表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

プロローグ

 殺して、と問われたのか、助けて、と問われたのか、今となっては判然としない。

 正しかったのか、間違っていたのか、今となっては確認もできない。

 ただ、選んだ先に待っていた未来はそれだった。


 結局、人生とは選ぶ選ばないに関わらずたった一つの道に集約され、やり直しても失った時間は戻りもしない。振り返ったそこにあるのも、目の前に横たわるのも、結果でしかない。だから、選んだ道に虚しさを感じても、振り返ろうとは思わなかった。


 満月が照らす暗闇の丘で一人、得物の大鎌にもたれ掛かるように腰を下ろす。

 月光はいい。太陽で照らせない存在の心の拠り所となってくれる。

 やがて欠け、なくなり、しかし再び満ちてゆく。

 それは死と新生を繰り返して進む命の営みようだ。


 すっかり月光を浴びる世界の住民になってしまったことに苦笑しつつ、重い腰を持ち上げて鎌を肩に担ぐ。もはや表の人間には戻れないし、それに未練も感じることはない。自分で選び、自分で続ける果ての見えない旅路の途中の一息は、理由もなく終わりを告げる。


 鎌が反射した月光が、先程に始末かいほうした亡骸を照らす。

 骸骨とも屍徒ゾンビとも言えぬそれは、もう動くことはない。

 死ぬるに死ねず生きるに生きれず、狭間に揺蕩う未練たち。

 物言わぬ彼らが向かうのは天国か、地獄か、或いは「どこでもないどこか」なのか。


 ある者は彼らを穢れと呼び、浄化の名の下に滅ぼす。

 ある者は彼らがこの世の存在でないことを理由に、炎で焼き払う。

 またある者は、人形でも選ぶように彼らを支配し、使役する。


 そして大多数の存在にとって、彼らは忌むべき来訪者でしかない。


 終焉を迎えたのに終焉に辿り着けない、パラドックスに囚われた迷い子たち。

 神に見放され、死神に見捨てられ、生者にも忌み嫌われて暗夜を彷徨う民。

 それを哀れに思い、解放してやるのが仕事だと、少なくとも自分は思う。


 仕事を終えたことに達成感はなく、虚無もなく、旅立った者をほんの僅かに祈りを捧げ、また次の仕事へと歩み出す。例え薄情者、人でなしと後ろ指を指され罵られ、嘲られても構わない。自分は決して今を生きる存在の為だけに戦いを続けている訳ではないのだから。


 と――暗夜を照らすための魔眼が背後に転移術で現れた存在を感知した。

 何者かは、問答どころか眼すら見ずとも察することが出来る。


「――こんばんは、異端審問官殿。何用かな?」

「夜分遅く失礼します……どうやら一仕事終えた後ですか。間が悪かったようだ」


 感情の籠らない淡々とした言葉。振り返ればそこに、見覚えのある白い法衣を着た仮面の人間が立っていた。失礼しますなどと見え透いた敬意を見せてはいるが、実際には彼ら異端審問官は自分たちにそういった人間が抱くような感情は持ち合わせていない。


「別段気にしていないよ。俺たち零戦部隊ニヒロレギオなんていつもそんなもんだろう。それで、次の仕事のお話かな?」

「話が早くて助かります。では、これを」


 審問官が懐から取り出した、銀色の封がされた教会の手紙。

 その封を触ると、中に込められた情報が脳裏に流れ込み、やがて紙は燃え散った。


「教会は貴方がた零戦部隊の活躍に大幅の期待を寄せています。ご武運を」

「大幅の期待ねぇ。誰が何に期待しているのだか、俺にはさっぱりだ。さて、悪いけどまたアレの受注頼むよ」

「…………承ります」


 詳細を書いた受注届けを渡すと、受け取った審問官は転移術を用いてその場を去った。


 異端審問官と言えど神職は神職だ。本来ならば「貴方に神のご加護があらんことを」などと歯の浮くような言葉を選ぶべき彼が「ご武運を」という無骨な言葉を用いたのは、要するに教会は表向きでこちらとの関係を認める気がない事の証左でしかない。


 それに不平不満を覚える者もいるが、こちらから言わせれば互いに利用し合っている関係だ。向こうが何を思っていようが、利用できるうちは何とも思うことはない。


 零戦部隊ニヒロレギオとは、「公式な戦闘が零回の部隊」の意。

 すなわち、任務も存在しないし、そもそも教会の戦力だとも考えられていない。

 要らぬと言われれば消えてなくなる、対不死者・幽体・怪異・魔女専門の雑用係。


 神が救えぬ霊魂などあってはならぬからと、傲慢な裁定者はそう言った。

 その主義主張に興味もなく、神の存在を証明する気もない。

 だが、苦しむ存在は現実として存在している。


 ならば、教会の言う処理が救いとなるのならば――。

 迷いなく幾千と鎌を振るい、日陰者と畏れられながら戦おう。

 遠い記憶の彼方に佇む少女を終わらせた、あの日を忘却の彼方に追いやらぬように。


 終われない者を終わらせてあげる為に、果てしない未来も鎌を振るおう。

 幾万の夜の果てに答えがないとしても、道を選び続けよう。

 何故なら、終わらぬ悪夢の終わりであることが、選んだ道だから。


 その果てに、いつか我が身も月光に看取られて――。


「俺の終わりはあと何度目の夜に訪れる?いくつの墓標の果てに、俺はあいつに……」


 零戦部隊第一八席、イスラ・ミスラの夜は、いつの日も永い。

息抜きに短編。豚狩り騎士団との温度差は触れないでください。

書き貯め放出方式で、半年に一回くらい更新していくと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ