予感
「ブラウンシュヴァイク公に面会を希望します」
フレデリカは唐突に俺たちに要求してきた。
「……俺たち独立した傭兵団でな。彼の公爵とは仕事上の関係しかないぞ?」
「えっ!?」
背後でペガサスが嘶いていた。「ちゃんと確認しろ」と言わんばかりに。
そういえば、ペガサスの頭上からヒュージファルコンとか言う大型のモンスターが襲い掛かっていたらしい。シーマはそっちをきっちりと射落としていた。
「うー、えん罪ニャ、濡れ衣ニャ、ニャーの心はアビスの底より深く傷ついたニャ……」
しゃがみこんで「の」の字を書いている。
「すまんすまん。ちゃんと確認してなかった俺が悪かった」
「にゅー。言葉だけならなんとでも言えるニャ」
「どうしたらいい?」
「ニャーの胸に聞くのニャ」
忖度しろということらしい。うーむ……とりあえず耳をモフった。
「フニャ……」
正解らしい。とりあえず膝の上にのっけてモフモフする。頭から背中にかけて指先を滑らせる。もう片方の手でほほを撫で、あご下に指先を入れてコチョコチョする。
「旦那、人前でこれ以上は恥ずかしいニャ……」
「そうか、んじゃここまでだな。いやあ、機嫌を直してくれて良かった。はっはっは」
「フシャー! そういう意味じゃないニャアアアアアア!!」
「む、まだ足りなかったか。よーしよしよし」
「ニャ、フニャアアアアアアアアン」
とりあえずシーマが完全に脱力するまでモフっておいた。獣人族の女性からは羨望と同じくらいの憐みのまなざしがシーマに向かっていたが、なぜかは気づかないことにする。気づいたら負けな気がした。
「えーっと、アルさん?」
「ああ、どうしましたか皇女殿下」
「む、なんか距離を感じます。さっきは獣人族の女性を手籠めにしてましたよね?」
「え? あれは単に機嫌を取ってただけなんですが……」
「そうなんですか?」
その問いにマルーンをはじめとした女性陣が首を高速で横に振っていた。なぜだ?
「お願いがあります」
「お聞きしましょう」
「ブラウンシュヴァイク公のもとまで護衛をお願いしたいのです」
「ペガサスでひとっ飛びでは?」
「わたくし……どうも一人ではまともに目的地にたどり着いたためしが無くて……」
「報酬は?」
埒が明かないので会話をぶった切る意味でも兼ねて質問した。
「現地にてわたくしの裁量の範囲内で」
「お断りします」
「そんな!? ひどい!」
「具体的な金額がない。支払われる保証がない。そもそも、貴女の身分が確実に証明されていない」
「そんな!? ひどい!」
「なにか身の証を立てられるものはありますか?」
「そんな!? ひどい!」
……これ、俺がうんって言うまでループするやつだな。
「引き上げるぞ!」
「そんな!? ひどい!」
とりあえず、ひたすら非難の声しかあげなくなったフレデリカ殿下を放置して俺たちは撤収準備にかかった。
帰路、ペガサスを引いてくっついてくるフレデリカ殿下。とりあえず俺に押し付けておけば自分たちは平和だと学習した我が傭兵団の精鋭たち。
「どうしたら助けてくれるんですか?」
「報酬を払ってくれれば、その範囲内で働きますよ?」
「ですから、お支払いしますと」
「傭兵を雇うならまずは前金をいただきたい」
「……そういうものなのですか?」
「そうです。残金は成功報酬として。それに、いくらもらえるかもわからないのに我らに命を懸けろと?」
「……そういうつもりでは」
「ではどのようなおつもりで? 少なくともあなたは狙われる。帝都からの追手も予想される。俺はね、部下を犬死させたくはないんですよ」
「……そう、ですよね」
「ご理解いただけましたか」
「ええ、そのうえで、アル様。あなたに依頼したいと思います」
「ほう、前金の当てはあるので?」
「わたくしです」
「……え?」
「だからわたくしです。不足ですか?」
「……ゑ?」
「わたくし、そんな魅力ないかしら……」
「いやいやいやいや、待って!?」
「はい?」
「いったい何を言いだしてるんですかアナタ???」
「ええ、ですから、わたくしの目的が成ったら、アル様の妻になりますと。ああ、さっきの獣人の方がすでに?」
「いや、俺はまだ独身ですが……というか、俺は一介の平民ですよ?」
「まあ、そうなんですか。その立ち振る舞いから騎士階級かと」
「それはいいのですが……って!?」
皇女を妻にできるほどの功績ってことか? まさか……?
「そうそう、わたくしの依頼内容ですが、お父様を助けていただきたいのです。期限はわたくしの命ある限り。前金としては、わたくしの身柄をあなたにお預けするのと、わたくしの権限で騎士の位を差し上げることくらいでしょうか?」
「いや、身分は要らないです」
「そう、ですか。ではわたくしも?」
「そんな面倒なものは、もっとふさわしい方にお譲りしますよ」
「うーん、困りました」
「というわけで、他をあたってください」
「ですけど、もう、手遅れですよ?」
「……謀ったな?」
「いえいえ、時間の問題です」
にっこりと悪意のない笑顔を浮かべるフレデリカ殿下。腹芸なら大したもんだよ全く。
周囲を兵が取り囲んでいる。ブラウンシュヴァイク公の兵か、それとも追手か……?
「円陣!」
「フシャー!」
俺の号令とほぼ同時にシーマが山なりに矢を放った。実験のためこっちの手勢は30人ほど。ただし最精鋭だ。
「アントニオ!」
「御意! 堅牢なる力よ、具現せよ!」
呪文と共に部隊の背後に岩でできた防壁が盛り上がって出現する。
「盾、構え!」
「「おおう!!」」
呪文発動と同時に陣列を組みなおし、正面に対して大楯を構える。
飛来した矢は防壁と盾に阻まれて戦果を挙げることはできなかった。
周囲に伏せていた敵兵が姿を現す。数は……こちらと同数ほどか。
「神鳴、索敵を」
「承知!」
敵がある程度固まったところで、ケネス率いる小隊が突撃を敢行する。
「援護! 弓箭兵……撃て!」
「ニャ! ニャ! ニャ!」
シーマ配下の兵が突撃するケネスの頭上を跳び越すように射撃を開始する。敵兵も盾を構えるが、シーマ配下の精兵はその隙間を射抜く。
「主、伏せ勢は我が無力化した。小一時間は痺れておるだろうよ」
「ご苦労!」
射撃が集中して倒れた敵兵の穴をケネスがこじ開ける。大剣を振り回して将棋倒しで敵兵が吹っ飛んでいった。
「続け! 全軍突撃!」
この時点で勝敗は決した。敵は退いていく。
「追撃は無しだ。拠点に戻る!」
「隊長。皇女殿下はどうします?」
「連れて行くしかないだろう。もはや無関係だといっても聞き入れてもらえんだろう」
というあたりで爆弾が落とされた。
「アル様。さすがにお強いですわ。ガイウス様の言うことは確かでしたのね」
「……んだと!?」
垣間見えたガイウスの影。こうして俺はなし崩し的に帝国の勢力争いに巻き込まれていった。