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序列学園  作者: あくがりたる
神眼の女の章
86/138

第86話~学園の陰謀~

 叔父(おじ)

 そんな存在を今まで聞いたことがなかった。信じられない。しかし、先程の力はまさしく”氣”だった。

 獅攸(しゆう)は学園からカンナを連れ帰ると言った。


「どういう事ですか!?私、いきなりそんな事言われても困ります!私はこの学園で暮したい」


 カンナは今の気持ちを率直に言った。


「この学園の事を知らないだろ?この学園の目的が何なのか」


 獅攸はとんでもない事を言い出した。学園の陰謀を知っているのか?


「獅攸さん、あなた、何故そんな事……、あ、ちょ、ちょっと待ってください!一度御影(みかげ)先生の所へ行きましょう!そこでその話を聞かせてください!」


「御影先生?その人は信用出来るのか?あまり学園の人間に話していい話じゃないんだが」


「御影先生なら大丈夫です!」


 カンナは強引に獅攸の腕を引いて御影の部屋へ向かった。





 御影は部屋に1人でいた。

 カンナが獅攸を連れて部屋に入ると御影は驚いたような顔をしていた。


「カンナちゃん、そちらは?」


「私の叔父……らしいです」


 カンナの半信半疑な言い方に御影は怪訝そうな顔をして掛けていたメガネを外した。


「カンナちゃんの親族の方という事?それはおかしいわね。澄川(すみかわ)一門はその……全員抹殺されたはずよね?」


 御影は言葉を選びながらカンナに気を遣って言った。


「まさか、御影先生という方がこんなにお美しい方だったとは!私は澄川獅攸と言いまして澄川孝謙(こうけん)の弟に当たります。失礼ですが、ご結婚は?」


「ちょっとやめてください!いきなり失礼ですよ!!」


「だから、”失礼ですが”と言っただろ?」


 御影はクスリと笑った。


「独身よ。で、あなた今までどこにいたのよ?カンナちゃんを放ったらかしにして……まぁ、その前にカンナちゃんびしょ濡れじゃない。私のシャワー室使っていいから早く着替えなさい。風邪ひくわよ」


 御影の気配りに、カンナはびしょ濡れで気持ち悪かった服を脱ぎシャワーを浴びる事にした。


 シャワーを浴び終わり戻ると御影はカンナの前のテーブルに温かいココアを淹れて置いてくれた。

 獅攸はすでにコーヒーを飲んでおり御影と何か話していたようだ。

 カンナは獅攸の隣の椅子に座った。


「さ、それじゃあ獅攸さん。カンナちゃんを放ったらかしにしていた理由を話して貰おうかしら」


 御影が言うと獅攸はゆっくり口を開いた。


「俺はカンナを放ったらかしにしていたわけじゃない。兄貴が家族と共に殺されたと聞いたのが事件があった1年後。当時独り篝気功掌(かがりきこうしょう)を極める為旅に出ていた俺は我羅道邪(がらどうじゃ)という男について調べていた。そして焔安(えんあん)という街に寄った時、この学園の噂を聞いた。青幻(せいげん)に連れ去られた友を助ける為に澄川カンナが出動したとな」


「え?それじゃあ私がここにいるって知ったのは解寧(かいねい)の事件で学園から出たから?」


「そういう事になる。俺はそれまで兄貴達と共にお前も死んだものと思っていたからな。おそらくお前には俺しか身内はいないはずだ。あとの連中は兄貴と共に近所に住んでいたからな。俺もお前が生まれた頃位までは近所に住んでいたんだが、兄貴に修業が足りないと言われ家を追い出されたんだ。カンナがまだ1歳位の頃かな。皮肉な事にそれで我羅道邪の手から1人生き延びた」


 カンナは納得した。この人が言う事には信ぴょう性がある。何より氣が父のものと似ているのだ。


「そうだったんですね。会いに来てくれてありがとうございます。でも、私はこの学園から出て行くつもりはありません」


 カンナの言葉に御影は眉間に皺を寄せた。


「え!?どういう事!?まさか、獅攸さん、カンナちゃんを連れ帰りに来たの!?」


「ええ。そのつもりで来ました。この学園は危険だという事も我羅道邪の事を調べていたら分かりましたのでね」


 カンナと御影は身を乗り出した。


「どういう事だか、説明してください!」


 獅攸は出されていたコーヒーを口に運んだ。そしてゆっくりテーブルに戻すとまた静かに口を開いた。


「この学園の、いや、割天風(かつてんぷう)の目的。それは青幻の武術国家建国の手助けをする事」


 カンナと御影は驚きのあまり声も出なかった。だが獅攸はさらに続けた。


「しかしそれは、表の目的。真の目的は青幻が国家を建国すると同時に青幻の皇帝の座を割天風が奪い自分の国家にする事だ」


「そ、そんな、割天風先生が皇帝に!?国を持つ事が目的なの!?」


 カンナはとても信じられず狼狽えた。

 御影は神妙な顔をしている。


「御影先生は全くご存知なかったんですか?」


 獅攸が御影に尋ねた。


「知らないわ。私は栄枝(さかえだ)先生に雇われただけだから」


「ふむ。我羅道邪の事を探っていると(おの)ずと敵対したり、協力したりと関係が不安定な青幻に辿り着く。我羅道邪と学園は今のところ無関係だが青幻との癒着は確実だ。カンナ。何故お前がこの学園に入れたか考えた事があるか?」


 獅攸の問い掛けにカンナは首を横に振った。


「おそらく、お前の力、篝気功掌の力を国家建国に利用する為だ」


 カンナは絶句した。

 そんな、自分は初めから利用されていたというのか…


「つまり、カンナちゃんだけじゃなく、この学園にいる生徒達はみんな国家建国の為の駒ってこと?」


 御影が言った。


「そういう事だ。生徒達だけじゃない。おそらく師範達も利用されている人間がいるだろう。御影先生。あなたもその1人というわけだ」


 御影は目を伏せた。

 獅攸はさらに続けた。


「だからこの学園からカンナを連れ帰る事に決めたんだ。いくらこの学園での暮らしが気に入っているからと言って、そんな事実を知ってしまった以上放っとくわけにはいかない。可愛い姪っ子だからな」


 獅攸の言葉にカンナは俯いた。


「学園が青幻と繋がってたのは知ってました」


 カンナが口を開いた。


「でも、その目的が国家の建国、つまり青幻と同じだったなんて。私はガッカリしました」


「私もよ、カンナちゃん」


 御影が答えた。


「私をこの学園に受け入れてくれた割天風先生には心から感謝してます。でも、受け入れてくれた理由がそんな事に利用する為だったなんて、許せない!」


 カンナの言葉には力がこもっていた。怒り。一生懸命生きて武を磨こうとしている人達への冒涜。カンナの心には割天風への憎しみが沸沸と湧いてきていた。

 それを悟ったのか獅攸が声を掛けた。


「落ち着け、カンナ。”人を憎むな”。兄貴が良く言っていただろ。まあ、俺も割天風は憎い。俺の姪っ子を利用しようとしたんだからな。でもな、憎しみは破壊しか生まない。だったら、さっさとこんな箱庭から出て行くんだよ。もう関わる事はない」


「私だけ出て行ったらほかのみんなはどうなるの!?」


 カンナは急に立ち上がり大きな声を出した。

 獅攸も御影も驚いてカンナを見た。


「こんな事実を知って、みんなを置いて出て行くなんて出来るはずない。私は嫌です。ここから逃げ出すのなら、みんな一緒!そうでなければ私はこの学園と戦います!」


 カンナは本気だった。これまでのこの学園生活で確かに辛い目にも遭った。色々な人に憎まれ虐められ、最初は逃げ出すことも考えた。しかし逃げずに困難に立ち向かい続けたらいつの間にかたくさんの友達が出来ていた。その中にはカンナ自身を虐めていた生徒もいる。

 カンナと関わった人は皆友達になったのだ。その友達を見捨てて自分だけ逃げるなど死んでもしたくない。

 カンナの脳裏にはたくさんの学園の仲間達の顔が浮かんだ。

 共に苦難を乗り越えてきた”仲間”。カンナの胸にはその存在が強く刻まれていた。


「そうか。分かった。お前がそこまで言うのなら、強制はしない。だが、後悔はするなよ」


 獅攸はカンナの真剣な眼差しに、言葉に簡単に折れた。

 カンナは大きく頷いた。


「あーあ、俺はお前と暮らしたかったのになぁ!仕方ねぇ。もう遅いし、今日はここに泊めてくれ。いいだろ?御影先生」


「え?私の部屋に?」


 御影は獅攸のさり気ないセクハラ発言に一瞬躊躇(ためら)ったようだったが少し考えただけで許可を出した。


「いや!ダメです!御影先生に何かあったら……」


 カンナは男と女が一つ屋根の下で一晩過ごす事を警戒していた。


「大丈夫だよ、俺は紳士だぞ?じゃあカンナの部屋に泊めてくれ」


「それもダメ。私の部屋には光希(みつき)がいるんだもん」


「だから、私の部屋でいいわよ。緊急の患者さん用にベッドは余分にもう一つあるから。もちろん緊急の患者さんが来たら床で寝てもらうけど」


 御影は特に気にする様子もなく微笑んでいた。

 カンナは御影がいいのならと思い直したが、男と女という話で重大な事を思い出した。カンナは先程まりかに言われた斑鳩(いかるが)の一件を全て話した。会いに行きたい。自分の気持ちも正直に伝えた。

 すると先程まで微笑んでいた御影の目付きが変わった。


「駄目よ。残念だけど罠。考えてみなさい。あなた達を危険な目に遭わせないようにと単独行動していた斑鳩君が、捕まった後にカンナちゃんを地下牢なんかに呼び出すと思う?斑鳩君ならあなたの名前すら出さないわよ」


 カンナは御影の正論に肩を落とした。


「本当だったら、嬉しいわよね。分かるわよ。カンナちゃんの気持ち。だけどこれは罠。おそらく、斑鳩君がまだ何も吐かなかったから、カンナちゃんを呼び出して斑鳩君の目の前であなたを拷問するつもりね」


 御影の言葉に、カンナは一つの疑問が浮かんだ。


「あの、どうして畦地(あぜち)さんは私を(おび)き出そうとしたんでしょうか?」


 斑鳩が何も吐いていないのなら、カンナが斑鳩の事を好きな事も知らないはずだ。ましてや斑鳩がカンナの事を好きなわけではないのだから尚更おかしい。


「それは……分からないわ。ただ、まりかちゃんがカンナちゃんの事を観察していたのなら簡単に分かるわよ。まりかちゃんの”神眼(しんがん)”を使わずともカンナちゃんが斑鳩君の事が好きな事くらい誰にでも分かるもの。顔に出ちゃうタイプなのよ?あなた」


 カンナは冷や汗をかいた。つまり斑鳩の事が好きだという事は皆にバレていたというのか。


「そうなんですね……」


 カンナは恥ずかしさのあまり下を向いた。


「恋か!頑張れよ、カンナ。応援するぞ!」


 獅攸はカンナの肩を叩いて元気付けてくれた。しかし、今のカンナにはあまり嬉しくはなかった。


「ところで御影先生。神眼っていうのは神技(しんぎ)のなんかなんだろ?さっきの女の子の眼、明らかに異様だったからな。名前からして何でも見透かす眼って感じだが、その神眼でどうしてその捕まってる斑鳩君の心を読まないんだ?」


 獅攸は不意に疑問を吐き出した。確かに、言われてみればそうである。神眼があるなら斑鳩の心を読めばいくら黙り通していてもカンナ達の事が一発で分かるはずだ。


「おそらく、心は読めないわ」


 獅攸の疑問に御影は自信を持って答えた。


「何故ですか?御影先生」


「私の調査によると神眼は物理的な物しか見えていない。つまり、現に存在するものしか見る事が出来ない。心のように概念しかない物は見えないのよ」


「確かに、心が読めれば斑鳩さんを拘束して尋問する必要はないですもんね」


 御影は頷いた。獅攸も顎に手を当てて頷いている。


「だからカンナちゃん。まりかちゃんが神眼を持っているからと言って怖気ずいちゃ駄目。全てあの子の計算なのよ。じゃあ今どうするか。それはまりかちゃんを拘束して動きを封じる。その作戦を実行する事が先決よ。いいわね?」


「はい」


 御影の言葉に、カンナは素直にしっかりと返事をした。


「俺はそのまりかちゃんを無事とっ捕まえて、斑鳩君とカンナが結ばれる事を祈ってるよ」


 獅攸はそう言うとまたコーヒーを飲んだ。

 その横顔は、どことなく父の面影があった。

 相変わらず雨は降り続いている。





 まりかは澄川カンナの叔父と名乗る人物が学園に侵入した事を割天風に報告した。

 水溜りで転ばされたまま来たのでまりかの服は下着までびしょ濡れで気持ち悪かった。

 割天風は報告を聞くと珍しく立ち上がった。

 そして雨が降り続いている窓の外を見ながら呟いた。


「澄川孝謙の弟か……」


 割天風の声は重たくまりかの耳に届いた。


「まりかよ。その者が何しに来たのか言っていたか?」


「いえ、何も答えませんでした。それにとても私では歯が立ちませんでした。申し訳ございません」


 まりかは頭を下げた。屈辱である。たった一度の対峙で自ら負けを認めざるを得ないのだ。

 割天風はまりかの方を見ようともせずまた話し始めた。


「澄川孝謙の弟じゃぞ。篝気功掌もカンナよりも遥かに上手く使いこなすだろう。奴の氣は学園に侵入した時からここまで伝わってきておる。おそらくこの学園で奴に適うのは儂を除けば師範勢と瞬花(しゅんか)くらいじゃろうな」


「学園序列1位、神髪瞬花(かみがみしゅんか)ですか……」


 まりかはその名を聞くのは愚か口にするのも不快だった。


「厄介な奴が生きておったのぉ。上手くこちらに引き込みたいところじゃが、まず無理じゃろう。機を見て始末した方が良さそうじゃな。まりか、澄川孝謙の弟とカンナを外園伽灼(ほかぞのかや)に見張らせろ。学園を去るような素振りやおかしな動きを見せたらすぐに儂に知らせろ。瞬花に始末させる」


「え!?」


 まりかはすぐにでも序列1位を動かすという大事に思わず声に出して驚いてしまった。


「瞬花は青幻の幹部暗殺任務の為にいつでも動かせるように栄枝に言って体調も万全にさせておる。問題ない。青幻幹部暗殺の前の肩慣らしに丁度良かろう。まりか、お前は引き続き斑鳩から反逆者を聞き出せ。早急にじゃぞ」


「御意……」


 まりかは一礼すると割天風の執務室を出た。

 序列1位をこの学園内で動かすのか。まりかでさえ見たことすらない都市伝説級の人物。

 まりかは一人廊下に出ると壁を思いっきり蹴り飛ばした。その打音が誰もいない廊下に虚しく響いた。


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