立勢力としてこの地に割拠できていたのだ。

 草原を通る者からはその武力を背景に税を徴収し、場合によっては人族の村落から略奪も行うこともあった。

「まるで野伏せりじゃの」

 と神鳴がつぶやいたが、的を射た感想だと思う。


「とまれ! 何者だ!」


 槍を持ったケンタウロスの男が俺に向けて槍を突き出して誰何する。


「俺はフレデリカ皇女配下の騎士アルという。こちらは従者のシーマ。族長にお会いしたい!」

「帰れ、族長は貴様如き人間にはお会いしない!」

「シーマ」

「はいニャ」


 シーマは俺の背後から矢を放つと、門番の手に持っていた槍の穂先に命中させた。

 ガキンと、金属同士がぶつかる音とともに、門番の手から槍が弾き飛ばされ地面に乾いた音を立てて転がる。狙って行ったのであれば、恐ろしく正確な一矢であり、いっぱしの戦士である門番の手から槍を弾き飛ばす威力を持つことになる。

 例えば長弓を大きく引き絞って放ったのならばわかる。だが実際に行われたのは、腰にぶら下げていた短弓で腰から引き抜いた矢を番える手も見せない矢継ぎ早の妙技だった。


「俺の従者はいささか弓を使う。この国一の弓の使い手と比べて見たく参った。それともあれか? 人馬族の戦士は猫人族の弓兵を恐れるのか?」

 その一言に門番の兵の表情が変わった。

「待つがよい!」

 そう言い残して門の中に駆け込む。そして、一回り大きな体のケンタウロスが俺の前に立った。騎乗している俺よりも目線の位置は高い。まさに巨躯と言っていい偉丈夫だ。

 彼は腰にぶら下げていた弓を左手にとると、いきなり矢を放った。

 弦の音が1回しか聞こえないが俺の眉間、喉、心臓を正確に狙った絶技。その三矢をシーマは後から放った矢で撃ち落として見せた。

「にゅふふふふ。おまいらにできることをニャーができないとは思わないことニャ」

 シーマが見せた技は常識の埒外にあった。そもそも飛んでいる矢を狙って撃ち落とすとかどれほどの技量を要するのか。

 弓の名手がそろうと言われるケンタウロスたちをうならせるのに十分以上のインパクトがあったのだろう。

 中には顔色がなく、青ざめている者すらいた。

 

「勝負じゃ! 我は人馬族の長サジタル。貴殿の名を聞こう」

「昨日、あっちの砦を落としたフレデリカ皇女の臣、騎士アルだ。こっちは従者のシーマ。お見知りおきを」

「なんと……」「あれほどの腕を持つ者がただの騎士だと?」「あの砦を一晩で落としたと?」

 ケンタウロスの戦士たちにさざめきが広がる。


「静まれ! それほどの大言を言うのであれば、我との勝負、まさか拒みはするまいな?」

「ああ、受けてたとう。弓の勝負は先ほどされたと思うが、まだやるか?」

「流鏑馬にて勝負を決したい」

「こっちは俺が馬を走らせ、シーマが射る。問題ないか?」

「ふ、二人も載せて駆けられるものならば」

 かかった。内心の歓喜を表に出さず、俺は重々しくうなずいた。

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