根回しなしでこの扱いはひどくないか?
領都ブラウンシュヴァイクの外縁部にある騎士団詰所に主要な貴族や傭兵隊の隊長などが集められた。
貴族たちは傭兵を見下し、傭兵は貴族たちを嫌う。よく見る光景であるが、逆にこんな烏合の衆をまとめ上げるとかどんな罰ゲームと思ってしまうのは仕方がないのだろうか?
俺は会議場の警備として先に会場入りし、皇女から下賜された(建前の)軍服に身を包んだ部下たちを指揮していた。
貴族たちは獣人も見下している。動物との混ざりものとよく言っていた。しかし、シーマがフレデリカ皇女にモフられた姿を見て、この人は違うと認識を改めたようだ。
「軍議を始める」
ブラウンシュヴァイク公の一言で場の空気が変わった。ざわめきは静まり、視線が集中する。大貴族の肩書だけじゃなくてそのカリスマ性もすさまじいな。
フレデリカ皇女は上座で無言のまま頷きを返す。
「まず、総指揮官を決める。この軍はフレデリカ皇女を旗頭としている、そこに異論はないな?」
沈黙は肯定だろう。異論をはさむ者はいなかった。
「ありがたい、皆、よろしく頼む。さて、実際に軍を指揮するものだが、私が務めさせていただく。そのうえで参謀長を決める」
この一言で再び場がざわめいた。皇女が率いる軍の軍師ともなれば、その功績は非常に高い。それこそ皇女の婿にとまではいかないだろうが、昇爵や序爵も大いに期待できる。
彼らの思考は今バラ色だろう。栄達した自分の姿しか見えていないに違いない。敗戦するリスクもあるだろうにな。
皇女を旗頭にしているといっても先方も皇子がいるのだ。大義名分としてはこちらが弱いとすら考えていい。
皇女が陣頭に立てば先を争って敵は降るとでも考えているのだろうか? ……考えていそうだな。それが通用するなら皇子が降伏勧告をしたらこっちは全員降らないといけないんだけどな。
様々な益体もない思考はブラウンシュヴァイク公の一言で断ち切られた。
「彼の英雄ガイウスの軍師を務めた者を知っているか?」
ざわめきが加速する。それ俺のことじゃないか!?
「あれはガイウス卿がかく乱のために流した噂では?」
「バカな、そんな噂を流してどうする?」
「彼がいなくとも彼の代わりを務められるものがいるだけで戦術の幅が広がるだろうが」
「ふん、そんなことはわかっている。そのうわさで足止めができる場面もあるだろうしな」
なんかいろいろ言われてるな。というか、ガイウスの名前だけが独り歩きしているような感じだ。
「その軍師は実在する。この世の戦術思考を覆した天才だ」
覆すも何も、未来の戦術なんだからある意味ただのカンニングだよな。
すっと皇女が立ち上がる。わきに控えていた俺はそのまま少し前に出て護衛としての立ち位置を確保する。まさかこんな場で自爆攻撃を仕掛けるやつがいないとは思うが、ゼロじゃない以上可能性はつぶすべきだ。
「帝都にいたとき、わたくしはかのガイウス卿とお話をすることができました」
フレデリカ皇女の一言に今後はざわめきが止まった。
皇帝が収めた反乱の最後の戦いで、ガイウスは生死不明になっていたのだから。そしてあの戦いの後、ガイウスが生きていたといっているわけだ。
「彼はこういいました。自分の危機を救ってくれたものがいると。魔法の使い方の概念をひっくり返し、新たな戦術を編み出して見せたと」
「土魔法を使った野戦築城だ。そして陣を巧みに張り巡らせ、射線網を作り上げて倍する敵を叩き伏せた」
うん、確かにやった。間違いない。その時点ではガイウスの功績になってたし、俺は目立ちたくはなかったからな。
というか、俺が矢面に出る羽目になるとかどうしろと。元の世界の軍事技術や戦術はこの世界では確かにかなり先の技術だろう。そのうえで俺の存在を公表する意味は……皇女を守るため? ダメだ、わからん。
「最近騎士に叙任されたこちらのアルですが、その武勇のみをもっての叙任ではありません。彼はその武を上回る智者なのです」
なんか恐ろしいまでに敵意のこもった目線を向けられている。手柄を横取りしやがったといわんばかりだ。だったら代わってやりたいと言いたいが、それはさすがに口に出せない。
「私が責を取る。皇女の参謀として、このアルを任命する。異論がある者はこの軍を去るがよい!」
ブラウンシュヴァイク公の宣言は場を凍り付かせた。そして、一人の貴族がその沈黙を破った。
「素晴らしい! 公の情報力は感嘆に値する!」
彼の一言で場の空気が変わった。俺の参謀就任はすごくいいこととして認められ、異論をさしはさむ感じではなくなった。
というか情報の出所はフレデリカ皇女だな。あとは、レベルとかステータスとかどっかそこらへんだろ。
そして、彼らの思惑も何となく透けて見えた。俺に責任を押しかぶせて、そのうえで功績だけを奪う気なのだろう。それくらい面の皮が厚くないと貴族とかはつとまらないんだろうな。
そう思うと、胃に重苦しいものを感じ、俺は気づかれないようにため息をつくのだった。