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無念を噛み締めて

「いやー、負けた負けた」

 周辺にいた兵だけを率いて、からくも包囲網を脱した。

 山中に潜んで周囲を警戒するが、今のところ追手の気配はない。


「隊長、合図を」

「わかった。やってくれ」


 うちの隊はなんだかんだで獣人兵が多い。多くなってしまった。それゆえにうちだけが使える合図がある。

 例えば、人族では聞こえない音を発する笛、とかな。

 あとはごく小さな明かりでも猫族には見える。暗闇でそれを掲げることで目印になるのだ。


 そうやって一晩を過ごすうちに、徐々に兵が集結してきた。ちなみに、ブラウンシュヴァイク公は行方不明だ。ただ、あの抜け目のない男がそうそうくたばるはずはない。きっとどこかに落ち延びている、そう信じることにした。



「……ごめんなさい」

 周囲に兵が増えて少し気が緩んだのか、さっきまで呆然としていたフレデリカ皇女が話しかけてきた。

「どうしたんだ?」

「私がもっとしっかりしてたら……」

「いや、無理だろ」

「って、ちょっと!」

 蒼白だった顔に血の気が戻ってきた。

「俺は軍令として、相手の挑発に乗るなと命じた。そのうえで奴らは誘い込まれ、全軍を危険にさらした」

「……ええ」

「最終的な責任はだれにあるのかって話なら、皇女殿下、あんただな」

「……そうよね」

「ただその場合、俺も同等の責がある。あの馬鹿どもを押さえる手立てがなかったわけじゃない。それを怠った。まさか、って言い方は好きじゃないが、ああも見事にしてやられるとは思わなかった」

「……」

「ちょっと痛い目を見ればいい。それくらいの考えだったんだよな。まさか、まさかの連続だったよ。軍略なら俺の方が上だって変な自信があったんだろうな」

 そう吐き捨てて俺は拳を握り締める。

「アル!」

 あまりに強く握りしめた拳は爪が掌に食い込んで血がにじんでいた。

 血の臭いを嗅ぎつけた犬族の衛生兵がこっちを見ている。

「慈悲なる方、癒しの女神よ、汝が愛し子を癒したまえ……」

 治癒魔法がかけられ、掌の痛みが引いていく。思わずフレデリカ皇女を見た。

「勘違いしないでください。あなたの右手は剣を握り、わたしを守る為にあるのです。騎士の誓いを思い出しなさい」

 今までのどこかぼんやりしていた雰囲気は鳴りを潜め、静かに覚悟を決めた決意のまなざしが見て取れた。


「そう、だな。負けたままでいる気はない」

「ええ、それでこそ私の騎士です。しょぼくれている暇があったら軍を立て直しなさい!」

「そうさせてもらう。油断を戒めていた俺が一番油断していたことに気付かされた。高い授業料だったけどな。二度と負けない」


「隊長。うちの部隊はほぼ損害無しだ。ただ……」

「ああ、くっついてきていた連中はほぼ全滅状態だろう?」

「ああ」

 ケネスの表情は晴れない。

「アル、方策はあるのですか?」

「……瓢箪から駒ってやつでね。この前どっかの砦を奪えって言ってたなんたら男爵がいただろ?」

「ええ。ご先祖は伯爵だったとか、代々領土を削られてきて無能を晒していたというなんとか男爵ですね」

「一応だが、敵の拠点を奪取して物資を奪うっていうことも考えていたんだが、味方の数が多すぎて、どっかの拠点を落とすのにかかる日数で、それ以上の物資を消費するっていう試算が出てな」

「本末転倒のたとえに使えますわね」

「ただ、今の兵力なら……」

「逆に、落とせるのですか?」

「落として見せるさ」

 ニヤリと笑って見せると、なぜかフレデリカ皇女が俺から目をそらした。確かに無礼だったかもしれんな。


「シーマ!」

「はいですにゃ―!」

「北の城塞周辺の地勢を調べてくれ」

「うえっ!?」

「頼む」

「……何か考えがあるんですニャ?」

「なかったらお前に頼まないよ」

「わかったニャ」

「おう」

「……あの城主は獣人族を虐げていますニャ。それは知っていましたニャ?」

「ああ。うちの傭兵団は一騎当千だがね。やはり戦いは数だよ」

「この地域の獣人たちを糾合するつもりなんだニャ?」

「そのために名前を売る。俺と王女の名前だ」

「……わかったニャ。ニャーの名前で書状を出すニャ。ただし……アルにも覚悟を決めてほしいニャ」

「いいだろう。お前に任す」

「二言はないニャ?」

「これでいいか?」

 俺は佩刀を手のひら半分ほど引き抜いてそのまま納刀した。キーンと澄んだ音が響く。

「俺の故郷で、最も重い誓いだ。刀は戦う者、武士の魂とされている。俺は侍の血を引く一族だからな」

「よーわからんけどわかったニャ。アルの覚悟は見せてもらったニャ」

 シーマは笑みを浮かべて俺の前から去っていく。その尻尾はゆらりゆらりとその歩調に合わせて揺れていた。その意味は俺にはわからないけど、なんとなくシーマが喜んでいるようにも見えた。

 彼女の言っていた覚悟を決めることの意味を理解して、俺が死ぬほど後悔するのは数日後の話だった。


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