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3.不遜の我欲

 零戦部隊に入って戦いながらも、イスラは常にある信条を貫き通している。


 それは、屠った不死者や霊魂を慰める石碑を現場に建てること。


 霊魂というのは大抵の場合、自ら望んで霊として縛られている訳ではない。まして不死者の中でも屍徒と呼ばれる存在は、自我もないまま「そこにある」という理屈だけが魂を縛るような存在だ。死して尚も苦しまなければならない存在――それをイスラはどうしても見過ごすことが出来ない。


 だからイスラは任務が終わるとその場所を転移術の座標として記録し、いつも霊魂に合わせてオーダーメイドの墓を作成してもらっては設置する。墓とは言うが実際にはどこの誰がと明確に弔う相手が判明するのは稀であり、死後に遺体や遺品が残ることも稀であるため、その墓石の下には何も埋まっていない。

 いつしか、中身のない墓石を運ぶ俺を見て零戦部隊の人間はこんな異名をイスラにつけた。


 ――『石碑』のイスラ。


 墓の、ではない理由は、恐らく遠回しに意味のない事をしていると揶揄されているのだろう。人に害を為す存在と化した霊魂などの縛られた存在は、既に元は人間だったとさえ見なされずに問答無用で排除される。そしてその連中は、術法で滅ぼすことが出来る。


 もうそこには魂も躯も存在しない。何もない所に意味のない墓を建てるなら、それは墓ではなく唯の石碑だ。建てた理由も意味もないのなら、それは無意味に、誰も確認しないような小さな事実を記しただけのもの。


 だから、石碑。

 イスラは、それでいいと思う。

 生者の為の墓石では慰められないのだから、死者のための碑は必ずしも墓である必要はない。肉体の墓標と魂の墓標を別けた結果が石碑なら、それでいいではないか。


 石碑を作る為に今までいくつの零が重なった金額を払っただろうか。時には依頼報酬のほぼ全てを使いこんだことさえある。そうして哀れな存在を救済する仕事を続けるうち、イスラはいつの間にか『十八席』という分不相応な地位に座っている。


 石碑のイスラ、という呼び名に込められた感情は様々だ。殊勝な奴だとも偽善者だとも言われるが、どちらが主流という訳でもない。ただ、イスラを担当する異端審問官曰く「敬虔」らしいこの活動は、教会の坊主や信者にだけは受けがいいらしい。

 かといって、イスラは女神だの始祖だの聖者だのと肩書の多いシャイアナに祈りを捧げる気はない。イスラが捧げる祈りは神でも相手でもなく、相手を想う自分のためにしているようなものだ。零になった存在は最初から零ではなかったのだと、この世界の片隅に存在を残しておいてあげたいという思いが、イスラを今日も墓石屋に向かわせる。


「こちらです。受注通りかお確かめください」

「うーん………オッケー。依頼通りでご苦労さん。次も頼むよ」

「はは、あなたのお陰でうちは休み無しですよ」


 イスラからの受注が週1、2つペースであるこの墓石屋は、実力はあるが今まで大手に仕事を取られて開店休業だった穴場だ。最近はイスラの出入りが看板になって少しずつ売り上げも伸びているが、毎度霊魂が発生した理由に応じてオーダーメイド注文をするために今度は墓石屋とは思えないほどに忙しい。

 良くしてくれる店長に会釈し、イスラは墓石に羽揚術を使って石碑から重さを奪う。重量を一時的に失った石碑を愛用の台車に乗せたら、あとは教会に頼んで転移術を使ってもらうだけだ。


 転移術は犯罪への悪用が余りにも容易である為に教会の選ばれた地位にある存在にしかその秘術を伝えられていない。勿論身内として扱われていない零戦部隊のイスラが使える筈もない。

 実際のところ、やはり裏切り対策の側面が強いのだろう。零戦部隊の人間は危険な術や武器を与えられており、さらに言えば人格にも問題のある戦士が多い。狂犬に適度な餌と首輪をつける、というのが本音なのかもしれない。


 石碑を抱えて歩くイスラの姿は既に町の名物として認識されており、零戦部隊の事を知らない人からは墓石屋の従業員だと勘違いしている人も少なくない。と――そんな彼の事情を知る人間の、鼻につく声が背中にかけられた。


「よぅ、『石碑』の。今日もド田舎の低賃金労働者みてぇに石碑運びか?」


 どこか人を小馬鹿にした高慢さが聞き取れるその男の事を、イスラはそれなりにしっている。

 振り返れば、やはり予想通りの男がそこにいた。


「ああ、『劫火』の。今日も相変わらず煙草を旨そうに吸ってるな」

「いいだろ。俺の毎日の潤いの一つだ。お前も吸うか?」


 にたぁ、と笑いながら煙草の箱をわざとらしく振るその男は、零戦部隊第三席。

 金を代価とした享楽のためにあらゆる敵を殲滅する、傲慢なる炎鬼――『劫火』の異名を持つその男は、名をアグラ・ヴァーダルスタインという。


 剃り込みの入った短い金髪は、後頭部のものだけが伸ばされて三つ編みになって揺れている。肌は浅黒く、犬歯と獣のような凶悪な目つきを裏切らず、その性格は傲慢――いや、強欲だ。機能性だけを求めたイスラの黒いコートとは違い、アグラは金を惜しげもなく使用したとばかりに金の装飾が付いた派手な服を着ているので、いつも自分とは対照的な男だとイスラは思う。


 アグラ・ヴァーダルスタイン――元異端審問官にして、異教徒狩りの主戦力だった男。


 神の遣いとして誰よりも敬虔でなあらねばならない筈のアグラの劫火は、嘗て一夜にして3つの町と17の集落を荼毘に付した。そこに哀れとか良心の呵責といったありきたりな感情は存在せず、彼が通った後には老いも若いも男も女も、人間は例外なく灰に帰していたという。その過激な異端狩りを終えた彼は、自分の作り出した焼け野原を前にどんな顔をしていたのだろう。

 彼が嘗てどんな男で、なぜ今は零戦部隊にいるのかをイスラは知らないが、当人の態度を見ていれば現在の立場を謳歌しているように思える。元よりこんな世界に足を踏み入れた身だ。誰も彼もが碌な理由ではないし、イスラ自身も客観的に見れば馬鹿な真似をしている類だろう。


 さて、勧められた煙草だが、アグラはイスラと知らない仲ではないため、煙草を吸わない男であることを知ってる。知っていて差し出すというのは、反応を見て楽しんでいるのだ。勝手な男だとは思うが、別段腹の立つことでもないので軽く受け流す。


「生憎と俺が吸うのは死者を弔う爺婆臭いお香だけでね。そいつは少々刺激が強すぎる」

「ンだよ、この俺様がやるって言ってんだから受け取って吸うのが大人のマナーって奴なんじゃねえのか?お?」

「そんな押しつけがましいマナーは無視するのさ。俺は不真面目な男だからな」

「ハッ!!俺から言わせりゃ教会の強欲坊主どもよりまだ真面目だぜ?不真面目さが足りねぇなあ」


 じゃれ合いのような軽口を叩き合ったアグラはイスラの隣に並び、ここは自分の道だとばかりに肩で風を切るように歩き出す。町の人々はそんな二人を避けつつもちらちらと目線を送っていた。恐らく傍から見ればイスラはこの粗野な男の舎弟か何かに見えるかもしれない。それほどに、アグラという男は常人には近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。


 身長19カルプ(※)を超える長身と筋骨隆々の肉体に加え発炎の呪術に使う腕輪やネックレスを隠そうともせずにぶら下げたその姿は、おおよそ社交性を持っているとは思えないし、事実、他者を気遣うことなく我欲ばかりを優先させる男ではある。一応ながら女性に優しくする程度の思考はあるが、それもあくまで自己満足の範囲を超えない。思い通りにならなければ投げ出すし、捨てる。

(※1カルプ=約10cm)


 世にはばかる憎まれっ子、屑か否かと問われれば屑に数えられる人種、酒と煙草と女と物欲の為に異形を燃やす、ある種では最も傭兵らしい男。それでいて実力はある、教会にとっての目の上のこぶ

 そんな男が態々イスラに話かけてくるのは、恐らくアグラにとってイスラが興味の対象だからなのだろう。少なくとも気が合うとか似た者同士という事はあり得ない。なにせイスラは酒も女も煙草もせず、常に粛々と仕事をしている上に金を石碑につぎ込む酔狂者だ。


「欲がなさすぎるぜ、お前は。聖職者でもねぇのに禁欲主義か?」

「別に拘りはないよ。あんまし興味ないだけさ。あと煙草は普通に好かん」

「かぁー……俺はなぁ、イスラ。人間ってのは欲望の生き物だと思う訳よ。得れば得るほどもっともっとと金をベットして欲望をレイズしていく、そういう楽しみがあるから人間は人間なんだ。生きてる人間にしか出来ないことだから、生きてる人間がすべきだろ?」


 欲望――人間の最も基本たる部分。それを彼は崇高なものとして見る。

 その考えは案外と間違っていないとイスラは思う。近年の急速な文明の発展も、そうした欲が作った大きな時代の奔流だ。蒸気機関の高度化と白熱電球の普及は人間の暮らしに利便性を齎した。そういう意味で、彼は誰よりも人間が好きなのかもしれない。


 ただ、その前へ前へと進む意志は、どうにもイスラの生き方とは噛み合わなかった。

 イスラは終われない苦しみを終わらせる存在。アグラが1を2に、2を3にと考えているとすれば、イスラは-1を零に、-2を零にと考える。


 果てはどうせ、零だから。


「何ならお前、俺が女を紹介してやろうか?お古だが俺の目に叶ったイイ女だ」

「やめとけ、俺と一緒にいたら女の方が参っちまうよ。なにせ俺は不真面目かつ、くそつまらない男だからな」

「くそつまらない男はジョークを言わないもんだぜ。一緒にいるのが嫌なら待ってくれる女を選べばいいだろうに」

「待ってると思うと気になるから待たせるのは好かん」

「ダメな男の特徴だぜ、ワガママ野郎」

「うっさいわ」


 減らず口に思わず肘でアグラを小突く。周囲の空気が瞬時に剣呑になるが、当のアグラは自慢の筋肉で肘を受け止め、「効かねぇ」と舌を出して挑発的に笑った。

 知らぬ仲の男が今の肘を出せば、恐らくアグラは眉一つ動かさずその男を殴り潰すだろう。女ならば仕返しとばかりに下世話なセクハラでも返す。アグラがイスラに手を挙げなかったのは、やはり興味の対象として見ているからか。


 何に興味があるのだが見当もつかないが、意外と物好きな男なのかもしれない、とイスラは思った。

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