第96話~キナ、合流~
出来るだけ森の中を駆けた。
逢山や扶桑が探しに来たという事は学園も本格的に動き出しているという事だ。
生徒の人数に対して学園の敷地は途方もなく広い。故に見付かる確率は低い。特に森の中なら尚更だ。
医務室が見える所でカンナと斑鳩は馬を止めた。医務室に変わった様子はない。カンナは近くの氣を探り、隠れている生徒達がいないかを確認したが、医務室の中に御影と蔦浜、そして何故か抱キナの氣が確認出来るだけだった。
「斑鳩さん、医務室の中に御影先生と蔦浜君がいます。それと、何故か抱さんも」
斑鳩は怪訝な顔をした。
「分かった、とりあえず医務室の中へ入ろう」
斑鳩とカンナは馬を森の中に隠し、身を屈めて医務室へと侵入した。
「御影先生」
斑鳩がそっと扉を開け中に入った。カンナも続いて入った。
「斑鳩君!カンナちゃん!」
御影が驚いて椅子から立ち上がった。
蔦浜も連られて立ち上がったが隣に座っていたキナは座ったままカンナと斑鳩の顔を見ていた。
「抱。お前何でここに?」
斑鳩が聞いた。
「あ、キナちゃんにはね、学園の秘密を全て話したわ。蔦浜君がこっち側なら一緒について行くって」
「ちょっと!?そんな事は言ってないですよ!!先生!?私はただ、学園にそんな黒い秘密があったのならここで暮らしてられないって言っただけで、別に蔦浜は関係ないです!!こんな不細工」
キナは必死に否定したが御影は笑っていた。
「へぇ、抱さん、蔦浜君の事好きなんだ」
カンナの言葉にキナはもちろん、蔦浜も表情を変えた。
「澄川さん。勘違いしてるようだから言っときますけど、私はこんな奴好きじゃありませんから!それに、蔦浜が好きなのはあなた。さっさと付き合っちゃえばいいのに」
「抱、俺はな、振られたんだ。見ろよ、あの2人。お似合いじゃねえか。俺の出る幕はないよ。ふっ」
蔦浜は目をつぶりながらキナの肩に手を置き自分に言い聞かせるかのように深く何度も頷いた。
「え……ちょっ」
カンナが何か言おうとすると、キナの表情がまた変わった。
「え、そうなのか?蔦浜……それは、残念だな……」
キナは蔦浜に同情しているようだが明らかに顔は嬉々としていた。
「お前、なんか、嬉しそうだな」
「ま、まあ、お前が悲しむ顔が見れて私は嬉しいよ!ははは」
キナと蔦浜は笑っていたが、カンナも斑鳩も御影も笑う事など出来なかった。
「蔦浜君、その、私、ちゃんと返事はしようと思ってるよ。忘れてない。うやむやにするつもりはないよ」
カンナが改まって言った。
「あ、ああ、気にすんなよ、カンナちゃん。俺はカンナちゃんの気持ち知ってるから」
蔦浜は辛そうな顔をするカンナに微笑み掛けてくれた。
カンナはとてもいたたまれない気持ちになっていた。
「話の途中で悪いが、状況を整理したい」
斑鳩が口を開いた時、医務室の扉が開いた。
「リリア!?」
突然医務室に入って来たのはリリアだった。とても深刻な顔をしている。
「1人か?」
「ええ。さっき学園の集会で話された事を伝えようと思って」
リリアは一度深く呼吸すると周りを見回した。
「あれ?体特の抱さん?」
流石に今までメンバーにいなかった存在がいれば疑問に思う。御影はキナがここにいる経緯を話した。リリアも納得したように頷いき、状況の説明を始めた。
「簡潔に言うと、学園は全生徒と7人の師範を反逆者捜索及び抹殺に投入したわ。集会に参加していないメンバーは全員反逆者と見なす。そして反逆者を見付けたら角笛で知らせろと言っていたわ」
「どっちみち、私も反逆者か……蔦浜!これで私達一蓮托生だな!ははは」
キナは蔦浜の肩をぽんぽんと叩き嬉しそうに笑った。蔦浜は呆れたように苦笑していた。
「さっきの角笛はそれか」
斑鳩が話を戻した。
「それじゃあ、さっきの角笛を聴いて学園の生徒達はみんな御影先生の部屋に集まるって事じゃないですか!大変!すぐに戻らなきゃ」
カンナが慌てて斑鳩の顔を見た。
「念の為、燈と詩歩がさっき角笛が聴こえた方とは別の場所で角笛を吹く手筈になってるわ」
リリアが言うと丁度学園の西の外れの森の方から角笛の音が聴こえた。
「流石だな、リリア」
「今御影先生の部屋にはまりかさんだけ?」
「いや、斉宮と篁がいる。さっきの角笛を吹いたのは剣特の逢山と扶桑だ。2人とも俺が倒したがすぐに他の生徒が来るかもしれない。下位序列の奴なら問題ないだろうが、美濃口さんと影清さんが来たら不味い。あの人達には俺達全員の力を合わせて闘わないと勝てないだろうからな」
斑鳩が言うとリリアが小さく手を挙げた。
「あ、あと、落ち着いて聞いてね。さっきの集会で序列1位の神髪瞬花も投入される事になったの。きっと既に私達を探してる」
リリアの言葉に一同戦慄した。
「序列1位……!?そんな……」
考えたくなかった。1度だけ氣を探った時にその氣を感じただけで猛烈な吐き気に襲われて死ぬかと思った程なのだ。そんな人間が自分達を殺す為に動き出した。
カンナの身体は震え、鳥肌が立った。誰も口を開けず、ただ立ち尽くしていた。
「と、とにかく、一度俺と澄川は御影先生の部屋に戻ろう。蔦浜と抱がここにいて御影先生を守ってくれるなら一先ず安心だ」
先に口を開いたのは斑鳩だった。すぐに切り替えて指示を出した。
「ちょっと待ってください。後醍院さんとも合流しないと!」
カンナが言うと御影も蔦浜もキナも渋い顔をした。
「いや、あの人と合流するのは難しいと思う」
蔦浜が言った。
「後醍院さんならさっきここに来たけど、すぐに千里を連れて行ったよ」
キナが言った。
「恐らく、茉里ちゃんは蔦浜君を矢で狙っていた千里ちゃんを引き離す為に一緒に連れて行ってくれたのよ。千里ちゃんをこちらに引き込むのは難しそうだったし。そして、茉里ちゃんは千里ちゃんを角笛の聴こえた私の部屋の方へは連れて行かないはず」
御影がキナの話に続けるように言った。
「弓特は美濃口さんを筆頭にかなり強固な団結を結んでいます。先程の集会で、もし弓特に反逆者がいたら美濃口さん自身の手でその反逆者を処断し、その後、美濃口さんの首を差し出すと宣言していました。もちろん、後醍院さんも聞いていました。それを聞いて、こちら側に来る事が出来るでしょうか?後醍院さんは美濃口さんを相当慕っていましたし」
リリアが俯いて言った。
「鏡子ちゃんを説得してこちら側に引き込めればいいのだけど……」
突然御影が思いもよらぬ事を口にした。
”説得”そんな事はきっと今まで誰も考えなかった事だろう。学園側の人間とは戦う以外ないと思っていた。しかし、良く考えれば目の前にいるキナも戦わずしてこちら側についたのではないか。
「そうか!そうだよ!説得しましょう!後醍院さんなら美濃口さんを説得出来るかもしれない!美濃口さんがこっちについてくれたらとても心強いですよ!」
しかし、カンナの言葉に皆浮かない顔をしていた。
「鏡子ちゃんを知っている人なら、あの子がそう簡単に説得出来ない子だって事は分かるのよ。あの子は規則を厳格に守る子なの。今迄も弓特の子達には徹底した信賞必罰をしてきたわ」
御影が言うと、カンナ以外の全員が頷いた。
「で、でも、やってみないと分からないじゃないですか!私が後醍院さんの所に行って2人で美濃口さんをこちら側に引き込んできます」
「説得出来る可能性があるとしたら、確かに後醍院とお前だけかもな。澄川。お前には何か不思議な魅力があるからな」
斑鳩が言うとカンナは顔を赤くして目を逸らし頭を掻いた。
「よし、仲間が多い事に越した事はない。澄川。お前は後醍院を探して美濃口さんを味方に引き込め。蔦浜、抱はここで御影先生の護衛。まだ反逆者として割れていない茜は火箸と祝と合流。3人で行動しろ。いいか、全員、相手が仕掛けてきたら死ぬ気で倒せ。ただし、殺してはならない。俺は一度御影先生の部屋に残してきた斉宮達の所へ戻る。あそこが今一番学園側に攻撃されやすい所だからな」
斑鳩の的確な指示に皆素直に頷いた。
「体特と剣特は殆どがこちら側だから、気を付けるべきは槍特と弓特だ。それと、援護が必要な時は全員この”爆玉”を地面に思い切り叩きつけろ。そいつは5キロ先まで聴こえる破裂音がする。投げる時は耳を塞げよ。その音を聴いたら俺が援護に向かう」
斑鳩は腰のポーチから人数分の爆玉を取り出し1人ずつ手渡した。
「学園側の人数が半分以下になったら全員で総帥の所へ乗り込むぞ!澄川。お前の美濃口さん説得が成功すればそれだけで学園側は半分以下になる。期待してるぞ」
「はい!!それじゃあすぐに行ってきます!」
斑鳩に肩を叩かれ、カンナは意気揚々と返事をした。
「気を付けてね、カンナちゃん」
蔦浜が言うとカンナは笑顔で頷き、部屋を出た。
「生徒達よりも、師範達の方が厄介よね。どうにか説得出来ればいいんだけど」
御影はそう呟くと窓の外を見た。
「剣特の袖岡、太刀川両師範には私から説得を試みます。駄目なら覚悟を決めて倒します」
リリアは腰の刀を握り締め、一礼すると部屋から出て行った。
「それじゃあ俺も行きます。蔦浜。抱。御影先生を頼むぞ」
「了解!斑鳩さんもお気を付けて」
蔦浜とキナに見送られ斑鳩も部屋を出た。
御影は窓から馬で掛け去る斑鳩の後ろ姿を見守った。
「生徒達が理想の為に全力で困難に立ち向かう……上手くいって欲しいわ」
御影が呟いたので蔦浜とキナは頷いた。




