第58話~水音と光希~
水音と光希は同時に動いた。
この洗練された動き。体術使いのカンナから見てもその才能を認めざるを得なかった。
水音と光希の蹴りの嵐。受けては駄目だ。特に光希の蹴りはこれ以上受けたら身体が壊れる。
カンナは光希の蹴りは躱し、水音の蹴りは往なしていった。
それを瞬時にやるのだからこちらが攻撃する暇はない。
氣を使っていない為、持久力ももう尽きかけていた。
「篝気功掌・連環乱打」さえ使えれば氣が尽きない限りこの2人の攻撃を捌き続けることが出来る。
しかし、氣は使わない────
カンナはそう決めていた。
氣を「卑怯な手段」だと思っている2人の心を動かすには氣を使わずに倒すことが必要なのだ。
まずはどちらか1人を倒してしまう。
そうしないとこちらの体力が尽きてしまう。
カンナは光希の蹴りが飛んでくる瞬間、両脚で蹴りを放った右脚を抱き抱えるように受け止め、身体を回転させながら光希を地面に倒し抱えた右脚を思いっきり膝十字の形で締め上げた。
「うあぁぁぁぁぁああ!!!」
光希の叫び声が響いた。
「光希!?」
水音は光希が倒されるのを見てすぐにカンナに蹴りかかってきた。
カンナは光希の脚を潔く放し水音の蹴りを躱した。
「光希、大丈夫!?」
「大丈夫です、このくらい……」
水音が心配して光希に駆け寄り手を貸した。光希は強がっているがあの右脚はしばらくまともな蹴りは打てない。
まずは光希を片付ける。
光希が右脚を庇いながらゆっくりと立ち上がった。
「クソ女……!!」
光希が睨み付けながら呟いた。
その時、気配が1つ現れたのを感じ、カンナはその気配の方を見た。水音も光希も同じ方を見た。
「水音! 光希! お前らやめろ!! こんなことして……自首しろよ!」
森の入り口にいつの間にか蔦浜が立っていて2人を諭した。
「本来なら捕虜殺しは死罪だけど、幸いこの学園は国の法が適用されない治外法権がある。罪を認めて反省すれば死罪は免れることが出来る!」
確かに総帥である割天風の計らいでこの学園の生徒は学園の規則によって裁かれることになる。学園での捕虜殺しの罪は禁固刑。死だけは免れることが出来る。
光希は右脚をさすりながらもう蔦浜を見ていなかった。
水音は腰に手を当てて蔦浜を睨んだ。
「あーそう。蔦浜さんも知ってるのね。蔦浜さん、あなたはこの女の味方なのよね? でも手を出したら殺すわよ? あなた私より弱いでしょ?」
「何だと水音!!」
蔦浜は水音の言葉に声を荒らげた。
「蔦浜君。もう決めたの。私が2人を倒して学園に連れて行く。手は出さないで」
カンナは蔦浜を見て言った。
「そうしてあげたいけど……カンナちゃん、ボロボロじゃないかよ。悪いけど、このままだと勝てるとは思えない」
「勝つよ!!」
蔦浜の言葉にカンナは間を置かずに答えた。
「私は勝つよ! 絶対に!」
蔦浜はカンナの覚悟を決めたその目を見て静かに微笑んだ。
「ったく、そうだな。それでこそ、カンナちゃんだな。でも本当にやばくなった時は手を出すからな」
「わかったよ」
カンナは深呼吸してまた構えた。
「馬鹿な女。ま、私は蔦浜さんとは闘う理由はないからそれでいいですけど。ねー、光希」
「はい」
返事をした刹那。光希はカンナに向かって走り、同時に水音もカンナに向かって走ってきた。
カンナを挟み込む形。
僅かに光希が右脚の痛みで動きが鈍った。
────ここだ!────
カンナは光希の方へ駆けた。光希が左脚で蹴りを放つ。カンナも左脚でその蹴りを受ける。やはりこれまでの脚力はない。
水音がカンナの背後から正拳を打った。しかしカンナは光希の懐に入り姿勢を低くして拳を躱し、そのまま右脚を大きく蠍の尾のようにしならせ蹴りを放った。
「篝一式・蠍誅脚!!」
渇いた音が辺りに響いた。
光希の顔面にカンナの蹴りが炸裂。
光希は鼻と口から血を流し、よろよろと後ろへ下がったと思うと膝を付き地面に倒れた。
「光希いぃぃぃぃぃぃ!!!??」
一度カンナから離れた水音は光希が倒れたのを見て絶叫した。
カンナは静かに立ち上がり水音の方を見た。
「絶対許さない!! お前!! よくも光希を!!!」
水音は怒り狂っていた。
その様子をカンナは冷静に見た。
「あとはあなただけだね。水音」
カンナは精神を研ぎ澄ませた。
風の音が微かに聴こえる。虫の音が聴こえる。波の音が聴こえる。水音の呼吸が聴こえる。重黒木との稽古の時に感じた感覚だ。
水音が姿勢を低くして走って来た。
カンナも水音に向かって走った。
水音の右の正拳。読めた。カンナはその腕ともう一方の腕を掴み両脚で跳んだ。
「篝一式・放弦脚!!」
その勢いで水音の顎を両脚で蹴り上げた。
水音は上に持ち上げられるように吹き飛びそのまま地面に落ちて倒れた。
勝った。
カンナは息を吐いた。
だが、1つだけ、カンナは読み誤った。
カンナは水音をこの一撃で倒したと思い込んでいた。
しかし、カンナが水音を蹴り上げて地面に着地した時、水音はすぐに立ち上がり殴り掛かってきたのだ。
油断した。
最後の最後で。
躱せない。
カンナは水音の正拳を頬に食らった。
「殺す!! 殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
水音は口から血を流しながら、狂ったように殴りまくってきた。
どうしてここまでするのだろう。
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7年前。
周防水音は両親を盗賊に殺されていた。この世界に何処にでもいるごく一般的な孤児だった。兄弟もおらず親戚の所在は不明。水音は若干12歳にして天涯孤独の身になったのだ。
水音は生きる為になんでもやった。
街では食べる為によく盗みをやった。初めのうちは何故か上手くいっていた。しかし次第に水音が盗っ人だと噂が広まり、すぐに店主に捕まって身体中を棒で叩かれた。
痛かった。辛かった。
何故生きる為に仕方なくやっている事なのにこんな目に遭わなければならないのか。
憎かった。世界が憎かった。
自分に辛い想いをさせる奴は殺してやる。
水音は店主の隙を見てなんとか逃げ出した。
それからは1人で森に篭もり木の幹を殴り続けた。拳は皮が剥け骨が見えるくらいまで朝から晩まで殴り続けた。
そんな水音に声を掛けてきた男がいた。森の中にあるという「慈縛殿」という寺の住職の解寧という高齢の男だった。
解寧は水音を慈縛殿に連れて行き朝昼晩の食事を約束する代わりに体術の修行をしろと言ってきた。
水音にとっては美味しい話だったので迷わず解寧について行った。
慈縛殿には解寧しかいなかった。ほかの修行僧は過酷過ぎる修行に耐えられず全員死んだという。
水音はそれを聞いて辛くなったら逃げ出せばいいと思っていた。
その日から水音は毎日毎日強くなる為に真面目に修行をした。
何故強くなりたいのか。それは自分を苦しめた人間を殺す為。それだけが生きる目的だった。
しかし、解寧と2人きりの過酷な修行の日々は一月で耐え難くなってきた。
修行の辛さもあるが、それ以上に寂しかった。解寧は修行の話しかしなかった。水音が別の話をしようとすると解寧は黙り込んでまるで相手にしないのだ。
そんな解寧を水音は好きではなかった。だが解寧は食事を与えてくれる。体術を教えてくれる。水音は体術が様になったらここから出て行こうと決めていた。慈縛殿から出てまた街に戻ろう。そして自分を棒叩きにした店の店主に仕返ししてやろう。
水音はそんなことばかり考えて日々耐えていた。
ある日、森の中で一人で修業をしていると少女が倒れているのを見付けた。その少女はまだ幼く、こんな森の中に1人でいるのは不自然だった。
捨てられたのか、親がいないのか。自分と同じ孤児か。
水音は倒れている少女に近付いた。
突然、倒れていた少女は蹴りを放ってきた。咄嗟に反応して躱した。
立ち上がった少女はふらふらで顔色が悪かった。
「あなた、1人? お腹すいてるの?」
水音が話し掛けたが返事が返ってこない。
すると少女は膝を付いてまた地面に倒れた。
「みず⋯⋯みず⋯⋯」
水音がまた近づくと少女は朦朧とした意識の中うわ言を言っていた。
水音はその少女を慈縛殿に運んで行った。
解寧に少女に水と食事を与えるように願うと体術の修行をさせる事を条件に許された。
それが周防水音と篁光希の出会いだった。
水音はその日から光希の世話をした。
そして体術の修行も共にこなした。
何故自分が見ず知らずの光希の為に世話をしているのか。それは親のいない光希の境遇が自分と同じだから。話し相手が欲しかったから。水音にも自分の気持ちが少しずつまともな人間の気持ちに近付いていることに気が付いた。今までの自分は生きる為とはいえ盗みを平気でやった。しかし光希と生活するようになってから心が豊かになった。盗みが悪い事だと理解出来るようになった。
そしていつの間にかあの店主へ復讐したいという気持ちは完全に消えていた。
光希との生活は純粋に楽しかったのだ。
ところがある日、光希の力は水音を上回るものになっていた。組手で水音は光希に勝てなくなってきた。
もともと光希は詳細は不明だが異国の武術「騎士道殺人術」を叩き込まれていたので体術の上達も早かったのだ。
水音はそれでも良かった。日々切磋琢磨して競い合うことは楽しかった。
しかし、解寧は楽しそうに修行する水音と光希を良く思わなかった。「慈縛殿体術」には復讐心が必要だった。復讐心が人を強くするという。解寧はその教えを忘れている2人をまた奮い立たせるため、水音を殺そうとした。水音より強い光希の復讐心に火をつけようとしたのだ。
水音は解寧の手から逃れる為1人慈縛殿を抜け出した。光希の事が心配だったが、自分がいなくなれば光希は慈縛殿で暮らせるはず。光希の為にも水音は自分が消える事を選んだ。
水音が慈縛殿の門を抜けた時、後ろから声がした。
「水音! 待って! 私も行きます!」
水音が振り返ると光希が必要最低限の物だけ持って立っていた。
「何言ってるの!? あなたはここで今まで通り暮らしなさい。解寧は馴れ合っているのを嫌うだけ。私が出て行けばあなたはこのまま食べていけるわ。ね、光希」
「嫌です」
水音が言うと光希は即答した。
「私は水音がいない時点で今まで通りではないんです。水音と一緒じゃないなら私はここにいたくないです。水音について行かせてください!」
光希は言葉こそはっきりとしていたがその目からは涙がとめどなく流れて唇は震えていた。
「私と一緒に来て後悔しない?」
「しません」
「死ぬかもしれないわよ?」
「構いません。水音と一緒なら」
その言葉に水音は光希を連れて行く事を決めた。
孤島の学園の噂を聞いていた水音はその学園を頼りに目指すことにした。
水音は慈縛殿での2年の修行の後、光希を伴って学園に入学する事になったのだ。
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「光希の邪魔はさせない! 後からしゃしゃり出たクソ女が!!」
カンナは勢いに押され何度も顔に水音の拳を食らった。捌き切れなかった。カンナの鼻や口からも血が出て飛び散っていた。
その様子を見て、蔦浜は助けに入ろうとしていた。
「水音!? どういうこと?」
「光希の邪魔をするな!!!」
水音は怒声と共に正拳を打った。
だが、その刹那。カンナは水音に僅かな隙を見付けた。一瞬だがふらついた。
「いい加減にしなさい!!」
カンナは水音の拳を躱し右手に渾身の力を込めた。
カンナの拳が水音の頬にめり込む。
水音はその拳の力で2メートル程吹き飛んで地面に倒れた。
カンナは殴ったままの姿勢で静止していた。
ゆっくり構えを解き、水音の方を見た。
水音は仰向けに倒れながらもまだ右手を上に伸ばし何かを掴むような仕草をしていたが力尽き、それから動かなくなった。
「カンナちゃん! 大丈夫か!?」
蔦浜がすぐに駆け寄って来た。
「蔦浜君、来てくれてありがとう。でも、どうしてここが分かったの?」
「嫌な予感がしたんだ。カンナちゃん部屋にいなかったから探しまくってて、そしたらここへ来る途中声が聴こえたんだよ」
「ありがとう」
蔦浜はずっと心配してくれて探しに来てくれたのか。あの時の言葉は本物だったのか。
カンナは急に目眩がして蔦浜の胸にもたれ掛かった。
「大丈夫かよ?」
「あ、頭打ったから……ちょっと目眩が」
蔦浜は優しくカンナを抱き抱えてくれた。
「く……そ……わた……光希に……しあ」
水音が倒れたまま何か言っているのが聴こえた。
カンナは蔦浜に肩を貸してもらいながらゆっくりと水音に近付き隣で膝を付いた。
「なに? 水音。言いたいことがあるなら聞くよ」
水音はカンナの顔を見て引きつりながらニヤリと笑った。
口や鼻からは血が流れていて痛々しい。
目からは涙が零れていた。
「私は……光希に幸せになって欲しいだけなんです……斑鳩さんは光希の初恋の人だから一緒にいさせてやりたかった……」
「そういうこと……」
カンナは水音の消え入るような声を聴き頷いた。
「それを……後から来た澄川さんが……奪うなんて許せなかったの……」
水音は荒い呼吸をしながらさらに続けた。
「私はあなたに負けた。氣を使ってないあなたに。学園では力こそがすべて。篝気功掌はやっぱり偉大な武術だわ。さあ……殺しなさい、澄川さん。私のことが憎いでしょ? どうせ私は独りの身。私が死んで悲しむ人間なんていないわ……」
そう言った水音の胸ぐらをカンナは掴み無理やり起こした。
「悲しむ人間がいない!!? あなたは今誰の為に闘ったのよ!? 光希の為でしょ!? あなた、聞いてなかったの?? 光希があなたにどんな想いを抱いているのか!? あなたが死んだら、光希が一番悲しむでしょ!? どうしてそんな事も分からないのよ!!」
「光希……」
水音はカンナの言葉に目を見開いて光希の名を呼んだ。
すると離れたところで倒れていた光希の身体がピクリと動きゆっくりと上体を起こした。
「水音……」
光希はカンナの蝎誅脚を食らった頬を押さえふらふらと立ち上がり、右脚を引きずりながら水音に向かって歩き出した。
「水音……私は……」
光希が歩き出すのをカンナと光希は黙って見ていた。
カンナはそっと水音の身体を放した。
「水音……私はあなたがいなくなってしまう方が嫌です。私は斑鳩さんと仲良くなれなくてもいい。水音がいてくれたら……それだけで」
「光希……」
水音は首だけ起こして近くに来た光希を見詰めた。
光希は水音の顔を見て優しく微笑み、両膝を付き水音に抱きついた。
「もうやめましょう。こんなこと。また2人で遊びましょうよ。慈縛殿での日々は辛かったけど、楽しかったですよ」
「そうね……澄川さんを虐めるのは……もうつまらないわ。また一緒に遊びましょうか。ね、光希」
「はい!」
水音と光希はお互い抱き締め合いそのままずっと涙を流し続けていた。
カンナと蔦浜はその様子をずっと見ていた。
2人の絆はとても強いものだ。
カンナは2人が羨ましいと思った。
しかし、カンナは突然禍々しい氣を感じた。
「もういいかしら?」
その場にいた全員がその声の主を見た。
辺りは既に宵闇に包まれていた。




