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序列学園  作者: あくがりたる
地獄怪僧の章
75/138

第75話~元序列5位の実力~

 上半身裸の男達はおよそ100人。

 囲まれてしまった。

 夜の山中は松明(たいまつ)の灯りでとても明るく太鼓の音と男達の声が響いていた。

 男達の中から隊長らしき1人の男が前へ出てきた。


御堂筋弓術みどうすじきゅうじゅつの使い手は生かして連れて帰れと言われている。大人しく従えば痛い目には遭わずに済むぞ」


 男は弓を持った茉里(まつり)を指差して言った。


「あら?火箸(ひばし)さんはどうなりますの?」


 茉里は矢を(つが)えたままその男に訊いた。


「用のない者はあの男と同じく串刺しだ」


 そう言った男は魏宜(ぎぎ)の死体を指差してニヤついている。



 戒紅灼(かいこうしゃく)が見当たらない。

 燈は辺りを見回したが男達の足下に隠れてしまい見つけることが出来なかった。あの剣があれば100人くらいの敵瞬殺だ。


「お前らは青幻(せいげん)の部下じゃないのか?」


 燈は戒紅灼を目でちらちらと探しながら言った。


「違う。俺達は蔡王(さいおう)様の部下だ。決して青幻の部下ではない」


「蔡王?」


 燈は聞き慣れない名前に首を傾げた。茉里も知らないのか同じく首を傾げていた。


「知らないのか?無知な奴らだ。なら話しているだけ時間の無駄だ。とっとと弓使いを捕まえろ!そっちのチビはぶっ殺せ!」


 男達が槍を向けて突っ込んで来た。

 公孫莉(こうそんり)と魏宜との戦闘で茉里も燈も疲弊仕切っていた。

 茉里の太ももにはまだ短い矢が痛々しく突き刺さったままだった。

 疲弊し負傷している茉里と燈。方や万全の状態かつ地の利がある男達。

 太鼓の音。叫び声。

 そして大きな足音。


「うそだろ!?あの(さい)もまたいるのかよ!?」


 暗闇にぬっと大きな影が浮かび上がった。

 そして松明の灯りに照らされてその姿ははっきりと確認出来た。さっきと同じ4頭だ。


犀獄(さいごく)部隊は赤いチビを踏み殺せ!!」


 男の命令で4頭の犀部隊は燈を狙い進み始めた。


「援護しますわ!火箸さん!」


 茉里が叫び、燈に襲い掛かる犀に矢を向ける。しかし、それを阻止しようと槍を持った男達は茉里に襲い掛かってきた。


「邪魔しないで!!!」


 流石の茉里も犀ではなく襲い掛かる男達に矢を射ることしか出来ず苛立って声を荒らげた。

 突然、目の前に何かが通った気配がした。

 茉里がキョロキョロと辺りを見回すと男達は見事に喉をかき斬られ血を吹き上げてバタバタと倒れていった。

 他の男達はその様子を見て襲い掛かるのをやめ、その場に立ち止まった。

 茉里の肩を何かが叩いた。


後醍院茉里(ごだいいんまつり)。久しぶりだね」


 振り向くと見覚えのある顔。


響音(ことね)…さん!?」


「流石にあんなデカブツが暴れててこんなに明るかったら周りが暗くても居場所は分かるわ。良かった。まだ無事で」


 響音は優しい笑みを見せてくれた。茉里はこんなに優しい響音を学園で見たことがなかった。

 響音は犀に追われている燈を見た。


「燈か。相変わらずチビだなあいつ。茉里。あの犀の身体に縦一列に何本か深く矢を突き立てられる?」


「それは出来ますけど、それではあの犀さんを倒せませんよ?」


「だろうな。大丈夫。後はあたしがやる。ほら、これも手に入れたし」


 響音は左手で紅い剣を軽々と振り回していた。


「それは、戒紅灼!?」


「頼む、茉里」


 響音は戒紅灼を左手で構え、茉里に言った。

 茉里は1頭の犀に狙いを定めた。しかしそれを阻止しようと男達は槍を持って突っ込んで来た。

 だがまたしても男達は槍と共に首を斬られ血を吹き出しながら次々と倒れていった。


「茉里。こいつらはあたしが片付けておくから犀を頼む」


 茉里は頷き矢を5本射た。

 矢は綺麗に犀の胴体に上から5本列になって突き刺さったが全く動じた様子はなくそのまま燈を追いかけている。


「よし!こっちは大方片付いた!」


 響音は茉里が5本矢を射る間に100人はいた男達をほとんど斬り殺していた。

 そして響音は茉里の目の前から消えた。

 消えた響音を探したが見付けられなかった。

 すると矢が突立っている犀の上から男が1人叩き落とされていた。

 なるほど、茉里の射た矢を足場にして犀の背中に上り操っている男を倒したのか。

 そして響音はそのまま犀の頭で飛び上がり、落下の勢いを利用して戒紅灼を頭に深く突き刺した。

 酷く大きな叫び声を上げ犀は暴れだし前につんのめりながら地面に倒れた。

 響音は器用にその犀の頭をぴょんぴょんと飛び、近くの他の犀の背中に飛び移り2頭目、3頭目

 そして4頭目までも次々と撃沈させた。辺りは巨大な犀が倒れた衝撃で土煙に覆われた。

 腰を抜かして倒れていた燈の目の前に戒紅灼を持った響音が着地し余裕の表情を見せて微笑んだ。


「た、多綺(たき)!?お前、なんでここにいるんだ!?」


「相変わらず口の利き方が悪いわね、燈。ま、元序列5位ならこれくらい当然よ」


「相変わらずムカつくな、お前」


 響音は持っていた戒紅灼を何も言わずに燈に差し出した。


「あ、ありがと」


 燈は照れくさそうに戒紅灼を受け取り立ち上がった。

 まだ周りにちらほら残っていた男達は犀が全滅したのを見て恐れをなしたのかばらばらと逃げて行った。

 辺りは松明が火がついたまま大量に落ちていて明るかったが静寂に包まれていた。

 茉里は馬を曳いて燈と響音の傍に近付いてきた。馬の背には大きな鷹、滝夜叉丸が乗っている。

 響音は茉里と燈に自分がここに来た理由を説明し、カンナとつかさの生存も伝えた。


「良かった!澄川(すみかわ)さんも斉宮(いつき)さんもご無事なのですね!」


「あ、あたしはあいつらのこと信じてたからな」


「カンナ達と合流するのは夜が明けてからにしなさい。それと、茉里、滝夜叉丸は他へは飛ばさないでおきなさい。カンナ達が気が利くなら滝夜叉丸を朝一で呼ぶはずよ。そしたら滝夜叉丸の飛んでいく方へ行きなさい」


「了解致しました」


 響音の的確な指示に茉里は素直に返事をした。燈も頷いている。


「それと、茉里、燈。怪我を見せなさい。あたしが手当てしてあげるわ。あー、燈は服全部脱ぎなさいよ」


「はっ!?や、嫌だよ!こんな山ん中で全裸になれってか!?冗談じゃない!ってか多綺お前片手で手当てとか出来んのか??」


 燈は顔を赤くして響音の言葉に抗議した。


「火箸さん、歳上の方には敬意を払うものですわよ?それと、ここは響音さんのご好意に甘えさせて頂きましょう」


 茉里の冷静な態度に1人だけ騒いでいた燈も渋々服を脱ぎ始めた。


「安心しな。あたしは片腕になってもう長いんだから。簡単な治療くらいなら問題ない」


 響音はクールな表情で茉里と燈に微笑みかけ、太ももに装着してあった黒い小さなケースから応急処置に使う道具を片手で器用に取り出した。


「燈、まずは茉里から手当てするからまだ脱がなくていい。あと下は怪我してないなら脱ぐな。あたしも見たくない」


 響音の皮肉混じりの言葉に燈はさらに顔を真っ赤にし脱ぎかけたズボンを穿き直し座り込んだ。

 松明の火はほかに燃え移らずその場で3人を照らし続けた。





 真っ暗闇の中、遠くで時々地響きが聴こえた。獣の咆哮らしきものも聴こえた。

 孟秦(もうしん)という男が立ち去ってからどれ程の時が過ぎたのだろうか。

 光希(みつき)慈縛殿(じばくてん)の本殿の中の大きな柱に縛り付けられ身動きも取れずただ時間が流れるのを茫然と待っていた。口には舌を噛んで死ぬことを防ぐ為の布を噛まされているので不快だった。

 誰か助けに来てくれるのだろうか。そう考えた時、水音(みお)以外自分の事を気遣ってくれる存在が学園にはいない事に気が付いた。

 しかし、その水音も畦地(あぜち)まりかに殺された。たった1人の友達であり姉弟子であり家族だったのだ。その水音が死んだ。また1人になってしまった。生きている意味などない。

 光希には慈縛殿に連れてこられた意味が分かっていた。

 ”解寧(かいねい)の復活の為の生け贄。”

 水音と共に解寧の元で修行をしていた時に聞いたことがあった。慈縛殿体術を極めた者は死後も同じ慈縛殿体術を極めし者の生きた身体を依代(よりしろ)にする事でこの世に蘇る事が出来る。どのような理屈でそんな事が出来るのかは知らないが光希は都市伝説くらいに適当に聞いていた。

 それが本当の事だったのか。

 そんなものの為に自分は死ぬのか。

 死ぬならあんな化け物のような男の為に死にたくはない。水音と一緒に死んでしまいたかった。

 光希の目からは涙が溢れていた。


「……水音……」


 光希は静かな本殿の中で1人呟いた。

 その時、本殿の戸の前に3人の気配がした。

 そして戸が開いた。

 男が3人入って来た。

 1人は孟秦。あとの2人は見たこともない男だったが、恐らく異様な気配を放っている青髪の男が青幻だろう。


「こんなお嬢さんが慈縛殿体術をね」


 青髪の男は顎に手を添えて光希の顔をしげしげと覗き込んできた。


「青幻様、それでは準備を始めます」


 孟秦が言った。


「お願いします。孟秦、董韓世(とうかんせい)


 董韓世と呼ばれた男は箱のような物を持っており、それを光希の前に置いた。

 孟秦は筆のようなもので光希の周りの床になにかを書き始めた。

 青幻は優しい眼差しで光希を見つめてきた。

 窓の隙間から入ってくる月明かりが青幻の透き通るような白い肌を照らしていた。

 孟秦が何かを書き終わると青幻に目配せした。青幻が頷くと光希の目の前にあぐらをかいて座った。そして合掌し、ゆっくりと何かを唱え始めた。

 その呪文のようなものを聴き始めてから数分後、光希は突然意識を失った。






 ……あいつが来る……





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