第85話~雨の中の再会~
放課後になっても雨は降り続いていた。
カンナは1人今夜の食事の材料だけ買って帰路に着いていた。
光希はこんな雨の日でも全寮の厩舎を回って糞尿の処理をしている。きっと帰りは遅くなるだろう。光希が帰ってきたら美味しい夕食を用意しといてあげようとカンナは少し張り切っていた。
雨で視界が悪い。
カンナは水色の傘を差して所々水溜りになっている所を避けながら歩いていた。
すると背後に気配を感じた。
「カンナちゃん、1人?」
カンナが振り向くとそこには笑顔の畦地まりかが傘を差して立っていた。
カンナは無表情でまりかを見た。心の中では恐怖が渦巻いている。1人の時に会いたくない人物だった。
「畦地さん。何か用ですか?」
「ふふふ!見て見てカンナちゃん!この傘おニューなのよ!水玉、可愛いでしょ?確かカンナちゃんも水色好きだったわよね〜?」
まりかの意図が読めなかった。
「ええ。可愛いです」
カンナはまりかに対する嫌悪と疑心が払拭出来ないので笑顔など作る事は出来なかった。相変わらずの無表情で答えた。
「え〜?本当にそう思ってる〜?」
まりかはカンナの態度に少し怒ったように言った。
カンナは何も答えずまりかを見ていた。
すると、
「わっ!!!」
突然まりかは大きな声を出し右足で思いっきり地面を踏みカンナを威嚇した。
カンナは身体をビクッと震わせた。
「あはははは!!かーわーいーいー!そんなに怯えちゃって〜!!!ほんとにあなたってビビリよね、おもしろーい!」
極めて不快に感じた。まりかは腹を抱えて笑っている。何をしに来たのだろうか、この女は。
カンナが無視して立ち去ろうとまりかに背を向けた時思いもよらぬ言葉が聴こえた。
「斑鳩君がね、カンナちゃんに会いたって。会ってあげれば?」
カンナはまたまりかの方を見た。
「私に……会いたい?」
「そ!斑鳩君が捕まったのは知ってるでしょ?地下牢で1人寂しくしてるわよ?カンナちゃんが行って元気づけてあげたらきっと喜ぶわよ?あの人ずーっと澄川がどうのこうの話してるから、もしかしたらあなたの事好きなのかもね〜。まぁそうだとしたらあなたに会いたがってる理由も納得ね!羨ましいなぁ〜、あんなイケメン紳士に想いを寄せられるなんて〜」
カンナは頭の中が混乱していた。斑鳩がそんな事言うだろうか?でも本当だったら嬉しいし、行かなければ斑鳩の気持ちを蔑ろにする事になってしまう。しかし、御影には罠だから斑鳩のいる地下牢には近付くなと言われた。この目の前の女なら平気でそんな嘘はつくだろう。
カンナは俯いたまま考えた。
「私の言う事を信じられないのは別にいいけど、斑鳩君が可哀想よ。カンナちゃん、斑鳩君の事、どう思ってるの?」
まりかの声色が変わったのでカンナは顔を上げた。するとまりかの眼は不気味な紋様が浮かび上がり蒼く光っていた。
───神眼!?心を読まれている!?───
カンナはあまりの恐怖に腰を抜かし水溜まりの上に尻もちをついてしまった。
「え?なに?ダッサ。私まだ何もしてないじゃない?」
まりかに罵倒されたがカンナは恐怖でそれどころではなかった。
「あのさ、はっきり言うわね。あなたが斑鳩君の事が好きなのは知ってるわ。好きならさっさと会いに行きなさいよ。私なんかにビクビクしてる場合じゃないわよ?それとも何?まさか恋愛もした事ないの?もしかしてカンナちゃん処女??あー、だからもうどうしていいか分からないんだー!斑鳩君の事を想って毎日オナニーする事しかできないんだぁ~。はぁ、キモイ。キモイキモイキモイキモイキモイ!!キモイんだよ!!!」
まりかの暴言はエスカレートしてカンナに突き刺さった。
「だったら、私がどうしたらいいか教えてあげる。簡単よ!1人で助けに行くのよ。そしたらあなたと斑鳩君は結ばれます」
まりかの一方的な言葉責めにカンナは何も言えず呆然としていた。
「いいのかな?会いに行かないなら、私が代わりに慰めてきてあげてもいいのよ?」
その言葉でカンナの中の何かが切れた。
傘を投げ捨てまりかに殴りかかった。
だが、カンナの拳はまりかには届かなかった。まりかは腰の刀の柄に手を添えているだけだ。カンナの腕は誰かに掴まれている。笠を被った男。知らない男。
「やめなさい。この学園では序列仕合以外の交戦は禁じられていると聞いたぞ」
男は飄々とした態度で腕を掴んだままカンナに話しかけた。
「誰??」
知らない。学園の者ではない気がする。
「まぁ、覚えてないだろうな。久しぶりに会ったからな」
男は掴んでいたカンナの腕を離した。
「あの、どこかでお会いしましたか?」
カンナの問い掛けに男が口を開こうとした。
「おじさん、どちら様ですか?学園の関係者じゃなさそうですね?学園への不法侵入は学園の規則で罰しますよ?」
「あー、君ね、カンナを虐めないでくれないか?せっかく君は可愛いくてスタイルもいいんだからそんな事しない方がいいよ」
「なっ!?か、可愛い?スタイルいい?」
まりかの警告に動じる様子もなく男はカンナを庇いつつまりかを諭した。
まりかは嬉しそうに顔を赤らめていた。
しかしまりかもすぐに目付きを変え男を睨み付けた。
「お、煽てても無意味ですよ?さあ、あなたは誰?何しにこの学園へ?」
まりかが腰の刀の柄を握って男に訊いた。
「君がカンナに謝ったら教えてあげてもいいかな」
その言葉にまりかは傘を捨て、刀を2本とも抜き、男に斬りかかった。
「答えないなら敵と判断するわ!」
まりかの二振りの刃は男を捉える寸前で何かに阻まれたようにピタリと止まった。そして勢いよく後方に吹き飛ばされて水溜りに倒れた。男は指先一つ動かしていなかった。ただまりかを見ていただけだ。しかしカンナはそのまりかを吹き飛ばした力が何なのか分かった。
「さて、お嬢さん。カンナもびしょびしょ、君もびしょびしょ。これでおあいこだ。いいか、もう二度と、カンナにちょっかいだすんじゃないよ。さ、行くよ、カンナ」
そう言うと男はカンナに手を差し出した。
「いや、ちょっと待ってください。あなた誰なんですか!?助けてくれた事には感謝してますが、一切素性の分からないあなたについていけるはずないじゃないですか!?それにどこに行くって言うんですか!?」
カンナは男から1歩下がり冷静に反論した。
「割天風先生の所さ。俺はお前の保護者だからな」
「保護者!?私には家族や親戚はいません!!全員死にました!!そういう冗談を言って誘拐するつもりですか!?」
「いい子に育ったもんだ。知らない人には簡単について行かない。だけど、さっきヒントを見せただろ?」
男は落ちていたカンナの傘を拾いカンナに差し出した。カンナはそれを受け取った。
「氣……ですか?」
先程この男が使った力。紛れもない氣の力。だとすると、この男は……
「俺の名は澄川獅攸。澄川孝謙の弟。つまり、カンナ。お前の叔父さんだ」
「うそ……そんはず……そんな話聞いたことない!お父さんに弟がいたなんて……!!」
「信じるも信じないも勝手だが、事実だ。割天風先生の所へ行くぞ。カンナ」
カンナは頭を抱えた。混乱。死んだと思っていた身内。突然現れた叔父。何が真実なのか分からない。しかし先程の力はまさしく氣。まりかを氣だけで制圧する程の圧倒的力。
「カンナちゃんの叔父さん?本人も知らないみたいですけど?でしたら先に総帥の所へ報告させて頂きます。ああ、カンナちゃん。斑鳩君の事も忘れないでね」
まりかはびしょ濡れのまま傘を拾い校舎の方へ歩いて行ってしまった。
斑鳩の事。叔父の登場。カンナは首を振った。
「割天風先生の所へ何しに行くんですか?」
カンナの質問に獅攸は少し間を空けた。
そしてゆっくり口を開いた。
「俺は今日、お前を連れ戻しに来たんだ。帰るぞ。カンナ。学園にいてはいけない」
獅攸の言葉にカンナは言葉を失った。
雨はさらに激しくなっていた。




