16.革新の機功
零戦部隊の指定席は基本的に慣れ合わないが、それが依頼という形であれば共同で作業を行うこともある。人によって千差万別だが、例えば第十四席は魔女とも違った体系である呪術師として戦闘に特化したオーダーメイドの武器の製造が半ば本業となっている。
つまり、契約や等価交換に則った形であれば指定席同士が共に行動することもあるという事だ。
「あんたが俺の所に来るとは、珍しい事もある」
機械と歯車に混ざる、奇妙な植物や動物の頭蓋などのオカルティックな品々。山積みの資料と本。霊的な力に依拠しない現代科学を受け入れながらも旧来の呪術が混じった、統一感のない無節操な品々が並ぶそこは、彼の個人的なアトリエだ。
「聖騎士団の秘蔵っ子と派手にやらかしたと伝え聞いたが、見たところ健勝そうで何よりだ」
「まぁな。レトリックとドーラット女史も変わりないようだ。鴛鴦夫婦だねぇ」
「何度も言うが、そんな関係じゃねえからな」
あしらうように片手を振る若い男。金髪でありながら何故か毛先だけが黒い彼の名を、トレック・レトリック――又の名を零戦部隊第七席、『御影』。錬金術や呪術など様々な技術を状況によって使い分ける珍しいタイプの複合術師だ。
彼の隣には、常に彼に寄り添うように無言で椅子に座るギルティーネ・ドーラット――第四席『口無』がじっと彼だけを見つめている。まるで人形のように美しい黒髪。彼女の硝子のように無機的な蒼い瞳は、レトリックに関係のあるもの以外の一切が見えていないかのようだ。事実、彼女はレトリックの為だけに行動し、挨拶されようが襲撃されようが決して言葉を発さない。
イスラは二人の関係を知らないし、彼らも過去の話はしない。より厳密には、彼らは誰とも親しくしない。レトリックは話しかければ答える程度の社交性はあるが、どこか人間関係に絶対閉鎖的なラインを敷いている。ドーラットに至ってはコミュニケーションが成立しない。そして、彼らの過去や来歴を誰も知らない。
一部では、言葉を発さずにレトリックにだけ付き従うドーラットは人形か人造人間なのではないかと言われている。ドーラットを奴隷にするか、精神を支配しているのだと言う者もいる。しかし、イスラはそれが虚言であることが魔眼を通した理屈で理解出来る。ドーラットの事情は分からないが、彼女は間違いなく自分の意志でレトリックに付き従っている。そしてそんな彼女に対してレトリックがこの上ない気遣いをしていることも、また。
彼らのような素性も知れない人間さえ席に座っているのは、やはりその実力故だろう。もしもこの二人が同時に敵を倒そうと動いた場合、セント・スーでさえ勝つことは出来ない。ドーラットは近接戦闘でウルルに並ぶ程の圧倒的な突破力を持ち、それをカバーするレトリックに至っては恐ろしいまでの術の手数と知識の多さ故に突けない弱点も突かれる弱点も存在しないと言われている。
そんな彼だからこそ、アドバイスを貰う相手として選んだ。
「それで?俺に何を聞きに来たんだ?」
「ああ。少しばかり相談があってな」
俺は最低限の話を語った。セント・スーと戦った際に最初の一撃を相殺し損ねた事。あの男とは再び戦う事になる気がしている事。そして、『祓剣』に対抗する、より確実な防衛手段について忌憚ない意見と技術的な協力を求めて来た事。
話を一通り聞いたレトリックは、無言で白紙の小切手を差し出す。イスラはそれに屋敷が一つ買える額の――どうせ本人にはさして使い道がない為に膨れ上がった――数字と自分の名前をさらりと書き込んで返した。返され小切手を見たレトリックは、それを目の前で破り捨てて呪術をかける。何の呪術かは分からないが、紙はまるで数千年の時間経過が一挙に流入したようにぼろぼろと色褪せて塵になった。
「分かった、少しばかり品を取ってくる」
これはレトリック独特の交渉だ。小切手の額で相手の本気度を測る。半端に値切ろうとする相手の場合はそのまま小切手を頂いた上で依頼を断る。なまじ数多の知識を持っているが故に、こうして意図的に自分の評判を下げて「分かる客」しか来ないようにしているのだ。
レトリックが立ち上がって工房の奥へ行くと、ドーラットも付いてゆく。何の用がある訳でもなければ手伝う訳でもない。ただ、彼女にとっての居場所がずっとそこだというだけだ。
ふと俺は気になったことを口にした。
「着替えや風呂の時は流石に離れてるんだよな?」
「離れるよう指示すれば離れるさ。お前、それ以上下らねぇ事を聞くとこの話は無かったことにするからな」
「からかう気はなかった。以後気を付ける」
ふん、と鼻を鳴らして奥の部屋に行くレトリックの後姿を眺めながら、イスラは思った。
(否定しなかったって事は、なくもないな。夫婦というより家族か?)
数分後、イスラは一丁の拳銃を持ち出してきた。突き出された銃はリボルバー式の標準的な拳銃ではないのか、シリンダーがない直線的なデザインをしている。扱ったことのない獲物を突然手渡されたことにも戸惑うが、それ以上にイスラは何故これを渡されたのかに戸惑った。
「これが、防衛手段か?確かに俺は攻撃手段も増やしたいと思ってはいたが……」
「なら丁度いいだろ。言っとくけど、あんたの話は聞いてたぞ。その上で出した結論がソイツだ。汎用性の低い試作品だが、あんたの要求に応える程度の性能はある。後であんたの手に馴染むよう多少弄る必要はあるけどな」
そう言いながらレトリックはイスラの受け取った銃と同じ型の銃を取り出す。引金付近の小さなレバーを動かすとグリップの底が落ちるようにスライドして呪術文字の書きこまれた鉄板が姿を現わした。暗号化されているのか、それなりに術に造詣の深いイスラでも一見しただけではまるで術式が理解できない。
「銀を基礎にした魔導媒体だ。俺のこれは神秘術用だが、あんたのは魔力を籠められるようにしてる。魔眼なんて大層なものを持つ以上、今更魔力の燃費など心配する訳じゃないだろ?ここに込めた魔力が基礎になる」
「………火薬と鉛球は使わないのか」
「俺のオリジナルだ。他人に気安く中身を見せないように」
鉄板をグリップ内に押し戻してレバーで固定したレトリックは銃に神秘を充填する。独学で学んだという彼の神秘術の腕前は異端審問官と遜色がないにも関わらず呪術や魔術にまで素養があるなど、彼の術に対する知識は深すぎる。そしてその知識を応用して本来術とはかけ離れている銃を術と結びつける彼の発想力は、いっそ異端的だった。
レトリックはそのまま無造作に拳銃の銃口をアトリエの端にある的に向け、引き金を引く。
直後、爆発的な閃光と共に拳銃の銃口がスライドし、薬室のような場所から蒸気が噴き出た。リボルバー拳銃は愚か、現代に出回るどの拳銃にも見られない複雑な構造になっているようだ。
拳銃から発射された閃光はそのままアトリエ端の的を粉砕した。これもまた、拳銃とは比べ物にならない破壊力だ。拳銃の銃口から漏れる煙を息で吹き消したレトリックが説明を続ける。
「今のはジャブ程度だ。消費したエネルギーも内部ユニットの最大積載量の100分の1程度だな。魔力調節の仕方を覚えれば攻撃範囲を広めることも貫通力に優れる砲撃にすることも、その他の応用も出来る。発射しながらエネルギーを補充することも出来るし、攻撃に限れば単純に術の発動を簡略化する媒体として使える」
「弾丸の必要ない銃……こんなものが世間に普及した日には、刃物の時代は終わるな」
「そうだ。だから世間に普及させようなんて思わないでくれよ。でないと更に悲惨な戦争が起きるぞ。銃は殺人の過程を縮める。これは命を軽くする道具だ」
そんな品物を依頼とはいえ渡してくれるのは、それなりの信用はあるのだろう。
信用はあくまで信用で、信頼とは別のものだが、その程度の関係は築けているらしい。イスラ程極端ではないが、彼も戦争になど関わりたくもないクチだった。
イスラも真似するように魔力を拳銃に込め、小出力で発射する。レトリックと違って加減が分からなかったため簡単な魔術程度の力で放った閃光は、それでも別の的に命中して穴を空けた。どうやら今の込め方ならば貫通力が優先されるらしい。イスラは実際に使ってみて、あることに気付いた。
「こんなに簡単に破壊力を出せるのか。しかも弾速も速い……」
「拳銃によるエネルギー弾の発射には術を放つ際に必要な複雑な手順がないし、威力も精神状態に左右されにくい。安易に、安定して、高い破壊力を発揮できる。後は慣れちまえば、あんたが不意を喰らった『祓剣』だろうが簡単に叩き落とせる。接近戦には向かないし大飯食らいだから多用する代物ではないがな」
「そういう事か……確かにこれは俺の要望に応える品って訳だ」
結界が破壊されたことばかり思い出し、防衛手段という概念に知らぬうちに縛られていた。そもそも攻撃とは、戦いに於いては身を守る防衛手段でもあるのだ。戦力の保持を見せつけて相手の戦意を削ぐ抑止力という考え方もある以上、守る事が防衛ではないのだ。
「助かるよ、本当に」
「礼なんかやめてくれ。まだ拳銃の触りの部分を説明しただけだし。ただ、俺が一度依頼を受けた以上、アンタには銃というモノをしっかりマスターして貰うからな。それと………アトリエの玄関から覗き見してるアンタも来な。追い払うのも面倒だし気が散るんだよ」
「………失礼します」
突然玄関に向けられた声に、戸が開いて異端審問官が現れる。イスラの監視兼補助の名目で近くに待機していた彼は、恐らくアトリエ内での破壊音が気になって中の様子を伺っていたのだろう。イスラとしては彼にこの銃の詳細を伝えるのはむやみな情報の漏洩に当たるのではないかと思ったが、レトリックはそうは考えていないようだ。
「いいのか、教会側の人間だぞ?」
「教会の人間であっても、教会の為だけに行動する訳じゃないだろ。いいか、イスラ・ミスラ。騎士団長を相手取るってのは騎士団という組織も敵に回す事だ。自分の戦力を高める事は重要だろうが、それ以上に味方の数そのものを増やすことも考えたらどうだ?」
その言葉に、イスラは言葉に詰まった。
イスラは常に自己満足で戦う戦士だ。ときたま共に行動する部隊員はいても、自分から協力を求めることも無闇に周囲にすり寄ることもしてこなかった。する必要を感じなかったし、自分の都合に他人を必要以上に引きずり回したくはなかった。
しかし一人での戦いと二人での戦いならどちらが有利かぐらいの足し算は出来る。本気で戦うならば、自分の流儀に妥協しろ――そう言われた気がした。
「思い出してみろ、彼女は信用できない人間か?」
「そいつは、しかし――え?彼女?誰のことだ?」
「ッ!?第七席殿、それ以上は――っ!!」
レトリックはイスラの顔を見て、焦る異端審問官を見て、もう一度イスラを見たのちに深いため息を吐いてやれやれと首を振った。その表情は心底呆れているようで、珍しく彼の生の感情が浮き出ていた。
「あんた、その魔眼でよぉ~~~く『彼女』を見てみろ」
言われるがままに魔眼でドーラットを見ようとすると、そっちじゃないと首を曲げられて異端審問官に向く。あまりよい印象も持たなければ敵意もないが故にじっくりと観察したことのなかったイスラの目には、彼が簡易的な神秘術を扱っている事までしか分からない。異端審問官が術を使うなどおかしくもない話だし、害意あるものでもないようだった。
異端審問官は見られたことに酷く動揺しているのか、思わず自分の身を隠すように自らの肩を抱いている。
「見えたか?」
「全身にうすぼんやりと術が。あと……喉?に力が集中してるな」
「そいつは自分の外見を変える術と声帯……いや、声を変える術だ。外見と喉を誤魔化してるってことは、何してるって事?」
「それは――ええと。体系と声で誤魔化せるものと言えば………別人のふり?」
「なら絶対に同一人物だと思われないようなふりは何?」
「………性別!?」
――後に知ったことだが。
異端審問官では外見はもちろん性別を偽るなど当たり前に行われていることらしい。その方が行動がしやすいのは想像がつくが、今この瞬間まで彼が実は「彼女」であったことに気付けていなかったイスラは言葉を失った。
「いつ見破られるかと思っていたら予想以上に見破られなかったのでいっそのことそのまま通そうと考えていましたが……やはり、見通しが甘かったようです」
「見通しが甘いのはアンタじゃなくてここの第十八席だろ。発想だけじゃなくて観察眼も見直せよ大間抜けめ」
魔眼を持っている癖に気付いていなかったイスラに向けられるレトリックの視線は、いっそ哀れみを含んだものだった。なお、隣に佇むドーラットの視線は表情も気配も全く変わっていないが「女の子だってことにさえ気付かないなんてサイテー」と蔑んでいるような気がした。
ドーラットとレトリック。他所のサイトで私が書いたキャラのリメイクというか、並行世界というか、そんな存在です。二人は一言では言い表せない複雑な関係ですが、この小説内では意外に癒し要素かも。
今話を踏まえてもう一度1話から小説を読み直すと、大分物語の雰囲気が変わるかもしれません。




