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序列学園  作者: あくがりたる
虎狼の章
61/138

第61話~斑鳩始動~

 斑鳩(いかるが)と別れてカンナは1人になった自室に戻って来た。水音(みお)光希(みつき)もいない時はよくあったが、今回ばかりはいつも以上に寂しさを感じた。

 水音はもう二度と戻らない。遺品の片付けをしなければならない。それは同室であるカンナの仕事だ。

 しかし、カンナはそれをやる気が起きなかった。片付けてしまったら水音の匂いも思い出も感じられなくなってしまいそうで怖かった。しばらくはこのままでいい。


 カンナは自分の布団をいつもの部屋の端っこに敷いてそこに仰向けに倒れ込んだ。


「1人……か」


 カンナは天井を見上げながら1人きりの部屋で呟いた。

 カンナは髪を結っているリボンを片手で外した。大切な青いリボン。水音の傷口を抑えた時に血で真っ赤に染まっていたがずっと持っていたら傷の手当をしてくれた御影(みかげ)に捨てなさいと言われた。カンナが断ると御影はその場で自ら血塗(ちまみ)れのリボンを洗ってくれた。きっと特殊な薬品か何かを使ってくれたのだろう。血は綺麗に落とされ元の綺麗な青に戻った。

 カンナはそのリボンをまだ大切に持っている。母の形見であり、水音との最期の繋がりでもあった。

 カンナはリボンを握ったまま胸の上にその拳を置いた。


 部屋は静寂に包まれていた。

 微かに外の虫たちの()が聴こえるだけだ。

 心が痛い。身体が疼く。

 斑鳩。その男の事を忘れられなくなっていた。初めはそんな気持ちはなかった。かっこいい顔だとは思った。優しい人だとも思った。それだけだった。しかし意識してしまったら止められなくなっていた。

 水音も光希も斑鳩が好きだった。水音は自分の気持ちを殺してまで光希と斑鳩を結ばせようとした。

 カンナも斑鳩が好きになってしまった。これが恋というなら生まれて初めての経験だ。

 その斑鳩は別の人を好きだと言った。

 それはカンナも仲の良い女。柊舞冬(ひいらぎまふゆ)。それを聞いた時、カンナは悔しい気持ちに襲われた。これが嫉妬ならそれもまた生まれて初めての経験だ。ただカンナは舞冬なら仕方ないと思うことにした。カンナも大好きな人だ。斑鳩と舞冬。2人はお似合いだと思った。これが失恋なら生まれて初めての経験だ。

 しかしカンナは恐ろしい事を一瞬考えた。


 ────舞冬はもういない────


 考えたくなかった。舞冬がいなくなったことをいいことに斑鳩を自分のものにしようという考えを思いつくこと自体カンナは最低だと思った。


「ダメだよ。私って……最低」


 カンナは寝返りを打った。

 最低な考えは考えだけに留めて忘れることにした。そのうち忘れるだろう。

 しかし、斑鳩の温もり、優しさは忘れられなかった。

 抱き締められた夜。お姫様抱っこされたこと。頭を優しく撫でられたこと。考えただけで心臓が速くなって爆発してしまいそうだった。そして、身体が熱い。

 カンナは深く息を吐いた。


「あぁ……もう……何なのよ」


 寝てしまえば落ち着くだろうか。

 カンナは布団を被って無理矢理眠ることにした。

 頭の中に去来する斑鳩の温もり。

 カンナは太股を擦り合わせた。いつの間にか右手は下着の中に潜り込んでいた。無意識に指が快楽へ逃げようと動き、悶々とする気持ちを圧倒的な快楽により必死に消し去ろうとした。それは辛い気持ちを全て忘れさせてくれる魔法のような不思議な感覚。

 快感と共に襲い来る睡魔に負け、いつの間にかカンナは深い眠りに落ちていた。



****



 斑鳩は学園の女子生徒からよく声を掛けられた。それは単なる憧れの時もあれば真剣に交際を求めてくるものもあった。

 自分の顔が整っているからとか強いとか優しいとか誠実とかそんな事を良く理由として言われた。

 しかし、斑鳩はそんな事に興味はなかった。斑鳩の中にあるものはこの学園で強さを手に入れたい。それだけだった。

 その為に久壽居(くすい)と良く共に修行をしたり重黒木(じゅうくろき)に稽古を付けてもらったりと体術の修行にとことん打ち込んできた。

 斑鳩が強さを求める理由。それは簡単だった。


 『復讐』である。


 この世界では珍しくない、斑鳩も家族、親族を殺戮された人間の1人だ。殺された理由は特になかった。理不尽な殺戮だった。

 だから殺す。やられたらやり返す。それが今の世界だ。

 犯人は分かっていた。我羅道邪(がらどうじゃ)の一味だ。

 我羅道邪は武器商人だ。その一味は全員条約で禁止されている銃火器で武装している。現在は我羅道邪率いる武装組織と青幻(せいげん)率いる武術集団の二大勢力が大陸側で抗争を繰り広げている。

 斑鳩の目的は我羅道邪を消すこと。たったそれだけだ。青幻には興味がなかった。我羅道邪は銃を使う。だから斑鳩は銃を使わずに銃弾を放つかのような攻撃を繰り出せる『闘玉(とうぎょく)』という戦闘法を身に付けた。

 1人我羅道邪を探しながら日々闘玉を鍛え旅をした。

 そして気が付けばこの学園にいてあっという間に序列7位になったのだ。

 だから女子生徒にモテる事にも特に興味はなかった。嬉しくないわけではなかった。周防水音(すおうみお)篁光希(たかむらみつき)の好意も知っていたがあくまでも同じクラスの仲間として接した。

 嫌いなわけではない。ただ恋人など要らないだけだ。

 そんな時、柊舞冬に出会った。舞冬は誰とでも平等に仲良くなろうと声を掛ける人間だった。斑鳩に対しても男として特別意識する様子もなく純粋に格上の武人として接してきた。

 それはこの学園に来て初めてだった。

 嬉しい事だった。

 それから舞冬だけ意識して見るようになった。

 舞冬は当時序列8位だった多綺響音(たきことね)に序列仕合を挑み続けていた。

 斑鳩は何度も負けてはまた響音に挑んでいく舞冬に尋ねた。


「お前、もう50回も負けてるんだろ?どうしてそこまで勝ちたいんだ?」


「おやおや斑鳩さん。あなたもまだまだだですね!私がこの学園にいるのはただ生きる為だけじゃないんですよ! ここには強い人がいっぱいいるでしょ? それはチャンスだと思うんですよね! 私が目指すのは真の武人! いずれは序列1位になるのが目標なんです! 1位になったらこの学園から卒業して大陸側で暮らすんです!」


「お前は……前向きなんだな。(ひいらぎ)


「斑鳩さんだっていつも一生懸命修行してるじゃないですか! それと同じですよ!」


「お前は何故強くなりたいんだ?」


「大切な人を守る為ですよ!」


 その言葉を聞いた時、舞冬は自分とはまったく別の人間だと思った。自分に無いものを持っている。この学園の生徒のほとんどは自分と同じ『復讐心』を持っている。でも舞冬は違った。清々しかった。とても輝いて見えた。

 そんな舞冬に斑鳩は惹かれていった。


────だが柊舞冬は殺された────


 その真相だけは突き止めてやる。



 斑鳩は昨日澄川カンナと別れてから一睡もせず朝を迎えた。

 計画は始まっている。

 斑鳩は朝陽に照らされ1人人気(ひとけ)のない森の小径(こみち)に入った。

 いつも通り3人の監視の気配はある。

 斑鳩は革の手袋をし、黒いコートを来て腰には闘玉の入ったポーチを何個も装着している。


「いい加減ウンザリだ。監視の3人。出て来い。さもなければ撃ち殺す」


 3人の位置は気配で分かる。

 しかし動きも反応もない。


「仕方ないな」


 斑鳩は右手を腰のポーチに入れ1つのパチンコ玉くらいの大きさの闘玉を取り出した。

 一瞬だった。

 斑鳩が闘玉を投げた動作はほぼ視認出来ないもので、ポーチから闘玉を取り出したと同時に後方の木の上に潜んでいた監視1人を打ち落とした。

 その瞬間ほかの2人の監視が動いた。

 斑鳩の前方と後方にいきなり男が現れ飛び掛ってきた。


「貴様ぁぁ!!」


 2人の男は叫びながら短刀を抜き斬り掛かってきた。

 斑鳩は瞬時に闘玉を両手で1つずつ取り出すと2人の武器を持った手を撃ち抜いた。


「ぐあっ!」


 2人の男は同時に短刀を落とし闘玉で撃たれた腕を抑えた。

 その動作の隙をつき、斑鳩は2人にもう1発ずつ闘玉を撃ち込んだ。





 そこには3人の男が倒れていた。

 2人は心臓を貫かれ、一目で即死と分かるような大量の血溜まりが出来ていた。

 最初に撃ち落とした男は敢えて殺さないように腰の骨を砕いた。その男は逃げることも出来ずただ苦悶の表情を浮かべ地面に這いつくばっていた。


「やはり気付いていたか」


 斑鳩が男に近付くと話し掛けてきた。


「お前達は何者だ」


 斑鳩は無表情で這いつくばる男の目の前で片膝を付いた。


「殺せ」


 男は答える気はないようで地面に転落した時に吹き飛んで近くに落ちていた自分の短刀に必死に手を伸ばしていた。


「学園の者か? 青幻の者か? 答えたら殺してやる」


「冗談じゃねぇ。お前みたいな若造に手も足も出ないとは……俺は何も答えねぇぞ。殺さないなら舌を噛み切って死ぬ!」


 斑鳩は男の顔面に蹴りを入れそれから髪の毛を引っ張って引きずり起こした。


「よし、それなら予定通りお前には地獄を味わってもらう」


 斑鳩は男の鳩尾に拳を打ち込み気を失わせ、肩に担ぎ上げ海の方へと歩いて行った。




****



「総帥。今朝学園内の森の小径で2人の遺体が発見されました。心臓を銃弾のようなもので撃ち抜かれた傷がありました。しかし火薬の臭いはありません。おそらく殺ったのは」


「皆まで言わなくても分かる」


 まりかの報告に割天風(かつてんぷう)は珍しく言葉を挟んだ。


「まりか、斑鳩を探し出し拘束せよ」


「畏まりました」


 まりかは飛び切りの笑顔で一礼すると割天風の執務室を出た。


「斑鳩君、ありがとう。ついにあなたを正当に苛められるわね」


 まりかは不気味に笑い声を上げながら廊下を歩いて行った。





 斑鳩の起こした事件を境に、学園内の均衡は音を立てて崩れ始めたのだった。



 


 虎狼の章~完~

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