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序列学園  作者: あくがりたる
響月の章
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第7話~異例な仕合~

カンナと響音の仕合の章です。お楽しみください。

 6月下旬。

 体術特待クラスの寮の生徒達はカンナを(さげす)むような目で見てきた。寮の廊下を歩いていると常にその視線を感じる。

 ただそれもいつもの事なので、カンナは気にしないように努め、急ぎ足で寮を出て来た。

 澄川(すみかわ)カンナと多綺響音(たきことね)序列仕合(じょれつじあい)は学園の生徒全員が知る事になった。仕合は7日後。完全に響音と敵対する事となったカンナは、今まで以上に疎外感を感じるようになっていた。


 序列仕合を行うときは必ず対戦者同士が学園総帥である割天風(かつてんぷう)に届け出ることになっていて、そこで同意書を書かされる。

 死の同意書だ。

 序列仕合はお互いが本気を出して闘う。そのため、怪我をする事は日常茶飯事で時には死亡する事も有り得る。序列仕合は2ヶ月に1回程の頻度で行われており、現在まで死者は出ていない。故に同意書はあくまでもこの仕合で相手を殺してしまったときの保険のようなものだ。

 ただ、今回ばかりは相手が相手だった。響音はカンナを殺そうとしている。無論、カンナは響音を殺すつもりはない。殺したいという気持ちになった事がないわけではないが、人を私情で殺してはならない。父がずっと言い続けていた事だった。


 カンナの父親は、政治家であり武道家だった。

 第三次大戦後の”銃火器等完全撤廃条約じゅうかきとうかんぜんてっぱいじょうやく”を世界各国が締結するように影で尽力したのがカンナの父、澄川孝謙(こうけん)であった。

 この条約の締結で、世界から銃や兵器といった大量殺戮を可能にするものは消え去った。しかし、裏では銃の密売が後を立たない。

 孝謙は篝気功掌(かがりきこうしょう)の師範でもあった。カンナも幼い頃に父に教わり篝気功掌を教わった。

 カンナにとって父は強くて優しい憧れの存在だった。

 そんな父は、条約締結に関わった事をある人物に知られ、暗殺されてしまった。

 父を殺した男の名は我羅道邪(がらどうじゃ)。武器商人である。我羅道邪は自らの部下50人に銃で武装させ、カンナが留守の時に父と母しかいない家を襲撃。父は母を護りながら闘ったが銃には適わず母と共に死んだ。カンナが家に戻った時、微かに息のあった父が耳元で囁いた。


「人を憎むなよ。お前に教えた技は復讐に使うものではない。大切なものを守る為にあるのだぞ」


 カンナは技を使う度に思い出した。父のあの言葉を。しかし、「大切なもの」というものが何なのか未だに分からなかった。カンナにとって大切なものとは父であり、母でありそれが全てだった。もう守る事なんて出来ない。それに我羅道邪を憎まないことなど出来る筈がなかった。


 響音も自分にそのような感情を抱いているのだろうか。

 カンナはいつもの岩壁での()を練る修行に向かう途中でそんな事を考えていた。

 氣が1つ。近付いてくる。

 学園序列10位・剣術特待クラスの(あかね)リリアだ。


「カンナ!やっと見つけた!あなた響音さんに仕合申し込んだって本当なの?」


 リリアは立派な白馬で駆けて来てカンナの前で止まった。相変わらずポニーテールの長い青い髪が美しく風に(なび)いている。薄い水色のワンピースに黒の革ジャン。腰と背中にはいつも1本ずつ刀を装備している。


「はい、正当な仕合です。問題ないです」


 カンナが無表情で言うとリリアは馬から降りてカンナの両肩に手を置き、説得するように話し始めた。


「あなたは序列11位なのよ!? 序列8位の響音さんに挑むんて無茶よ! それに今のあの人はあなたに怪我させるだけじゃ済まないわよ?」


 リリアの目は必死だった。どうにかして仕合を止めさせようと馬で駆けてきたのだろう。


「これは私の闘いなんです。私が多綺さんを仕合という正当な形式で打ち負かさないと嫌がらせは終わらないんです」


 リリアは嫌がらせという言葉を聞いて目線を下にした。


「私が……私が響音さんを止められればいいのだけれど、あの人は下位序列の人間の言うことなんか絶対に聞かない。それこそ私が響音さんに仕合で勝って上にならなくてはならない……でも、私じゃ勝てないのよ、あの人には……ごめんね、カンナ。何もしてあげられなくて」


「なんでリリアさんが謝るんですか? リリアさんは何も悪くない!」


「カンナ。この仕合は異例なのよ? 普通は自分より序列が1個だけ上の人に仕合を申し込むの。それをあなたは3つも上の相手に……そんなのまりかさんが響音さんの序列を奪った時の仕合くらいよ? ほかに例がないわ。お願いだから、仕合、やめて」


 リリアの額に一粒の汗が光った。

 カンナは首を振る。


「例えそうだとしても、私はあの人を倒す。そうでもしないと、この学園生活がただの地獄になってしまう」


「この学園から逃げてしまえば……こんなに辛い事はないのよ?」


「それは……どうでしょうか?」


 リリアの話にカンナは切なげな目をして言う。


「つい最近まで私は1人で大陸側の街を旅して来ました。お世辞にも良い暮らしとは言えない街ばかりでした。ほとんどの街で人々は働き口がなく、お金も稼げない。自給自足をしようとしても盗賊が蔓延り米や野菜は奪われてしまう。本当にお金を作りたければ男は帝都軍に入隊し、女は身体を売る。或いは子供を産み、その子供を奴隷小屋に売り捌く……私のような身寄りのないただの女は外の世界の方が地獄でした。でも、父が教えてくれた篝氣功掌のお陰で私は今まで何とか生きてこれた」


「……カンナ」


 リリアは悲壮に満ちた顔でカンナに言葉も掛けられずただ真剣に話を聴いている。


「この学園は篝氣功掌の修行をするには絶好の場所。私は父から受け継いだ篝氣功掌を世界に広める為、まずはここで自分を磨きたい。だから、私はこの学園で辛い事があるならそれを取り除けるよう努力する。絶対に、逃げたりしません」


 リリアは今にも泣きそうな顔をしてカンナを見つめていた。何か言おうとしていたが首を振ってくるりと後ろを向いてしまった。


「カンナ。あなたの覚悟は分かったわ。でも、これだけは守ってね」


 後ろを向いたまリリアは言う。


「絶対に、死なないで」


「死にませんよ」


 小さく呟いた言葉を聞いて、リリアはまた馬に乗り、馬腹を蹴り駆けていった。もうこちらを振り向かなかった。


 死なない。とは言ったものの、響音がどのように闘うのかは知らなかった。分かることといったら、刀を使う事、特殊な歩行術により学園最速という事、そして自らが感じることが出来る禍々しい強大な氣を持っている事くらいだった。

 響音に限らず、同じクラスの生徒以外の闘い方など、親友の斉宮(いつき)つかさの棒術くらいしか知らなかった。

 やるからには勝たなければならない。この仕合はカンナにとって復讐ではない。自分の居場所を守る為(・・・)の戦い。だから技を使ってもいい。そう自分に言い聞かせた。

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