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10.鉄屑の行方 伍

 シャイアナ教会は様々な直属実働部隊を抱えている。

 内部不穏分子の粛清と隠密行動を生業とする異端審問会、シャイアナ教会の聖人認定や神学を学問として追及する奇跡調査会、聖シャイアナの遺した遺産を管理する遺失物管理課、表立った治安維持のための活動を行う特務七課――そして、要人の警護及び対外的な軍事の全般を牛耳り、国内での怪異や魔女とも戦ってきた教会聖騎士団。そして、直属ではない零戦部隊。


 零戦部隊とシャイアナ教会聖騎士団の関係は良好とは口が裂けても言えない。

 何故なら、零戦部隊は聖騎士団が壊滅状態になった為に誕生した信仰心もない屑の寄せ集めだからだ。国内の事態に対応するために零戦部隊は必要だったが、その間に部隊再編を迫られた聖騎士団にとって彼らは自分たちの神職をかすめ取った金の亡者。再編が進んで辛うじて対外的に復活をアピールできる段階になった今では、二つの組織の職務内容の境が曖昧になってきている。


 故に、零戦部隊の手綱を握る異端審問会は常に聖騎士団と零戦部隊の距離を近づけ過ぎない為に両者の――いや、主に聖騎士団の動向を探っていた。零戦部隊とはあくまで命令を実行して金を受け取る雇われ職であるのに反し、聖騎士団はシャイアナ教内部でも強い判断権限を持つ。つまり、最も危惧される事態は聖騎士団による一方的な零戦部隊への干渉であった。


 それが――突如として、起きた。


「これは一体どういうことか!」


 イスラの連絡を受けた複数の異端審問官が現場に到着したとき、既に違法研究施設は焼却処分が開始されていた。本来ならば異端審問官、或いは零戦部隊にしかその権限が存在しないことが書面にて教皇に認められていない筈であるし、そもそもこの施設の問題は異端審問会の専任処理事項である筈。


 であるにも関わらず、現場で焼却処分を実行するシャイアナ教会聖騎士団はそんな彼らの言葉には見向きもせず、作業を続けている。代わりにその人間たちの中より、若い男が一人歩み出てきた。腰に差した格式を感じさせる長剣は上級騎士のそれであり、はためくマントにはシャイアナ教で聖なる存在とされる翼竜の紋章が踊る。焔の影になって見えなかったその男の表情を確認した瞬間、先頭にいた異端審問官は驚愕の表情を浮かべた。


「剣聖……セント・スー……!?」

「ああ、ご苦労だな異端審問会諸君。卿らの『違法人体研究及び生体兵器の軍事転用の阻止、及び処理』の任務は我等聖騎士団が引き継いだものとする。卿らは引き続き、我等教会の内部浄化とならず者共の遣い潰しに精を出してくれ給え」


 白銀の短い頭髪と氷のように冷めた蒼い瞳の若き剣聖、セント・スー。

 何故ここに、という意識と同梱して、拙い存在が出てきた、と異端審問官たちに緊張が走る。


 彼はかつての無謀な侵略戦争に於いて、まだ騎士見習いであったにも関わらず独断で戦場に赴き、卓越した戦闘能力と類稀なる神秘術の才覚によって単騎で数万にも及ぶ敵兵を斬殺。これによって彼の赴いた本土防衛戦線は情勢が覆される事となり、彼は騎士任命前に英雄となった。単独で軍隊を滅ぼす存在――騎士団に数多の英霊あれど、彼ほどに個としての戦力が高い者は存在しない。


 更に、首都に戻るなり教会に赴いた彼は、戒律を破った罰として教皇の前で自らの斬首を望むという敬虔さを周囲に見せつけ、その信仰心から周囲の恩赦が下ったにも関わらず自ら1週間の『静謐刑』を科したという逸話もある。静謐刑とは明かりも音も食料の提供もない完全密閉空間に閉じ込められる刑であり、その時空間から切り離されたかのような静寂の闇は常人なら半日と持たず発狂するとさえ言われる古い刑だ。内部に私物の持ち込みなど出来る筈もなく、それは死刑にも近しい罰だった。


 セント・スーはその刑を――本人は一か月を所望したのを縮め縮めて1週間――受け、刑罰終了後に開けられた牢獄の中から自力で歩きながら出てきた。本来なら衰弱して自力で歩けない筈の状態で、受け答えにもはっきり答えた。シャイアナ教に於いて、罰を受けながらも毅然とする態度は非常に神意に対して信仰心が高い証ともされている。故に彼は、その刑罰に於いて更なる信仰を神に示した。


 問題は、その信仰心が余りにも強すぎる為に度々過激な行動を取る点にある。


 彼が騎士団に正式に任命された頃、既に戦争は終結していたが、彼はその停戦協定を無視するかのように撤退を始める他国の兵士たちに追撃を仕掛けて数多の屍を築き、更には彼らが支配、或いは停泊していた場所を有人無人に関わらず徹底的に破壊することで異教徒の痕跡を消して回った。


 騎士団内に腐敗あらばその一族を含めて全員を異端審問にかけ、街中に異教と関わりのある物品あらば経典になき物は邪物であると焚書のごとく没収して焼き払い、常にシャイアナ教絶対主義を崩さぬ鉄の姿勢を貫いている。のちに教皇による歪んだ教義の浄化が行われた際にはそれに従ったが、それでも根本的な部分は変わらない。それはとうの昔に狂信の域に達していた。


 しかし、腐敗の進んでいたシャイアナ教や周囲の住民にとって、それはどちらかと言えば教徒のあるべき最も基本でストイックな姿。自己への厳しさや英雄的な戦果も相まってか、彼は強い支持を集めて現在は騎士団第三師団長の地位に就いている。


「我々異端審問会にはそのような連絡はない。勝手な引き継ぎなど受け入れられない。まして、研究所内部の調査は終わっているのか?こんな勝手な行動、教皇の勅命を蔑ろにするようなものだ」

「調査などとうの昔に終了している。そも、この施設については卿らが任務を受諾する以前から我らが極秘裏に調査を進めていた大罪人達。罪人を裁く権利も調べる権利も、我等騎士団には自己判断が許されている。教皇の許しなど、我等が聖騎士団である以上は愚問だ」

「……既に我等は今回の件を零戦部隊に一任しているのだぞ!互いに互いの任務に干渉しない不干渉原則すら無視するつもりか!?」

「存在しない部隊は、存在しない。零など知らぬ。『ないもの』に干渉、不干渉などという理屈は存在しない」

「屁理屈を――!!」

「信仰心なき存在の暴力に縋る事自体が軟弱なのだ。あんな屑共は邪魔なだけだ。我らの任務の邪魔をするばかりか、汚らわしい背信者共の研究成果を外に連れ出すいかれた黒い男に任務を与えるなど、言いたくはないが卿らに誇りは――聖シャイアナ様に捧げる純白の祈りはないのかね?」

「第十八席のイスラ殿の事を言っているのか?」

「名など知らぬ。ただ、その男がこの研究所の汚らわしい成果とやらをその場で処分しなかったというだけで、その行為は万死に値する。教会には相応しくない存在故、どうなっても我等は存ぜぬ」

「――失礼した。ここで言葉を交わすのは、どうやら互いの得とはならぬ様子。我らは出直すが、この件は教皇にもご報告させてもらう」

「どうぞよしなに」


 皮肉も動揺も欠片も見せず、代わりに存在するのはこちらの心を飲み込むほどに底なしの狂信の瞳。この人間の姿をした「化物」には、最早言葉を交わしたとて何の意味もない。それよりも問題なのが、彼の言う「黒い男」だ。

 もし彼を処断したというのなら、万死に値するではなく処分したと断言する筈。彼はそういう男だ。すなわちまだイスラに手を出す段階にまでは辛うじて至っていないと思われる。しかし、それも『まだ』という段階だ。異端審問会にとって『指定席』とは別格の戦力であり、第十八席イスラ・ミスラはある種で最も特別な存在。彼と聖騎士団をぶつける訳にはいかない。


「恐らく聖騎士団とあの男では相容れぬ。ぶつかれば殺し合いが起きる。それは何としても避けねばならぬ………今、それは致命的だ」

「イスラ殿の担当はマタイ、お前だったな?一刻も早く彼を連れ戻せ。手段は問わぬ。出来ぬならば時間を稼げ。我等も後から向かう」

「……すぐさま止めてまいります!!」


 マタイと呼ばれた異端審問官はすぐさま転移術を用いてその場を離脱した。

 マタイは有能な異端審問官だが、転移術は聖騎士団にも使用が許された技。更に、転移術は戻るときは一瞬だが、「送るときは事前準備に時間がかかる」という欠点がある。今から間に合うかどうかは最早賭けに近いだろう。


「聖シャイアナ様、どうか同胞たちの諍いを遅らせてくださいませ――」


 自らの信仰に、騎士団の信仰とは違う祈りを捧げ、異端審問官たちはすぐさま教皇の下へと転移術を発動させた。

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