をかしきえにし
「……それでじゃな。我はどこに行っても迫害されてのう……」
うん、軽く二時間は話を聞いている。日は傾き、周囲ではキャンプを張り、ここで夜を明かす準備を始めている。
「というわけなのじゃ」
ひと段落着いたあたりで提案してみた。
「なら、うちに来るかい?」
「だが、この姿ではいろいろと問題があるじゃろ?」
「あなたほどの物の怪ならば隠形や変形は心得ていないか?」
「……なるほど」
そんな考えがあったのかと猿の顔が目を見開く。
「人の子よ。そなたの名を聞きたい」
「俺はアルと呼ばれている」
「呼ばれている、じゃろ? 重ねて問う。そなたの真なる名はなんと申す?」
「……有田義信だ」
「ほう、懐かしき響きよな。我が故郷たる日ノ本の呼び方に……ってまさかお主!?」
「ああ、おそらくお前さんと同じ身の上なんだろう」
「そうか、我が日ノ本におったは近衛天皇が御代。かの源三位が我を射抜いた、こととなっておる」
「ああ、俺も聞いたことはある。遥か過去の伝承として、だけどな」
「ふふ、流浪の身となりて幾星霜。ここにきて故郷を同じくする者と巡り合ったのは縁というべきだの」
実に表情が豊かだが、虎の胴に猿の顔がついている姿はいっそシュールだ。その猿面の表情は実に豊かで、話すたびに喜怒哀楽が零れ落ちる。
それは、どれほどのときを孤独に過ごしてきたのか計り知れない、ヌエの寂しさの裏返しであろうか?
「実にをかしきことなり。義信よ、我が力を欲するか?」
「……タダじゃないんだろう?」
「ふむ、日ノ本のことわざにはこうある。「只より高い物はない」とな」
「平安時代からあったのかよ、その言い回し」
「さて、な。我がさまようた年月はもはや数えてすらおらぬ。いつ、どこの誰に聞いた言葉かは、遠い追憶の彼方だ」
「ま、いいさ、要するにあんたはこう言いたいんだろう? 「力」を示せと」
「話が早いな」
周囲のテントが凄まじい勢いで撤収されていた。
「アル、腹が減っては、だ」
ウォードがライスボールを持ってきた。要するにおにぎりだ。
「はは、すまんな。おい!」
俺は二つ渡されたおにぎりを一つヌエに投げた。
器用に蛇の口が空中でキャッチする。
「これは如何に?」
「俺はあんたが何が好きで、何を食うのか知らない。一つ言えるのは、米のメシは日ノ本の民の根源と言っていいだろう」
「ほほう……うむ、うまいな」
「具は梅干しだ。たまたま近くに梅の木があってね」
「うむ、うむ。懐かしいのう……」
猿面の双眸からあふれる涙に、兵たちは手をとめて立ち尽くした。
「さて、では」
「いざ」「尋常に」「「勝負!」」
ヌエの周囲に魔力が集まっていく。俺は刀を抜き構えた。
「雷よ!」
俺は背後に飛びのくが、地面を走った雷が俺のつま先から伝わり、激痛と共に痺れを伝えてくる。
「ぐぅ!?」
地面を伝わる雷と、空中から降る矢のような雷の複合攻撃で、近寄ることもできない。防ごうにも俺の着込んだ鎖帷子は電気を遮断してくれない。
要するに俺は奴の攻撃を防ぐ手立てがない。
徐々に体力を削られる。
「あー、すまん。一応聞いておきたいんだけど。どう行く形で決着にするんだ?」
「我が認めるか、義信、そなたが死ぬか、だ」
「まておい、俺が生き残るにはあんたを倒すしかないってのかい?」
「そうだが? 試練とはその命をかけるもの、であろうが?」
「聞いてねえよ……、キャンセルはできないよな?」
「逃げるというのか? 臆病は罪。そなたの命を持ってあがなってもらおう」
「おいおいおいおい!?」
逃げ道はない。であるならば……進むべきは、前!
「縮地!」
身体の重心を前に傾ける。倒れ込もうとする動作をそのまま前進する動きへと替える。
「うりゃうりゃうりゃ! ウッキイイイイイイイイイ!!」
後半猿の鳴き声になっている。重心を傾ける先を左右にずらすことで、高速でサイドステップして的を絞らせないようにする。回避も何とかなっていた。
「なっ!?」
猿面が大きく驚き、そしてその口元は笑みを形作った。
「ぐっ!」
足元を払われる。何とか飛んで避けたが、足元から蛇の尾がアギトを開いて襲い来る。
「シャアアアアアアアアアア!!」
牙の先は粘液質の液体で濡れている。間違いなく毒だろう。間合いを見て刀を身体の前で回転させ、蛇の首を斬り飛ばす。
そして、その状態で俺はついに、ヌエの雷の直撃を食らった。
「ぐわあああああああああああああ!!!」
全身を走る電撃による、灼熱感と激痛。血が沸騰するような感覚。
俺は煙を上げて地面に倒れ伏した。
ひたひたと聞こえる足音はヌエのものか? 全身を走る痺れで身体は動かない。
「ふむ、人の子としてはよくやった。……ぬん!」
おぼろげな目で見えたのはヌエの尾が再生する光景だった。
「我が蛇の毒はそなたの息の根を瞬時に止める。覚悟は良いか?」
良いわけがないだろう! とツッコミを入れたいが、しびれて動けない。動けない以上は蛇の牙からも逃れられない。単純な理屈だ。
「旦那! ニャーを守るって言ってくれたニャー!」
シーマの悲痛な言葉が響く。
「アル! ガイウスはまだ見つかってないぜ!」
「っていうかですな。負けたらうちの傭兵団、破産ですよ?」
「アル! あんたの広背筋なら起き上がれるはずよ!」
口々に好き勝手なことを言いやがる。ただ、あきらめかけていた心に往復ビンタをくれて立ち上がる気力をくれる効果はあったようだ。
身体を巡る雷撃が邪魔なら……ねじ伏せろ!
「……ああああああああああああ!!」
「なんと!?」
脳内に再び声が響いた。「雷魔法スキルを習得しました」「雷耐性スキルを習得しました」「条件達成を確認、「千鳥」解放条件を満たしました。これより起動します」
身体を巡る雷撃を操り、刀に移す。そうすると体を覆っていた痺れは嘘のように消えた。
「ぬうううううう!?」
ヌエが再び雷撃を飛ばすが、無銘刀、改め「千鳥」はその雷の矢を全て斬り飛ばす。
「裁きを統べる賢者よ、汝が叡智、天秤の守護者たる力を顕さん。おお天帝の怒りよ、今こそ神鳴りてその威を示さん!」
「待て待て待て待て、ウキャアアアアアアアアアアアアア!?」
俺の刀を中心に高密度の雷撃が集約されて行く。その輝きを目にしたヌエがパニックになっている。
「降参! 降参じゃ! そんなもん食らったら我は塵一つ残らないわ!」
「あ、すまん。これ途中解除できないんだ」
「え!?」
「死ぬなよー……大雷!」
「うぎゃああああああああああああああああああ!!!」
狙いを外して真横に叩きつけたがそれでもヌエには多大なダメージを与えたらしい。まあ、あれだ。殺すつもりならそれこそ開幕でもできたはずで、こいつは俺を鍛えようとしてくれていたんだろう。
雷に打たれてぴくぴくしているヌエを見ながら、俺はとりあえず疲労のあまりへたり込むのだった。
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