第80話~篝気功掌の奥義~
それは光希の声だったが喋っているのは光希でも解寧でもなく、水音だと分かった。それは紛れもなく、かつて学園で共に過ごし、闘い、死なせてしまった”友”の氣だったのだ。
光希の身体の解寧は相変わらず苦しそうな表情をしており身体中汗だくだった。
「水音?水音なの!?」
「そうよ、澄川さん。私よ。今から光希を助けられるかもしれない方法を言うから、良く聞いてください」
カンナの問いに答えた。やはり水音だったのだ。
何故水音が光希の中にいるのか。それは分からない。しかし今は水音の言う通りにするしかない。
「分かった!教えて!水音!」
「黙れ!小娘!大人しく死んでいろ!!」
突然光希の口からは暴言が吐かれた。また解寧に戻ったのか。
「す、澄川さん、私の意識が途切れて、解寧が表へ出た時に光希の身体に思いっ切り氣を打ち込んでください。そうすれば転生の術が解けて光希が身体に戻れるはず!今完全に解寧を消滅させるんです!」
水音の苦しそうな喋り方にカンナは今まさに、水音が解寧と闘っているのだと分かった。
”氣”
そうだ。氣の力なら相手の氣を追い出すことも出来る。つまり、解寧の氣だけを光希の身体から綺麗に追い出せば解寧を倒せる。
それが出来る技が1つだけある。
”篝気功掌・奥義・反芻涅槃掌”
父に教えてもらった最後の技。だがこの奥義はまだ完璧に習得していない。理論だけは分かっていた。そして膨大な氣が必要だった。故にカンナはその膨大な氣が補えない為に未だ使えたことがない。それに相手の氣の中心”氣門”という場所に打撃を放つ事が必要でその場所の感知は出来るが動く相手に狙って出来るようなものではない。
だが、今、”この場所”なら出来る。
「わかった!やってみる!」
氣の量は心配ない。この青龍山脈という地にいる限り足りないことはまずない。問題は氣門を正確に打つことだ。少しでもずれると効果はない。氣門を正確に打つ為には解寧を動けなくする必要がある。
カンナは解寧の様子を注意深く観察した。
今はまだ水音の意識が入っている。
ふと、目付きが変わった。氣も変わった。解寧が戻った。
カンナはそれを見逃さなかった。すぐにカンナは回し蹴りを放った。水音と入れ替わった瞬間の解寧は受け切れるはずもなくカンナの蹴りは側頭部に綺麗に入った。
「ごめんね、光希。今だけ我慢して」
蹴りを食らった光希の身体はその勢いでくるくると回転して倒れた。すかさずカンナは光希の上に馬乗りになり押さえ付ける。
「くっ……小娘……儂を追い出せば篁光希も死ぬぞ?奴はもう助からんぞ?」
解寧が必死に訴えた。
カンナは一瞬躊躇った。しかし、すぐに考え直した。
「どっちみち、あなたを倒さなければ光希はいないも同然。だからあなたには消えてもらいます!!」
「そうよ!澄川さん!こいつの言うことなんかに騙されちゃダメ!!早く氣を打って!!」
また解寧から水音に意識が変わった。
「黙れ!!おい!青幻の手下共!!澄川カンナを殺れ!!生け捕りなどと悠長な事を抜かしてられんぞ!!さっさとぶち殺せ!!」
解寧は冷静さを欠いていた。他人に頼るということはもはや自分の力ではどうすることも出来ないということだ。
孟秦と董韓世は解寧の言葉に反応し、こちらに向かって来た。
「待ちなさい!あんた達2人はあたしが相手してやるわ」
孟秦と董韓世の前に響音が立ち塞がった。そしてまたうじゃうじゃと槍兵達も集まってきた。
響音が腰を低くし刀を高く掲げた。
「下がれ、孟秦」
董韓世が孟秦に指示を出した。
「行くわよ。神歩・百連魁!!」
刀を持った響音はその場から消え、そして周りにいた槍兵の男達は瞬く間に身体から血を吹き出して倒れていく。
まさに鎌鼬でもいるかのようにその場所だけが次々に切り刻まれていく。
孟秦と董韓世はその攻撃範囲から上手く逃れ様子を見ている。
今しかない。
カンナは深呼吸した。右の掌に身体中の氣と青龍山脈の氣をありったけ集める。
「くっ!何をしている!!早くこいつを殺せ!!青幻ーーーー!!!!」
「今よ!澄川さん!!!!」
一瞬だけ水音の意識になり合図があった。水音はそれきり消えてしまいまた解寧の弱々しい意識に戻った。
「お父さん、今だけ力を貸して。大切な人を守る力を」
水音の解寧の首を締め上げる脚は解寧の爪が食い込んだ痕や太ももを噛みちぎられた痕などが痛々しく残って酷く流血しているが決して離さなかった。
そしてカンナの声が頭の中に聴こえた。
─────いくよ、水音─────
─────来て!澄川さん!─────
「篝気功掌・奥義・反芻涅槃掌!!!」
カンナの氣を凝縮した右手は光希の心臓の鼓動穴を打ち、氣の中心である氣門に放たれた。
「うぁぁああぁぁあぁあ!!!!!!」
解寧がこの世のものとは思えない叫び声を上げ悶絶し出した。
響音は攻撃をやめカンナの方を見た。
男達も解寧の叫び声と異様な氣の力を感じたのか攻撃をやめた。
「まさか……解寧老師!?」
青幻もそれに気付き外での戦闘をやめこちらに駆け寄って来た。
しかし、時すでに遅し。解寧は光希の身体から完全に抜け、安らかな顔をして目を閉じている光希の姿に戻っていた。
「光希!!光希!!しっかりして!!」
カンナの呼び掛けに反応しない。
「解寧老師の氣が消えた……董韓世、箱は!?」
青幻が黄龍心機を持ったまま何かを探し始めた。
董韓世が懐に持っていた黒い小さな箱を青幻に見せると少しずつ粒子状になり消失し始めた。
「失敗ですか……」
水音が締め上げていた解寧は突然絶叫し黒い光となって空高く消え去った。
水音はその場に崩れ落ちた。脚の怪我が酷すぎて立ち上がることが出来ない。
「水音!!」
光希が呼んだ。
水音は光希が捕まっている黒い大きな木の方を見た。その木も解寧と同じように黒い光となり上空に消え去り光希は解放された。
「転生の術が……解けた……よかった、光希。助かったのね」
水音のそばに光希が駆け寄り抱き起こした。
「水音!!大丈夫!?酷い怪我……すぐに手当を」
光希が言うと突然大きな地響きが聴こえた。そして辺りに地割れが走り、地面が花畑と共に崩れその残骸も空に吸い込まれ始めた。
「解寧が消えて、この真の慈縛殿も消え去ると言うわけね。今度こそ、本当に滅んだのよ、あの妖怪ジジイ」
水音は笑顔で光希に言った。しかし水音の手足もまた白く光っていた。
全てを悟った水音は涙を流している光希に微笑んだ。
「泣くんじゃないわよ、光希。もともと私は死んでいたんだから」
「水音……こんなにボロボロになるまで闘ってくれて……ありがとう」
「光希が私の中の復讐心を消してくれたからあいつを倒せたのよ。お礼を言うのはこっちの方」
「私も、私も一緒に……水音と一緒に行きます……」
「我が儘言うんじゃないの!あ、そうだ。現世に戻ったらお願いがあるって言ったわよね?聞いてくれる?」
光希は頷いた。
その間にも水音の身体は白い光となり消え続けた。
水音が光希の耳元で囁き終わった時、水音は完全に綺麗な白い光となって空高く消えていってしまった。
光希は崩壊する白い世界にただ1人、唇を噛み締め、涙を拭いながら真っ白な空を見上げていた。
青幻は董韓世の手から完全に箱が消え去ったのを見て愕然とした。
解寧が完全に消滅した。あの箱は解寧の魂の入れ物。
これでは死者の軍勢の復活が実現出来ない。
「よくも私の邪魔をしてくれましたね。どうなるか分かっていますね?澄川カンナ」
青幻は光希を抱いて座っているカンナの背後に立った。
しかしその間にはいつの間にか返り血を浴びて真っ赤になった響音が立ち塞がっていた。
「青幻。カンナだけは殺させないわよ」
睨み合う青幻と響音。
その時、外の様子が変わった。突然、大勢の悲鳴が聴こえるようになったのだ。
青幻が外を見ると鎧を身に纏った大勢の騎馬隊が一斉に突入して来て上半身裸の蔡王の部隊を蹴散らしていた。
帝都軍だ。
「青幻様!!」
孟秦が叫んだ。
「いずれこの借りは返しますよ。学園との友達ごっこもお終いです。蔡王にもきっちり落とし前は付けてもらわなければ。加勢に来なかった瀋王にもね」
そう言うと青幻は孟秦と董韓世を連れて隠してあった馬に飛び乗り走り去った。
カンナも響音も青幻を追おうとはしなかった。今は深追いは無用。響音は光希を抱いているカンナを抱き締めた。
カンナはずっと泣いていた。




