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不相応な関係



 女性は十六、男性は十八で結婚の適齢期を迎える。

 けれど十七になったエルザは、ルーフェンが十八になっても未だ婚礼を上げることはなかった。


 その理由はベルネット家の方にある。ルーフェンの姉であるリーゼロッテの婚約者は、エルザと同じ十七だ。年下の婚約者が十八になれば婚礼を上げる予定で、弟であるルーフェンはリーゼロッテの婚礼を待ってエルザと結婚することになっていた。


 そのため、エルザたちの交流は今も彼女が王都へ赴くことで続いている。


 次男であり、家を継がないルーフェンは、王国騎士として王都近くに居を構えることになっている。王都に慣れるために遊びにおいでよ、と彼はいつも気軽に声を掛けた。

 当然仕事のある彼はいつも暇をしている訳ではない。それでも、時間のやりくりをして、短い時間でも会いに来てくれることが、エルザには嬉しかった。


「エルザ、会えて嬉しいよ」


 ルーフェンはいつも言葉を惜しむことなく、久しぶりに会うエルザを歓迎してくれた。二人は婚約者で恋人ではないから、愛を囁き合うことはなかったけれど、彼の言葉はいつも特別に響くからエルザは少し困っていた。


 嬉しい、と思ってしまう。それは彼女の中で芽生えた恋心が原因だった。

 ルーフェンに歓迎されるたび、まるで自身が彼にとって特別な存在ではないか、と思ってしまう。否、確かに特別ではあるだろう。二人は婚約者なのだから。


 けれど、家同士が決めた婚約者という『称号』を取り払ってしまえば、二人には一体何が残ると言うのか。ルーフェンさえ許してくれるならば、良いところ『友人』といったところだろうか。


 日に日に立派な美丈夫へと成長し、騎士として国に貢献するルーフェンは、多くの女性の視線を集めた。

 それをエルザが強く意識するのは、婚約者として共に出席した夜会でのことだった。


 ルーフェンへ集まる憧れの視線、それと同時にエルザに向けられるのは、妬み嫉みと言ったもの。向けられる目が、時にはあからさまな言葉としてエルザに問い掛ける。


『どうしてあんな娘が、彼の婚約者なのか』


 そんなことは、エルザが一番思っていた。

 どうして自分が、彼の婚約者なのだろう。輝かしい彼に対し、エルザは引っ込み思案で社交の場で器用に振る舞うこともできない。


 それでも彼女なりに色々と気を回し、ルーフェンに恥をかかせないよう、彼の役に立てるようにと振る舞ってみたけれど、余計に悪意に満ちたひそひそ話を助長させるだけだった。


「エルザ、ルーフェンはあなたに迷惑をかけていないかしら?」


 ふと、以前参加した夜会の席でのことを思い出し、気落ちしていたエルザにリーゼロッテが微笑んで問い掛けた。見透かされているようで、エルザは少しどきりとする。

 内容は分からずとも、気落ちしていたことには気付かれているのだろう。リーゼロッテは美しいだけではなく、聡明で他者の機微に敏感だった。


「いいえ、リーゼロッテ様。ルーフェン様はいつもとても良くしてくださいます」

「本当? それならいいけれど、ルーフェンは我儘で甘えたがりだから」

「姉さん、そういう話は僕のいないところでしてくれませんか」


 社交シーズンになれば、リーゼロッテも王都に滞在する。ルーフェンの非番の日にお茶会に誘われ、エルザは喜んで参加した。

 対してルーフェンは少々不服そうだった。彼は優しいから何も言わないけれど、姉弟の団欒にお邪魔するのはやはり遠慮すべきだったのかもしれない。


「あら。遠回しに咎めているのに、あなたがこの場にいなければ意味がないでしょう?」

「……あなたは本当にいい性格をしている。カイに呆れられても知りませんよ」

「残念ながらカイはあなたと違って懐が深いから、こんなことで呆れたりしないわ」


 ぐぬぬ、とルーフェンが口ごもる。彼はおしゃべりな性質であったが、こと姉弟喧嘩においては、リーゼロッテの方が一枚も二枚も上手だった。

 カイ・ハーメルはリーゼロッテの婚約者である。歳は十七で、リーゼロッテよりも四つ年下だ。年齢の割に落ち着いていて、寡黙な人だった。

 ルーフェンとは友人であり、魔術師として王宮勤めをしているカイは、職場でもルーフェンとよく顔を合わせているらしい。


 リーゼロッテとの仲は円満であるようだった。その美貌と教養の高さから、国中の憧れを向けられる彼女は引く手数多だろう。それでも彼女は、結婚適齢期を過ぎた二十一の年齢になった今も、粛々とカイとの婚礼を待ち望んでいる。


「姉さんは本当に意地が悪い」


 どこか拗ねた調子で呟くルーフェンは、まだまだ少年のようだった。いつもエルザに向ける大人びた表情とは違っていて、家族にはこういう顔を向けるのだなあ、と改めて実感する。

 エルザに対するルーフェンはいつも紳士然としていて、彼女はそれが少し寂しい。エルザも、彼に心を開いてほしいと思っていた。


「おいで、エルザ」


 リーゼロッテとのお茶会が終わると、ルーフェンはエルザを城下町へ連れ出した。貴族の娘とは分からないよう、簡素な服を身に付けて、同じく簡素な格好をした彼に連れられて道を歩く。護衛は、僕がいれば問題ないだろう、と言うルーフェンによって断られた。

 慣れない服を着て、二人で歩く城下町は、ふわふわとして足元が覚束ない。ちょっとした心細さを、彼と繋いだ手が助長させていた。


 社交界に出るとき、婚約者である二人は寄り添って夜会に出席する。そのときエルザは彼の腕に手を添えるのが常で、今のように手を繋ぐことはもしかしたら初めてかもしれない。

 いつも、もっと近くで寄り添っているのに、ただ手を繋いでいるだけが、何よりも緊張した。


「見てごらん、エルザ。空が青くて眩しい。君の瞳の色だ。君のようだよ、エルザ」


 城下町の中心にある広場についたとき、そう彼に言われてエルザは顔を上げた。彼の言葉の通り、上空では冴え冴えとした青空が映っている。エルザはその空を、とても美しいと感じた。ルーフェンもそう思ってくれたらいいのに、と考えてすぐに自惚れが過ぎると自戒する。


「よく晴れてよかった」


 嬉しそうにルーフェンが笑う。エルザは本当に、と微笑んで返した。


 それから、もう一度季節が変わるよりも早く。

 その世界から、青い空は姿を消した。






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