名もなき村
フレデリカ皇女率いる軍は王都方面に向けて進軍を開始した。王都付近で商売にならないと感じた行商人なんかがくっついてくる。
そんな中、敵陣にガイウスがいるという情報があった。それはそれでいい。奴にも事情があるんだろう。若干の動揺はあったが比較的落ち着いていた。
こっちの兵力が相手方の兵力よりも多いそのことが変な意味で安心感につながったのだろうか。そして兵力差が喧伝されるほどに、陣借りを求める傭兵や、皇女の大義に賛同しました、などとほざく胡散臭い騎士とか男爵とかが集まってきた。
要するに有象無象が大量に集まってきて、兵力は増えているが、軍としては弱体化していっているわけだ。
「さすがにこれはまずくないかね?」
俺の苦言も理解はされているようだが、ブラウンシュヴァイク公も苦笑いしつつ首を横に振るしかなかった。
「戦いは数だよ」
「いや、それはわかるさ。出陣時点の1万、あれが正直リミットと思ってた。で、どんどん増えて行っているよな?」
「なに、補給は大丈夫だ」
「ああ、それは助かる。けど問題はそこじゃないよな?」
「有象無象共はまとめて一つの部隊に収容している。いざってなったら囮くらいにはなるだろ」
「たぶん向こうもそれは理解してるな。だからこそたちが悪い気がするよ」
「まずは奇襲を避けるようにしなければな」
「そう、俺たちがそう思うなら、敵さんもそのくらいの考えはあるだろう。そしてたちが悪いことにその考えは完全に正しい」
「野戦で突撃方向を決めて叩きつけるくらいならできるが……?」
「混乱した味方は下手な敵より質が悪いってことさ。まあ、口が裂けてもそんなことはいけないけどね」
「警戒を強化する」
「親衛も固めておこう。あと、奇襲を避けるためになるべく開けた進軍経路を頼みたい」
「そもそもここまで膨れ上がったら進軍経路の選択肢なんぞないに等しいさ」
そう、この時点で俺たちは詰んでいたのだろう。評判を聞いて膨れ上がる兵力。それは徐々に進軍速度を落とし、経路を限定させ、どんどん身動きが取れなくなっていった。
「今夜はあの村で野営だな」
戦争のうわさを聞いて避難したのか無人となった村を占拠する。領主の館と思われる建物は小高い丘の上に築かれ、周囲を見渡すことができた。
うちの部下たちは手際よく防備を整えている。土魔法で堀を穿ち、掘った土を盛り上げて土塁とする。
これで足止めができるだけでもだいぶ違うのだ。ある程度工事が終わったところでそのままフレデリカ皇女が館に入り、ここをそのまま本陣とする。
周囲にはシーマ配下の猫族の斥候を放った。彼らは夜目が効き、さらに隠形に長けている。
その夜は何事もなく更けていった。
翌日からの状況はブラウンシュヴァイク公も頭を抱えるものだった。ガイウスの献策だろう。敵陣営は大々的にこちらの居場所を喧伝したのだ。
曰く「逆賊に堕ちたフレデリカを討て。敵はかの村にいるぞ!」とうわけだ。落ち目の第二皇子陣営に味方する者はいない。逆にフレデリカ皇女の陣営に参加しますと、どんどんと人が集まってくる。
おかげで2日の滞在予定がどんどんと伸びて行っている。村の周囲に陣を張っている軍勢はどんどんと膨らみ始めていた。それこそ互いの連携が取れないほどにだ。
「別動隊を作れないか?」
「……わからぬではない。だが危険が大きい。別動隊が矛をさかさまにしてこちらの背後を衝いてきたらどうする?」
「かといって足手まといどもを率いてまともに戦えないぞ? こんな有象無象共が2万も集まっても、俺なら3千の精兵で一気に崩壊させられる」
「うむ、ただ第二皇子の軍勢も似たり寄ったりだ。であれば数が多い方が勝つ」
「ちゃんと戦ってくれれば、な」
ブラウンシュヴァイク公配下の文官たちが駆けずり回っている。
「騎士ならあっちの部隊に入れとけ!」
「とりあえず、あのなんたら男爵の指揮下でいいか?」
「知らん、いちいち確認できん!」
彼らの会話を聞いていやな予感がひたすら膨れ上がっていく。それこそ反間の計でもしかけられたらなすすべがないぞ。って言うか、いると思って行動すべきだろうな。
そして足止めを食らってさらに数日、何とか出撃のめどを立てることができた。というか、ここで移動を開始しないと非常にまずいことになる。
「兵糧が不足する。というか予備の武具も足りない」
「明らかに敵の策謀だな。こちらの兵站に負荷をかけようとしている」
「どこか適当な城を落としてそこの物資を奪えばいいではないか」
俺たちの会話に割り込んできたのは、この村に陣を張ってから参戦してきたどっかの子爵だ。
「では、そのどこかというのを具体的に示していただこう。どの程度の日数進軍にかかり、何日でそこを落とせる? その拠点に備蓄されている物資の量は?
それほどの提案をされるのだ。しっかり調べてあるのだろうな?」
そのなんたら子爵は目を白黒させている。
「それを調べるのは貴公らの役割では?」
「そう思うなら余計な口出しは控えていただこう」
俺の言葉になんたら子爵は顔を真っ赤にしたが、ブラウンシュヴァイク公のひとにらみを受けてそのまま踵を返す。
「……手足はがんじがらめだな」
「返す言葉もない」
これで勝てたら敵は弱いなんてもんじゃない。無能の極致だろう。そんなボヤキが出てくるほどに、こちらの態勢はまずかった。能天気な貴族や傭兵どもは、自軍の数を見て勝ったと思い、大騒ぎをしている。それがやたら腹立たしかった。