飢えたるもの達
シーマ率いる猫人族が情報を集めてきた。北の城塞、スラヴァ城は小高い丘の上にある小城だ。
周辺の見通しを確保するため周囲の木々は伐採され、ひときわ高い尖塔がそびえる。兵力は200ほど。逆に言えば収容できる兵力もその程度なので、1万の兵を動かすには効率が悪すぎた。
しかし、今の兵力ならちょうどいいと言っていい規模である。そして何よりもわが軍に決定的に欠けているものがあった。
「なお、食料はあと10日分だ」
無表情にウォードが告げてくる。早めに輜重を切り離し、とりあえずうちの隊の分だけでもと退避させておいたのが功を奏した。
しかし、道中増えた陣借りや義勇兵という名の無駄飯ぐらいが増えた結果、彼らに支給する腰兵糧や、毎晩大騒ぎする鍋の具材がどこから出ていたのかという話である。要するに物資の消耗がマッハでヤバスってことだ。
さらに、かの城の周辺の住民は飢えている。理由は簡単な話で重税が課されているからだ。
獣人税という意味不明なものすら存在するという。それが許されていいのか、という話だが、帝国の法律には一切触れていない。そもそも帝国法って人間と獣人を差別し、人間優位に作られているわけだ。
そして、うちの旗頭フレデリカ皇女は……。
「うふ、うふふふふ、うふふふふふふふふふふふふ……」
妙な笑いを浮かべ、周囲の村から保護されてきたモフモフ、もとい獣人の子供たちを前に笑み崩れた表情を晒している。
犬人の頭を撫でまわし、猫人の顎をくすぐり、羊人の頭に顔をうずめて恍惚とする姿は、とても人に見せられたもんじゃなかった。
実際問題として、ひと月分くらいの食料はあったのである。だが、情報収集と、友好のため、ぱーーーっと行ったのだ。
ここでケチったら意味がないのでという、ウォードとアントニオの言葉を全面的に容れたわけである。
その結果、いくつかの村はこちらに協力してくれることになった。ありがたいことである。
実際に戦闘に参加してくれるわけではない。それはできない。
「あの城の真ん中の塔に、我らの長の娘が閉じ込められている」
要するにそういうことだ。だから、ぎりぎりまで彼らを参戦させることはできない。人質を出されたら、そのまま反旗を翻す可能性すらある。
だが、それ以上に統治が苛烈すぎた。ゆえに、俺たちに付け入るスキができたともいう。
「シーマ、潜入はできそうか?」
「ん―……ちと厳しいニャ」
「理由を」
「犬族が砦で見張りをしてるニャ。彼らは鼻が利くから暗くても関係ないのニャ」
「……排除は?」
「一人や二人倒しても意味がないニャ。それに、獣人の兵を一人でも傷つけたら、彼らを従わせることはできないと思った方がいいニャ」
「ま、そりゃそうだ」
「まったく手がないわけじゃないけどニャ」
「どうするんだ?」
「どさくさに紛れるのニャ」
「騒ぎを起こすわけだな。陽動作戦か」
「難しいことは任せたニャ。ニャーは騒ぎに乗じて何とかできるようにしとくニャ」
「城内の兵につなぎをとれるものはいるか?」
「探しとくニャ」
「頼む」
あとは……ここの住民を味方につけるにはもう一押しいる。これを始めたらもう後には戻れない。俺たちが敗北してあの世行きになるか、それとも一生、もしくはその次ぎ、さらに次の世代までかけての大仕事になるか。
その覚悟を問うために、俺は再びフレデリカ皇女のもとを訪ねた。
「当り前じゃない。やるに決まってるでしょう!」
即答された。政治的にものすごく困難を極める内容であったのだが。
「では、声明を出すということで」
「ええ、モフモフは世界を救うのよ!」
「お、おう」
「それにね、こういう形で歴史に名前を刻むチャンス! 逃すわけにはいかないわ!」
「簡単に言うけどな。困難を極めるぞ?」
「困難が多いほど燃えるのよね」
「俺たちの代では終わらないかもしれない」
「あんたと獣人の血を引いた子が生まれたら次世代の架け橋よ」
「ちょ!? ってかそれを言うならお前さんと獣人の血を引いた子供でもいいわけだよな?」
「それはまずいわね」
「え?」
「わたし、あんたとしか子供作らないし」
「ふぁっ!?」
とんでもないことを言い放った。
「そもそも、あんたはわたしの婚約者でしょ?」
「この状況で、まだそれ有効だったのか!?」
「いざ敗北して、継承権とか失ったらあんたに養ってもらうからね。よろしくね。あ・な・た?」
「待ったらんかい!?」
「なーによ。往生際の悪い」
「そもそも、なんで俺なんだ?」
「んー、イケメンだし、強いし。あとあんたの最大のメリットは……」
「は?」
「しがらみがないことよ。ひっくり返せば孤立無援ってことだけどね。ブラウンシュヴァイク公も後ろ盾にいるし、帝国ひっくり返すくらいまではいける。そんで後はあんたの能力次第」
「それこそ、あの腹黒公爵でもいいんじゃないか? 身分的にも」
「んー、パス。やっぱあんたがいい」
「だっかっらっ! なんでだよ!」
「あんただから。それ以上言わせんな、この朴念仁」
そう言われてなぜか顔に火が付いたように赤くなった。何となく言葉が途切れ、それでも居心地の悪くない空気が漂う。
そんな時は、シーマが天幕を開いて乱入してくるまで続くのだった。