第98話~神髪瞬花という女~
陽はすでに高く昇っていた。
2箇所で反逆者の存在を知らせる角笛が鳴った。
この学園で一番高い、鐘を打つ為の櫓に登り、割天風は学園を眺めていた。横には黒いローブを身に纏った序列1位、神髪瞬花がいた。
師範達の部屋の方で動きがあった。初めの角笛が聴こえたのもその辺りだ。
その地点には総帥直属の暗殺部隊が30名と槍特の生徒達が師範達の部屋がある建物を包囲しているのが見えた。師範達の中に反逆者がいるとしたら先程大講堂に姿がなかった御影臨美だろう。
割天風は隣の瞬花を横目でちらりと見た。
「お前には難しい任務を与える」
瞬花はピクリとも動かなかった。
「難しい任務とは、如何程か。私がこうして赴く程の千荊万棘であろうな」
「勿論。この学園でお前の次に優れている者でさえ取り零す反逆者の殲滅じゃ」
「あの弓使いの女の尻拭い……というわけか」
「序列2位が勝てない相手と闘えるのじゃぞ?嬉しくないのか」
「物は言いようだな。私より下の者が勝てなかった相手に私が勝つのは至極当然。もとより私には嬉しいなどという感情は解らぬ」
瞬花の性格や話し方は割天風が瞬花をこの学園に連れて来る以前からのもので、元々育ちが良くなかった。家柄こそ名門中の名門である神髪家の一人娘であるが、彼女もまた凄惨な一族の最期に遭遇してしまった哀しき女なのだ。
瞬花は強さと勝利だけを求めた。元々のスキルも天才的なものだったが武を磨く事への努力を惜しまなかった。割天風は瞬花の修行を直々にやった。その修行の中で、瞬花の心がすでに壊れている事に気付いた。
「私は青幻と刃を交える事が出来ると聞いた故、こうして虫けらが湧く箱庭に赴いたのだ。話が違う」
「まだお前は篝気功掌とは闘った事がなかろう?」
微動だにしなかった瞬花は、割天風の方を見た。こうして間近で瞬花の眼を見ると、教え子ながら冷たいものを感じる。その眼は深い闇を抱き、魅入られただけで命を吸い取られそうな程の不気味さだ。
「篝気功掌。氣を使う武術では体術界最強と聞く」
「そうじゃ。儂はその使い手をこの学園に導いた。苦労したものじゃ。どうじゃ?青幻の前の肩慣らしにそやつと一戦交えてみぬか?そやつも丁度反逆者でな」
「名は?」
食いついた。ようやく強者にしか興味を示さないこの女をその気にさせる事が出来た。
「学園序列10位、澄川カンナ」
序列を聞くと、瞬花はまた前を向いてしまった。
「氣で、一度だけ私の存在を確認した奴がいた。そいつか。まぁいい、一度、会うだけ会ってみよう。弱ければ殺していいのであろう?」
「貴重な実験体じゃ。殺す寸前のぎりぎりの所まで追い詰め、殺す事は禁ずる。出来るか?」
「私に不可能はない。すぐに行ってこよう。馬と槍を」
割天風は手で合図した。すると櫓の下にいた黒い布を顔に巻いた男が厩舎の方へ走って行った。
「澄川カンナの居場所が分かるか?」
「愚問だな。私は一度、そいつの氣を感じて認識している。ほかの有象無象は知らぬが」
瞬花はそう言うと梯子を降りていった。
割天風はその様子を一度だけ見ると、また戦闘が起きている場所に目をやった。
一斉に黒い塊が部屋へ流れ込むのが見えた。
大講堂に千里を連れて来た。
大講堂の前には弓特の生徒達が騎乗し、弓を持って整列し、待機していた。
その生徒達の横で茉里と千里は馬を下り、大講堂の中に入った。
中には鏡子と弓特師範の神々廻がいた。2人とも腕を組んでこちらを見ている。
「集会に出席出来ず、申し訳ございませんでした」
千里は真っ先に頭を深く下げ謝罪した。
「理由を聞かせなさい。どこで何をしていたの?千里」
鏡子は静かに言った。静か過ぎてむしろ恐怖さえ感じた。
「医務室にいました。私は朝、体特の抱キナと共に学園の広場を歩いていました。すると、体特の蔦浜祥悟が何やらコソコソと医務室に向かうのを見付けたのです。反逆者かもしれないと思い、蔦浜を問い質すべく、抱と共に彼の後をつけたら口論になり集会に参加出来なかったというわけです」
鏡子は軽く頷いた。
「分かったわ。で、その、抱キナと蔦浜祥悟はどうしたの?」
「医務室には御影もいたか?」
鏡子の質問に被せるように神々廻も質問してきた。神々廻は剣特師範の袖岡や太刀川程歳は取っていないが、体特の重黒木よりは歳上である。学園最年長の女性というわけだ。
「はい、抱と蔦浜は医務室前で別れたので、今どこにいるかは分かりません。御影先生は医務室にいました」
鏡子と神々廻は茉里を見た。
「申し訳ございません。私も2人の動向は分かり兼ねます」
神々廻は首を振った。
「茉里よ。反逆者かもしれない者が目の前にいたのなら千里を連れてくる前に白黒はっきりさせるのが先ではないか。もし、その蔦浜という者が反逆者だったとしたらどうするつもりだ?まったく、気が利かない。千里、お前もお前だ。茉里に連れられてみすみす反逆者を見逃した事になるのだぞ?」
「申し訳ございません」
茉里と千里は頭を深く下げて謝罪した。
「信賞必罰。お前達2人にはこの戦いが終わったら罰を言い渡す。覚悟なさい。さ、まずは私達も他の弓特の生徒達と共に反逆者討伐へ向かうぞ」
神々廻は大講堂の扉へ向かい歩き出した。
「1つだけ、良いでしょうか、神々廻師範」
茉里が神々廻の背中に言った。神々廻は振り向いた。
「何だ?」
鏡子と千里は突然呼び止めた茉里を見ている。
「公孫莉という弓使いの女性に会いました」
神々廻は目を大きく見開いた。
「速射姫にあったのか」
「そういう異名が?」
「速射姫の公孫莉といえば、神々廻師範の一番弟子として有名よ。当時の彼女の最高序列は6位。短弓を使った速射では右に出る者はいないと聞いたわ」
鏡子が公孫莉の説明をした。やはり鏡子も知っていたようだ。
「それがどうした?」
「何故、青幻の所にいたのでしょうか?」
鏡子と千里は驚いて茉里を見た。しかし、神々廻は知っていたのか表情を変えなかった。
「元教え子だ。私の下を去ってから奴がどのように生きるかは奴の自由だ。……茉里、お前、戦闘したのか?」
「はい。弓の闘いでは私は負けました。ですが、私はあの方の首元をナイフで斬り、その後、あの方は死にました。死の前に神々廻師範の名を呟いていました。それだけ、お伝えしようかと」
「そうか、速射姫は死んだか。だが茉里、弓で勝てなかったとは情けないな。鏡子、お前の指導不足だ」
「申し訳ございません、神々廻師範」
鏡子が頭を下げた。
神々廻は青幻の下へ公孫莉を送り込んだのではないのか。それを疑っていたのだが、神々廻は青幻に関連することは一切漏らさなかった。それどころか、一番弟子だった人間が死んだというのにあまりにも淡白である。
「話はそれだけか?立ち話をしている場合じゃないんだ。すぐに反逆者討伐の指揮をとる。外に生徒達を待たせている。行くぞ」
神々廻がまた外へ向かい歩き出すと千里も続いていった。
茉里はすぐに動かなかった。すると、鏡子がそんな茉里に気が付いた。
「茉里、どうしたの?何か気になる事があるの?」
鏡子はとても優しかった。その優しに、茉里は考えるのをやめた。とりあえず、今はカンナ達の元へは戻らず、こちら側で様子を窺う事にした。
「いえ。なんでもありませんわ」
茉里が言うと鏡子は茉里の肩に優しく手を置いた。
「行くわよ」
茉里が頷いた。
その時だった。先に大講堂から出ようとしていた神々廻と千里の前に、ここにいてはいけない人物が飛び込んで来たのだ。
茉里は一瞬言葉を失った。
「澄川さん……!?」
たった1人でカンナが何故ここに来たのか。その理由が茉里には分からなかった。




