第79話~慈縛殿体術・奥義・邪光憎覇掌~
屈強な肉体を晒している男達は雄叫びを上げながら次々と慈縛殿の中に入って来た。その数およそ500。いや、まだまだ増え続けている。それに慈縛殿の外にも相当な数の人間が控えているようだ。
つかさ、燈、茉里はやむを得ずカンナの加勢を一旦諦めて襲い来る大勢の男達を倒していった。一人ひとりの力はまるで大したことはない。学園の下位序列の生徒の方が断然強い。しかし、倒しても倒しても減らない男達相手にいつまで体力がもつか。それが問題だった。
慈縛殿の外にはあの巨大な犀が1頭。その上に1人だけ男がいて指揮を取っているようだ。見るからに指揮官という容貌だが、明らかに今までこの男達の指揮を取っていた指揮官とは格が違うということは遠目からでも分かった。
つかさは群がる男達を騎乗したまま真っ赤な”豪天棒”でまとめて薙ぎ払っていった。
「こんな奴ら私の”破軍棒術”の恰好の餌食よ!」
つかさの豪天棒は男達をまるで埃でも払うかのように軽々と打ち払っていく。打たれた男達は二度と立ち上がることはなく皆即死していた。
「キリがねぇぞ! つかさ副隊長」
燈が戒紅灼を振り回しながら叫んだ。燈の前の男達は次々と両断されていた。
「矢が……」
茉里は何十人も的確に射殺していったが流石に持ってきた矢も尽きかけているようで馬の鞍に付いている矢筒の中もあと数本程しかないようだ。
「私達より茉里がやばいかも」
つかさはすかさず茉里の援護に馬を走らせた。
目の前にはおびただしい数の槍を持った男達が邪魔をする。
つかさは豪天棒を構えた。
「破軍棒術・一鬼闘穿!!」
つかさの掛け声と共に周りの男達は宙に舞い、さらに直線上の男達も次から次へと吹き飛んでいった。
「こ、これが、破軍棒術の真骨頂……」
茉里は息を飲んだ。
馬に乗ったつかさはいつの間にか茉里の隣に駆け付けていた。
「私の棒術だって、カンナや茉里に負けないくらい名のある武術なんだからね!」
つかさはニコリと微笑み茉里を見た。
しかし、また男達は群がりつかさと茉里を囲んでいた。
燈も戒紅灼を構えたまま馬の上で包囲され男達を睨み付けて動きを止めていた。
その時、近くで別の動きがあった。
青幻が男達を黄龍心機で斬り殺している。
「どういうことですかね? これは」
青幻は呟いた。
青幻を殺そうと男達が槍で突きかかっているように見える。
つかさは犀の上の指揮官を見た。
大声で何かを叫び指揮棒を振っている。
「青幻もろとも殺せーー!!!」
董韓世の渾身の拳をカンナは後ろも見ずにしゃがんで躱しそのまま顎を蹴り上げる。しかし董韓世はその蹴りを右手で掴み蹴りを放つ。カンナは掴まれた脚を軸に跳び蹴りを躱すともう片方の脚で董韓世の頭を蹴り飛ばした。董韓世は僅かによろめいただけだったが、カンナの脚を掴んでいた手が開いたので跳躍。董韓世の背後から頭に抱きつきそのまま両脚で首を締め上げた。
「このまま絞め殺されたくなかったら、光希を元に戻す方法を教えなさい!」
「お前の力如きで俺を絞め殺すだと? 自惚れるなよ?」
董韓世は確かに苦しんでいる様子はない。その時カンナの足首を凄まじい握力で掴まれた。
「さっさと降りろ。小娘が」
簡単に頭から振りほどかれ、まるでタオルでも振り回すかのようにカンナを振り回し壁に思いっきり叩き付けた。
カンナは床に崩れ落ち董韓世を睨み付けた。
「教えてくれないならもういいよ!」
カンナが立ち上がろうとした時、本殿の中に何人もの上半身裸の男達が槍を持ち突っ込んできた。
その槍の矛先は中にいたカンナや響音だけではなく、何故か董韓世や孟秦、解寧にまで向けられた。
カンナに向かってくる男達は腰から各々が大きな漁で使うような網を取り出しカンナに狙いを定めていた。
「この女と外の弓使いは捕まえろ! 後は皆殺しだ!!」
男達は叫んだ。
董韓世は襲い来る槍兵達を体術のみで次々に打ち倒していく。
響音と交戦中の孟秦も響音との戦闘をやめ槍兵を片付けていた。
「どういうことだ。これは。青幻様の命令に背くのか?」
董韓世が低い声で言った。
「蔡王様の命令に従っているのみよ! 青幻一派をこの機会に根絶やしにする!」
カンナは何がなんだか分からなかったが目の前の網を持った男達に意識をやった。
「邪魔するな! 今は手加減出来ないよ!」
カンナは両手を床に付け、氣を地面に流し込む。
「篝気功掌・地龍泉!!」
地を伝うカンナの氣は青龍山脈の特殊な氣の力と相まって間欠泉が吹き出るかのような勢いで地表に吹き出し男達を本殿の天井を突き破って空高く吹き飛ばした。
雑魚を一掃するにはこの技は持ってこいだ。ただ、この地龍泉という技は他の篝気功掌の技に比べるとまさに”氣”という力のみを使った技であり、下手をすると一気に体内の氣を使い果たしてしまうというリスクがある。
そもそも、篝気功掌は「篝一式」と「篝二式」という技が組み合わさった体術で、前者は己の肉体の技、つまり純粋な体術のみの技。後者は”氣”のみを操る技。両者を合わせたものを「篝気功掌」と呼ぶ。故に「地龍泉」は本来篝二式の技なのだ。
この青龍山脈で篝二式の技はあまり使わない方がいい。氣を必要以上に使ってしまい解寧や青幻を止められない可能性も充分ある。
宙に吹き飛んだ男達はばらばらと地面に落ちていった。
カンナの前方の男達はおよそ100人一気に片付き、目の前だけ人がいない。もちろん、本殿の壁や屋根も吹き飛んでしまい残骸だけになっていた。
「カンナ、あなた氣を使い過ぎたんじゃないの? 大丈夫?」
何人もの男達を斬り捨てた響音が心配して隣に来た。
響音と闘っていた孟秦は男達の相手で忙しそうだ。それは董韓世も同じで襲い来る男達を素手で打ち殺していた。
「私は大丈夫です。それより、解寧を止めないと」
カンナが解寧の方を見ると、先程より苦しそうな表情をしてまだ残っていた壁にもたれ掛かっていた。
「光希!?」
カンナはとっさにそう呼んでしまった。もしかしたら解寧の意識を光希が追い出そうとしているのかもしれない。
「響音さん、少しの間こいつらをお願いします! 私は光希を助けます!」
「は? カンナ、簡単に言ってくれるわね。それにあなた助ける方法が分かるの??」
響音は襲い来る男達を片手間に倒しながらカンナに言った。
「分からない。けど、今がチャンスな気がするんです」
カンナの曖昧な返事に響音は眉間に皺を寄せたが「分かった」と一言だけ言うとまた刀を振り始めた。
白い世界では打撃音のみが響いていた。
水音の連打はキレがあり解寧の攻撃を華麗に捌いていた。
こんなにも優勢に攻められるとは正直水音は思っていなかった。この目の前の解寧は水音と光希に体術を教えてくれた全盛期の解寧ではない。
水音は蹴りを解寧の首に入れて打ち倒した。
「随分弱くなりましたね。老師」
「流石に儂も年か。丁度いい。お前に慈縛殿体術の奥義を見せてやろう」
解寧は腰を深く落とし両腕を大きく開くと深呼吸をした。その様子は見ているだけで危機を感じた。
水音は解寧が攻撃を繰り出す前に止めなければと思い走り出した。
水音が解寧の顔面に拳を打ち込もうとした瞬間、解寧は拳を躱し水音の胸に掌打を放った。
「慈縛殿体術・奥義・邪光憎覇掌」
水音の身体には禍々しい黒い光が打ち込まれ、そして背中からその黒い光が爆発して拡散した。
「水音!!」
光希の声が聴こえた。
水音は掌打の衝撃で少し後ろに押し出されただけだが片膝を突き動きを止めた。
「見た目は盛大だが肉体的なダメージはあまりないはずだ。この技は相手の心に潜む”復讐心”を増幅させ爆発させる。復讐心が強ければ強いほど相手は大きなダメージを負うことになる」
水音はそのまま色鮮やかに咲いている花の上に前のめりに倒れた。
「そんな……水音!! やだよ!! 起きてーー!!」
光希の悲痛な叫びが響く。
解寧は倒れた水音に近付き前髪を掴み顔だけ引き起こした。
「お前の復讐心が深く大きなものだということは知っているぞ?
周防水音。お前は今の攻撃で肉体こそ無事だが精神は破壊されたも同然。もっとも、ここでの肉体はただの入れ物。いわばお前はもう完全に死んだと言うことだ」
解寧は虚ろな目の水音の顔を覗き込んでにやにやと笑っている。
「今現世では澄川カンナが儂の邪魔をしている。お前達の仲間だろ? 周防水音。お前と同じように壊してきてやるからそこで大人しく見ていろ」
「澄川さんが来ているの?」
「なんだ?」
澄川カンナという名前に水音の目は輝きを取り戻した。そして飛ぶように起き上がり、解寧の首を正面から両脚で三角締にして締め上げた。
「ぐっ……!? 何故動ける、貴様」
「復讐心なんてとうの昔に消えたわ。光希のお陰でね。そんな事も師匠のあなたは見抜けなかったのね?」
「くっ、この、小娘が!! 復讐心が完全に消えるなど、有り得ない!!」
解寧は水音を振りほどこうと水音の脚を引いたり叩いたりした。だがまったく外れない。
「澄川さんがここにいるってことは、光希を助けに来てくれたってことね」
すると、解寧の意識が一瞬水音の中に入ってきた。目の前には澄川カンナが見えた。
「澄川さん??」
水音はとっさに話しかけてしまった。
「水音?」




