第四章「決戦、そして狙撃」
司令と呼ばれた男は屋上にいた。もはや逃げ場がないことは分かっている。だが、捕まるつもりはない。徹底的に戦うまでだ。屋上は太陽光パネルや風車がたくさん並んでいる。身を隠すには最適だ。これなら数人が相手でも、それなりに戦える。今まで様々なテロに関わり、戦場を渡り歩いてきた自分なら、全員を倒すことは無理でも、ある程度の被害を向こうに与えることが出来るだろう。
そんなことを考えていたら、屋上に一人の少年が上がってきた。右腰に拳銃を下げ、左腰には刀を差している。手にはグレネードランチャーを付けたG36を持っている。
「一人か?」
指令が尋ねる。
「そうだけど。」
少年が言った。
「ふざけているのか?」
男はAKを少年に向けて構えながら言った。
「大真面目だけど。」
少年もそういうと、G36を構える。
「俺は今まで様々な死線を乗り越えてきた。多くのテロに参加し、多くの特殊部隊とも戦ってきた。お前たちテロ孤児の多くを生み出した。多国都市多発テロにも参加した。お前とは踏んできた場数が違う。そんな俺に、10代のガキが敵うと思うのか?」
司令は、怒りを交えた声で言う。
「何が言いたいの?」
少年は気だるげに言い返す。
「なんだと?」
「もうお仲間はやられちゃったよ。それなのに、そんな自分の経験を自慢げに話されても、意味ないよ。おとなしく降参したら?人殺しは趣味じゃないし。」
少年は余裕そうに言った。
「黙れ!例え一人になっても俺は退かん。今まで多くの命を奪ってきたんだ。今更やめる気はない。もう後には退けん!」
司令は叫んだ。
「あっついねー。でも今どきそんなのはやらないよ。」
少年は苦笑いしながら言った。
「黙れ!」
司令はそういうと、AKをフルオートで撃ってきた。
「ホント熱い。」
少年はそういうと、太陽光パネルの裏に隠れて銃弾をやり過ごす。
「お前、名前は?」
司令が尋ねる。少年が銃撃にひるまず、落ち着いて銃弾を避けたことに何かを感じたようだ。
「中村勇魔。」
少年は答えた。
「”味方殺しの勇魔”か。なるほど。どうりで只者ではないと思ったわけだ。”伝説の12人”と並ぶ、味方殺しか。確かに俺たちにとっては脅威だな。」
司令はそういうと、勇魔の隠れているパネルに向かってAKを撃ち始める。勇魔はG36を肩にかけると、腰からUSPを取り出し、太陽光パネルから飛び出し、指令に向けて撃つ。
「遅いぞ!」
司令は走りながら撃ってくる。
「やめとけって。弾が無駄だよ。」
勇魔はそういうと、あまり動かずに、弾をやり過ごす。そして、MP5を左手に、G36を右手に持ち、周りを見る。両方とも、肩にかけてある。
「ふん。両手に銃をもって、周囲を警戒し、俺の動きを見極めるつもりか。どうやら長期戦をするつもりはないようだな。まあいい。俺も長く戦うつもりはとっととたおして、逃げるまでよ。」
司令は、AKを撃ち続けながら、後ろに下がり、パネルの後ろに隠れる。
司令には、一つだけ脱出の手段があった。それは、屋上の端の小屋に隠してある、大型のドローンだ。勇魔を殺すなり、無力化するなりして、すぐに乗り込めば、逃げ切れるだろう。部下は失ったが、ドローンに乗って、近くの隠れ家に行き、車に乗り換えて、本部に行き、今回のことを伝える。少年兵が、組織に対して、本格的な攻撃をしてきたと。それを知らせることが出来れば、どうにか処罰は免れるだろう。男はそんなことを考えながら銃を構える。
「何考え事してるのおっさん?」
ハッとして振り向くと、そこには勇魔がいた。なぜか両手にはG36もMP5も持っていない。USPだけを持っている。
「いつの間に?」
司令は、驚きを隠せないでいた。確かに数秒だけ考え事をしていたが、いつの間に自分の居場所を突き止めたのか、指令には分からなかった。
「まあ、分かるよ。銃声とあんたの動きを見れば、どこに隠れるかくらい想像つくし、数秒の考え事なんて、戦場じゃ命とりでしょ。」
勇魔はそういうと、USPを指令に向ける。
「なんだそれは?そんなもので俺に勝てると思っているのか?」
司令はAKを構えながら言った。
「おっさんにはこれで十分でしょ。」
「なめるな!」
司令は叫ぶと、AKの引き金を引く。
”カチン”
むなしい金属音だけが響いた。
「な?」
「俺を甘く見すぎたね。AKの装弾数は30発。フルオートで撃ちまくるからこうなるんだよ。歴戦の戦士らしくない、初歩的なミスだね。」
勇魔は皮肉を込めて言った。
「だから貴様はセミオートだったのか?無駄弾を撃たないために。」
「それもあるんだけど、フルオートだと殺しかねないんだよね。一発で無力化できるのにさ。」
「何?」
「まあいいさ。これで終わりにしようかおじさん。」
勇魔はそういうと、USPの引き金に指をかけて引こうとする。指令は急いで、腰のグロックに手を伸ばす。
「遅いよ?」
”パァン”という乾いた銃声が屋上に響いた。
「USP、こいつはシングルアクションだ。ハンマーは、既に倒してあったのが見えなかった?それに対して、おっさんのグロックはダブルアクションオンリーだ。俺も持っているから、良く分かっているけど。早打ちには向かない。こんな状況じゃ、俺のほうが圧倒的に有利だ。いくら暴発の危険性がないからって、実戦向きじゃないでしょ。M9でも選べばよかったのに。そこら辺も、あんたほどの歴戦の戦士らしくない判断だよ。俺らのことなめすぎてない?」
勇魔はそういうと、USPを降ろした。司令は肩を抑えながらその場にうずくまった。
「安心しな。俺を含めた仲間全員が使っていたのは麻酔弾だよ。だから、死にはしないよ。とはいっても、威力は普通の弾丸と変わらないから、セミオートでも当たり所が悪ければ危ないし、フルオートでも死ぬし。」
勇魔はそういうと、USPをホルスターに収める。
「俺の部下たちは無事なのか?」
司令は尋ねる。
「ああ。まあ、ケガはしているだろうけど。」
「何故だ?」
「何故って、少年兵が早い段階で殺しを覚えてしまっては、もう戻ってこれない。それに俺たちの目的は、殺しや復讐じゃない。」
勇魔は言った。
「なんだそれは?”味方殺し”のセリフとは思えないな。復讐が目的じゃない?じゃあなぜ、政府はお前たち、少年兵を作った?”伝説の12人”だって、元は俺たちテロ組織に復讐をするために行動を始めたはずだ。それが、いつからそんなきれいごとを言うようになった?中村勇魔。お前だって、多くを失い、多くの味方を殺してきたのだろう?お前に復讐したい奴は大勢いるはずだ。それなのに、何故復讐を否定する?なぜ殺しを否定する?そんなきれいごとが通用するほど、この世界は甘くない!」
司令は叫んだ。
「分かっているさ。だけど、俺は俺の道を行くだけさ。」
勇魔は言った。
「何?」
「さあ、もう眠りな。ずいぶんと耐えているけど。意識を保っているだけで精いっぱいなんだろ?それだけでも大したもんだけど。まあ、あんたにはこれからいろいろなことを話してもらうつもりだから、ゆっくりと休みな。」
”ズキューン!”遠く離れたところから銃声が響く。勇魔は驚いて振り向くが、背後には誰もいない。司令の方に向きなおると、その額には小さな穴が開いていた。
「友子!今のは?」
勇魔は無線に話しかける。
「狙撃よ。場所は大体わかるけど、もう、去ってしまったわ。」
無線からは悔しそうな声がする。
「なんてこと。よりによって司令官を捕え損ねるなんて。」
別の少女の叫び声が無線から聞こえる。
「口封じだね。」
無線から英の声が聞こえる。
「だな。急いで撤収するぞ!」
勇魔はそういうと、携帯を取り出し、ある人物にかける。
「もしもし?」
携帯から女性の声が聞こえる。
「勇魔です。」
「失敗のようね。」
女性は言った。
「何故?」
「武蔵から連絡があったわ。」
「武蔵さんが?」
「あなたたちの働きぶりを見てもらっていたんだけど。それと失敗した時に備えての保険として。」
「狙撃による口封じです。」
「そうね。完全に想定外だったわ。情報が漏れていたようね。」
「一体どことから?」
「それはこちらで調べるわ。あなたたちは急いで撤収して。」
「了解。」
勇魔はそう言うと、携帯を切り、歩き出した。
勇魔たちが戦っていたアパートから離れた別のビル、友子たちがいるのとは、別の方向に位置するビルに、ライフルを構えたその少女はいた。歳は勇魔たちとそれほど変わらない。身長は165㎝ほどで、長い髪を首元で結んでいた。
勇魔と司令官の戦いを、屋上ではなく、ビルの窓から見ていた彼女は、司令官が、勇魔に負けたのを確認すると、司令官の額を打ち抜いた。
「任務完了。」
彼女はそうつぶやくと、そのままライフルを勇魔に向ける。
「何をしているんだい。」
後ろから声がした。何の気配も感じなかったので、思わずライフルを反射的に向けてしまうが、すぐにライフルを降ろした。そこには、自分たちと同じ、17歳ぐらいの少年が立っていた。背は高くすらっとしていて、中性的な容姿をしている。
「勇魔を殺すのよ。」
少女はそれだけ言った。
「それは任務に含まれていないよ。」
少年は苦笑いをしながら言う。
「関係ない。」
「いいだろう。それなら、僕が今ここで君を止める。」
少年はそういうと、腰のホルスターからM92を取り出して、少女に向ける。少女は一瞬警戒するも、思い出したように、後ろを見るとため息をつく。
「今話している間に、行っちゃったわよ。」
少女はそう言うと、持っていたライフル、SIG SG550狙撃仕様を片付け始める。
「勇魔を逃がしたのね。」
少女は少年を睨みながら言った。
「まあね。現段階で勇魔を殺すのは得策じゃない?今後は、そういう独断行動は控えてもらいたいね。誰かを見張りにつけたほうがいいかな。」
少年もそう言うと、銃を下げる。
「別にこの組織に身をささげたわけでも、忠誠を誓ったわけでもないわ。私はこの世界のすべてを破壊する。組織はそのための手段よ。」
「僕にそれを言っていいのかい?」
少年はまた苦笑いをしながら言った。
「組織に言うの?」
少女はそう言うと、腰の拳銃に手を伸ばす。
「僕に勝てると思っているのかな?」
少年は薄く笑う。
「完勝は無理かもね。けど道連れなら。」
少女は言う。
「僕は嫌だけどね。一応仲間だし。何より僕は、君のことは友達だと思っているんだけど。」
少年は言った。その言葉の裏には複雑な感情が感じられた。
「あなた、自分の意思でこの場にいるの?」
少女はそう言うと、ホルスターから手を離した。
「この場にいるのは少し違うけど、君を友達だと思うのは本心だよ。君や勇魔を殺したくないのもね。」
少年はそういったが、その手に持った拳銃を降ろそうとはしなかった。
「だったら、そのM9を降ろしてくれない?友達に対する行動なら、拳銃なんて向ける?」
少女も拳銃を取り出しながら言う。その目には、殺意こそないが、警戒の色がある。彼女自身に少年を殺すつもりはないのだろうが、決して無事にはすまないと分かっているのだ。
「おっと、ごめんよ。」
少年はそういうと、M92を降ろすと、腰のホルスターにしまう。
「このことを組織に言うつもりはないよ。ただ、まだ僕らの存在を彼らに知られるわけにはいかない。そのライフル、その腕、それだけでも、君という存在を浮かび上がらせてしまうことになる。こと、勇魔を殺してしまったら、さらに疑いの目が強くなる。」
少年は言った。その言葉の裏には先ほどとは違い真剣さが感じられた。
「そうね。確かに軽率だったわ。分かったわ当分は勇魔を狙うのは控えることにするわ。」
「そうしてくれると助かるよ。さっきも言ったけど、まだ僕らの存在を公にするわけにはいかない。」
「ただ忘れないでね。私は別に勇魔を殺すのをあきらめたわけじゃないから。」
「それはそれでやめてほしいんだけどね。」
「おい、そこらへんにしな。いい加減、引き揚げないと、誰かが来るぞ。」
後ろから声がするので、振り向くと、背の高い、がっしりとした体格の少年がいた。髪は短く逆立ててある。粗削りながら精悍な顔立ちをしている。
「そうよ。出ないよ面倒よ。まあ、来たら来たで、私は構わないんだけど。」
少年の横には、長い金髪の少女がいた。背はそれほど高くはないが、スラっとした体格をしている。顔立ちは整っているが、どこか冷酷で、妖しげな影がある。二人とも武装している。少年は右腰に拳銃、後腰には大きなナイフを下げており、手にはSIG SG550を持っている。少女の方は、左脇の下に、大型の拳銃、後腰には二本の刀、両腰には短機関銃MP9を一丁ずつさしている。
「分かった。行こう。」
少年がそう言うと、四人はそのビルの一室から出て、階段を降り始める。
「ストップ。誰かいる。」
階段の途中で、M92を持つ少年が手を挙げる。
「ほら見ろ。お前らがもたもたしているから。」
「悪かったわね。」
「まあ、いいんじゃない。私としては楽しみが増えたようなものだし。」
金髪の少女が笑って言う。
「そうだな。俺も嫌いじゃない。」
短髪の少年も笑っている。
「ほどほどにね。」
M92を持つ少年が言う。
「おう。」
短髪の少年はそう言うと、SG550を構えて階段を駆け下りる。




