第81話~決意~
帝都軍の騎馬隊500騎はあっという間に蔡王の歩兵部隊2千を打ち破った。
巨大な犀の上で指揮を取っていた哭陸沙我という男は帝都軍を率いてきた久壽居朱雀によって捕虜とされた。乗っていた犀も帝都軍の騎馬隊の前ではまったく被害を与えることも出来ずにあっけなく駆逐された。
つかさ、茉里、燈は帝都軍の介入によりどうにか危機を免れた。
完全に崩壊した慈縛殿の中でカンナ小隊と響音は久壽居に面会した。
カンナは光希を膝枕にして寝かせていた。まだ意識が戻らない。
その周りにつかさ、茉里、燈、響音も集まっていた。茉里の馬の鞍には滝夜叉丸が帝都軍を呼んでくる任務を終えて留まっていた。
辺りでは帝都軍の兵達が蔡王の兵の死体を集めて一気に焼き払っている。
「澄川、よく解寧を始末してくれたな。お前が軍にいたら勲章ものだ」
「いえ、私だけの力ではありません。ここにいるつかさ、後醍院さん、燈、響音さん、そして水音がいなければ解寧を倒せませんでした」
「みお?みおって周防水音か?あの悪女の?あいつは死んだだろ」
カンナは悪気はないだろうが平然と水音を侮辱した燈を睨み付けた。
「燈、水音を悪く言うのはやめて。信じて貰えないかもしれないけど、水音が光希の身体を乗っ取っていた解寧を追い出す手助けをしてくれたのよ。あれは間違いなく水音の氣だった。水音の声だった」
その場の全員がきょとんとした顔をしていた。
「ま、まぁ、何にしても解寧を倒せたことには変わりないよな。流石はカンナ隊長だぜ!」
燈はカンナの言うことをやはり信じていないようだった。
つかさも茉里も不思議そうな顔をしてカンナを見ていた。
「カンナ、あなた、不思議ちゃんキャラだったの?」
響音が笑いながら言った。
カンナはムスッとして響音の事も睨んだ。響音は可愛らしい八重歯を見せて微笑んだ。
「水音は私の中で生きています」
突然、カンナの膝で寝ていた光希が目を覚まし言った。
「光希!?目が覚めたのね!?大丈夫!?」
カンナは光希が起き上がるやいなや顔を覗き込んで様子を確認した。
「す、澄川さん……あの、助けてくれてありがとうございます……」
光希はカンナに目を合わせられず視線を逸らし頬を赤くしながら言った。
「いいのよ、そんなこと。水音に頼まれたんだから」
「え?水音が?……そっか。水音が」
光希は嬉しそうな表情をしていた。
「あ、澄川さん、あの、水音から伝えて欲しいってさっき頼まれたんですけど……」
カンナ以外のメンバーは”さっき”という言葉に引っかかったが、カンナは光希の目を見つめたまま頷いた。
「意地悪してごめんなさい。光希を助けてくれてありがとう」
光希は静かにカンナに伝えた。
カンナはその言葉を聞くと何故か固まってしまった。
「澄川さん。水音は本当は死ぬ前に謝りたかったんです。自分の口で。後悔してました。自分が澄川さんにしてきた事がどれほど澄川さんを傷つけたことか。その気持ちは私も同じです。ごめんなさい。澄川さん」
カンナは自分の口を抑えた。
「いいのよ、もう。それはあの時許した事なんだから」
カンナの声は震えていた。また涙がポロポロと零れていた。
光希の目からも涙が零れている。
「まーた泣くのかよカンナ隊長〜」
燈が茶化した。
するとつかさが棒で頭を、茉里が踵で脚を踏んで燈を黙らせた。
頭と足の甲を抑えて2人を睨む燈。
つかさが目で燈の視線を誘導する。
その視線の先にはカンナと光希の様子を見て涙ぐむ響音の姿があった。
「あ……多綺……」
燈も響音が涙ぐむ理由を思い出して口を噤んだ。かつてカンナを虐げた自分と光希が重なったのだろう。
「まぁ、なんだ、とにかく、全員無事で良かった」
久壽居が女の子達のしんみりした空気に耐え切れなくなったのか口を挟んだ。
「久壽居隊長、青幻の幹部と思われる遺体を4体回収しました」
「4体……」
久壽居の兵の報告に茉里が反応した。
「その中に、女性の遺体はありましたか?」
茉里が聞いた。
「ええ、山の中で1人だけ。馬だけがポツンと1頭置き去りにされていたので不審に思ったのです。短弓を握り締めて馬の横に倒れていました。首からは大量の血が流れていたのでおそらく失血死でしょう」
兵士が詳しく説明してくれた。
公孫莉。やはり死んだのか。
「そうですか。ありがとうございます」
茉里は兵士に礼を言うと複雑な表情をしていた。兵士はその様子に首を傾げながら自分の持ち場に戻っていった。
響音が涙を拭いながらカンナに近付いてきた。
カンナと光希は立ち上がった。
「ありがとう。あなた達のおかげで青幻の幹部を4人も始末出来たわ。あと青幻の幹部は孟秦と董韓世を入れて9人。あたしはまた青幻を追いかける」
響音はそれだけ言うとカンナ達に背を向けた。
「そんな、私達も一緒に闘います!1人じゃ危険です。いっそのこと学園に」
「学園には戻れない」
カンナの提案に響音は背を向けたまま即答した。
響音は一つ息をついた。
「学園にあたしの居場所はもうない。それに学園を去る時決めたのよ。黄龍心機を取り戻して月希に返すって。それが今のあたしの全てなの」
「もし、黄龍心機を取り戻したら……その後は……?」
カンナが聞いた。
他の全員が響音の返事を静かに待った。
「その時はまた考えるわ。カンナ、もうあなたの泣き顔は見たくないの。言ったでしょ?あなたは笑顔が素敵なのよ」
「響音さんも」
響音はにこりと八重歯を見せて微笑むと、その瞬間には消えてしまっていた。
「また会えるわよ。カンナ」
つかさがカンナの肩に手を置いた。
カンナは頷いた。
カンナ達はしばらく響音が走り去ったであろう方角をただ眺めていた。
「一つだけ……」
カンナが口を開いた。
つかさ、茉里、燈、光希、そして久壽居がカンナを見た。
「青幻は最後に”学園との友達ごっこもお終い”と言っていた。青幻が学園と繋がっていたってことだよね」
「あいつ、そんな事を……」
つかさが言うと皆黙った。
「私は学園に戻ったら割天風総帥にどういう事か聞いてくる」
「やめた方がいい。澄川。お前、死にたいのか?」
久壽居がカンナに釘を指した。
カンナは驚いた顔で久壽居を見た。
「どうしてですか!?久壽居さん!盗賊みたいな奴らと手を組んでるようなジジイだぞ!?」
カンナの疑問を燈が代弁してくれた。
「ではお前達は割天風総帥を倒せるのか?学園側の生徒が何人いると思う?もし序列1位から序列5位までの理事会メンバー全員が学園側の人間だとしたら、お前達はそいつらを倒せるのか?」
久壽居がカンナと燈を見て言った。
「倒すとか倒さないとかそういう話じゃ」
「そういう話だ。力こそが全て。文句があるなら力でねじ伏せろ!お前達にその覚悟があるのか?ならばやればいい。だが、俺はそれは勧めない。学園での思い出に浸りたければ悪い事は言わない。このまま学園には帰らず去れ」
燈の反論に久壽居は容赦なく答えた。
流石の燈も黙り込んでしまった。
「私は帰りますわよ。学園には鏡子さんもいらっしゃいますし、私は鏡子さんと戦いたくありませんもの。それに、学園が青幻と繋がっていたからといって私には関係のないお話。私はただ学園で平和に暮らしたいだけですので」
茉里は目を細めて冷たく言った。
「賢明だな」
久壽居は腕を組んで頷いた。
カンナが俯いているとつかさと光希が心配そうにこちらを見た。
「あたしだって、リリアさんや詩歩と今まで通り楽しく過ごしたい。あたし達が今まで通りにしてれば、今まで通りの生活が出来るんだろ?だったら……」
燈もついに折れた。
「私は嫌」
ずっと考えていたカンナがついに口を開いた。その目には迷いがない。
つかさも茉里も燈も光希も驚いてカンナを見た。
「仲間が、大切な人が殺されたんだよ!?舞冬さんも、水音も、月希さんだってそうでしょ!?全部青幻と繋がっていたから起きた事かもしれない!もう仲間を失うのは嫌なの!」
カンナは必死に自分の気持ちを訴えた。それを見てつかさが言った。
「大人しくしていればまたいつも通りの生活が出来るとしても?」
「全てが偽りで塗り固められた今の学園でいつも通りの生活なんて出来ないよ!!」
カンナの目は本気だった。闘志が宿り正義に満ち溢れていた。
つかさは目を閉じ、そして微笑んだ。
「分かった。私はカンナの味方だから。一緒に闘う。死ぬ時は一緒だよ」
つかさはウインクした。
「私も澄川さんに付いて行きます」
カンナの隣にいた光希も照れくさそうに言った。
「やれやれ、まったく、つかさのカンナへの愛は深いな~。下位序列の光希も闘うんじゃ、あたしが逃げるわけにはいかないな。あたしも力貸すよ。要は学園側の人間全員ぶっ倒せばいいんだろ?」
燈も頭を掻きながら言った。
「皆さん、学園を潰すつもりですか?……でも、ま、澄川さんがそう仰るなら私も力をお貸し致しますわ。私は澄川さんとも楽しい学園生活を送りたいですもの。鏡子さんは私が説得致します」
全員がカンナに従ってくれた。
「みんな……これは私の気持ちだけでやろうとする事だよ?それにみんなを巻き込んじゃうことになるんだよ?」
「何言ってるのよ?私達がカンナに従わなかったら、私達も学園側の人間と同じじゃない」
つかさが言った。
「いっそのこと、学園をあたし達の手で作り直そうぜ?こんないざこざがなければ、最高の学園なんだからさ!」
燈が白い歯を見せて微笑んだ。
「私にとって澄川さんは鏡子さんと同じくらい大切な人ですの。だから、一緒に戦わせてください」
茉里も微笑んだ。
光希は小さく頷いている。
「ありがとう、みんな」
「学園に反旗を翻すんだな。それもお前達の選択だ。死んで後悔するなよ」
久壽居が眉間に皺を寄せて言った。
「後悔なんてしません!」
カンナ達は頷いた。
久壽居は背を向けた。
「青幻は俺達帝都軍に任せろ。学園に手を出さないように釘付けにしといてやる。それから、響音の事も心配するな。あいつも無茶し過ぎないように見張っとく」
そう言うと久壽居は馬に跨り帝都軍500騎を指揮して山を下りた。カンナ達もそれに続いて青龍山脈を後にし学園への帰路についた。
学園で何が待っているのか。
本当に割天風と闘うことになるのか。
理事会も敵なのか。
斑鳩は無事なのか…
カンナはいくつもの不安を抱えたまま響華を駆けさせた。ただ、カンナの後ろにはツインテールの少女がぎゅっと抱きついており、その温もりを感じるだけでいくらか幸せだった。
カンナはしがみつく光希の方を見た。
「これからまた宜しくね、光希」
すると光希はカンナの目を見て頬を赤く染めた。
「はい。カンナ」
光希は水音への返事のように短く答えると、さり気なく”澄川さん”ではなく、”カンナ”と呼んでくれた。
カンナも顔を赤くしてまた前を向いた。
その様子を後ろを走る3人は笑顔で眺めていた。
馬蹄が響く。魔の地、青龍山脈。かくして壮絶な戦いは一旦幕を下ろしたのであった。
地獄怪僧の章~完~




