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序列学園  作者: あくがりたる
虎狼の章
57/138

第57話~前門の虎、後門の狼~

 重黒木(じゅうくろき)との稽古が終了した日の放課後。カンナはまっすぐと寮に向かった。

 放課後は食堂が閉まってしまう。本来夕飯は各自で作って済ませるものであり食事を作る当番も各部屋ごとで決める。今日の食事当番は水音(みお)。以前は水音と光希(みつき)の夕飯のついでという形ではあるがカンナの分も作ってくれていた。しかし、水音と光希との関係が悪化した今、カンナの分の食事は期待出来なかった。そもそも部屋に帰っていないかもしれない。

 カンナは食堂で買ってきたパンとカフェオレが入った袋を腕にぶら下げながら溜息混じりに寮へと向かっていた。

 日が傾きかけている。虫の音も秋を感じさせてくれる。

 カンナはふと気配を感じた。

 振り向くとそこには水音と光希が立っていた。光希は無表情だが水音は不敵な笑みを浮かべていた。

 光希のツインテールがゆらゆらと風に吹かれて揺れている。


澄川(すみかわ)さん。ちょっといいかしら?」


 水音が言った。


「私もあなた達に話があったのよ。ちょうどいいわ」


 カンナも無表情で言った。


「ここじゃなんだし、場所を変えましょうか」


 カンナは水音と光希に(いざな)われて校舎から離れた森の中に来た。さらに歩いて行くとカンナがいつも氣を練る修行をしている崖の上に出た。ここしばらくこの場所には来ていなかった。正面には海が見える。


「水音、光希、あなた達の話ってなに?」


 カンナが怪訝(けげん)な顔をして尋ねると水音はスカートのポケットから青いリボンを取り出しカンナに見せ付けるようにひらひらと振った。


「そのリボン……」


「あなたのですよ、澄川さん。もう知ってるかもしれないけど、私達が盗ったのよ。返して欲しい?」


 水音はリボンをひらひらと振りながらニヤニヤと笑っていた。


「どうしてそんなことするの? 私があなた達に何かした? 私はあなた達にそんな嫌がらせをされるようなことはしてないよね!? どうして仲良くしてくれないの!? お願い水音、そのリボン返して! 私、怒ってないから」


「うるさい!!!!」


 水音は突然怒鳴り声を上げた。


「理由なんてないって言っただろ!? お前の存在が許せないんだって!! お前とは永遠に分かり合えない!!」


 水音は怒鳴り散らすとカンナのリボンを両手でぐちゃぐちゃに丸めた。


「やめて!」


 カンナの焦る様子を見て水音は唇を噛み締めながらにやりと笑った。


「その顔! その顔! 澄川さんが困った顔。苦しそうな顔。悲しそうな顔。全部好き! その顔だけは好きよ? だから澄川さんの死に顔も私に見せてよ」


 水音は狂気に取り憑かれていた。今までに見たことがないくらいに恐ろしかった。


「光希。あなたも水音と同じ気持ちなの?」


 カンナはずっと黙っている光希に訊いた。

 光希はカンナを睨みつけた。


「私は水音とずっと一緒に生きてきた。水音がいたから生きてこれた。だから水音が言うことに私は従う。水音の想いは私の想い。私に私情が介入する余地はない」


 初めて聞いた光希の気持ち。光希はカンナに恨みなどない。しかし水音がカンナを殺したいと思うから光希もカンナを殺したい。そういう理屈だった。

 カンナは一度目を伏せ、また2人を見た。


「あなた達が蜂須賀(はちすか)を殺したの?」


「そう」


「あなた達が私の引き出しに鍵を入れたの?」


「そう」


「私に罪を着せる為?」


「そう! 全てはお前をこの学園から追い出す為!! それなのに外園(ほかぞの)さんに計画を駄目にされた! だからもういい! 澄川さん。このリボン、返して欲しければ捕虜殺しの罪を被っくれませんか?」


 水音はカンナに向けてくしゃくしゃにしたリボンを見せ付けて言った。


「嫌だよ。そんなの。あなた達の罪はあなた達が償うもの。私があなた達の為に罪を被るのはおかしいでしょ?」


「黙れよ!!! お前に選択肢はないだろ!? このリボン、火点けてもいいのか?」


 水音はスカートのポケットから今度はライターを取り出し火を灯し、リボンに火を近付ける仕草をした。


「わかった!!!」


 カンナは大声で言った。

 水音は火を近付けるのを一旦やめ、カンナを見た。光希もこちらを見た。


「だったらそのリボンを取り戻してからあなた達の目を覚まさせる!」


「は? 馬鹿じゃないの?」


「目を覚まさせる?」


 水音も光希も呆れたような顔をした。

 カンナは構わずリボンを持つ水音に向かって走りだした。

 それを見て隣に立っていた光希が水音の前に出た。

 カンナは光希を避けて光希の後ろにいる水音のリボンを持つ腕を掴んだ。


「触るな!」


 水音はカンナの腹に蹴りを入れた。カンナは敢えてその蹴りを受けた。


「水音!」


 手を出してしまった水音を見て光希が渋い顔をして水音の名を呼んだ。

 水音も舌打ちをしてカンナを睨んだ。

 まだリボンは水音が持っている。

 カンナは水音の蹴りを食らったが蹴りを食らう瞬間に後ろに跳んだのでダメージはない。


「まぁいいか。どっちみち澄川さんは殺すんだし。さっさと()っちゃおうか。私達が捕虜を殺したことも澄川さんに罪をなすり付けられなかった時点でいずれ学園にバレる。こうなったらバレる前に澄川さんの死体を持って行って『こいつが犯人だったので始末しました。』って言うしか私達が罪を免れることは出来ない。さあ、準備はいい? 光希」


「はい」


 光希は短く返事をして脚を開き膝を伸ばし始めた。

 カンナは下を向いた。


「仕方ないか」


 カンナは持っていたパンとカフェオレが入った袋を脇に放り投げた。

 覚悟を決め構えた。

 2人の目を覚まさせたい。同じ体術使いなら拳と拳の語り合いの方がいいのかもしれない。

 先に水音が襲い掛かってきた。

 カンナの目の前で軽く跳ねた。身体を回転させ裏拳を打ち込んできた。

 カンナは右手左手で連続で繰り出される水音の拳を捌いていく。


 カンナが実技の授業で見てきた限り、水音と光希は現在の序列以上の実力がある。しかし水音も光希も積極的に序列仕合は行わず序列には強いこだわりがないのだと思った。

 特に序列34位の光希は脚技が秀逸で脚力も常軌を逸している。実力でいえば序列15位以上でもおかしくない。


 水音はカンナの上着の袖を掴んだ。そのまま手前に引かれ僅かにバランスを崩したカンナの後頭部に肘を打ち込んだ。


「うっ!!」


 カンナが呻き声を上げながら前の方に倒れかけると視界には脚が────

 咄嗟に両腕で身体を庇う。

 強烈な光希の蹴りが両腕に入った。

 骨が砕けるのではないかと思うくらいの激痛。本来素人なら骨折していただろう。カンナは上手くダメージを分散させるように光希の蹴りを防いでいたので骨折は免れた。しかしほかの部位にまともに食らっていいようなものではない。

 カンナは両腕の激痛に耐え、蹴りの衝撃を利用し地面を回転しながら2人から離れた。

 水音と光希の連携攻撃。

 2人を同時に相手にするのは一対複数を得意とする篝気功掌(かがりきこうしょう)の闘い方でも苦戦を強いられる。


「氣とかいうチートは使わないんですか? あれ? 使えないんだっけ?」


 水音は笑いながら言った。

 氣が使えないという情報はどこからか得たようだが今は使おうと思えば使える。ただ、カンナはなるべく氣には頼ならないようにしている。重黒木の稽古で掴んだものを今確かめたい。その気持ちがカンナにはあった。


「氣は使わずに、体術のみで相手になるよ」


「うわ~そういうところですよ! 澄川さん! そういう自分は強いみたいな言い草。本当に殺したくなっちゃう」


 水音は殺意を表明しているにも関わらずニヤニヤとして脚をモジモジとさせていた。手にはまだカンナのリボンが握り締められている。

 光希はただその様子を無表情で見ているだけで構えもしない。

 カンナは水音のその気の抜けた仕草を隙と見て水音目掛けて突っ込んだ。とにかくリボンを取り返さなければ。

 駆け出したカンナと水音の間にまた光希が割り込み回し蹴りを放った。

 カンナは屈んでそれを躱し光希の腹に掌打を打った。


「うっ」


 光希は腹を抑えて動きを止めた。

 カンナはそのまま水音の目の前まで走り右から頭部へ蹴りを放つ。

 水音も屈んでそれを躱しリボンを握り締めていない右手でカンナの顎へ拳を突き上げる。

 それをカンナが躱すと同時に水音の脚を右脚で払い地面に倒した。

 水音は地面に倒れる瞬間に受け身を取りすぐに立ち上がった。

 いつの間にか水音の左手にあったはずのリボンはなくなっていた


「返してもらったよ。リボン」


 カンナの手にはくしゃくしゃの青いリボンがあった。


「このクソアマぁぁ!!」


 水音が叫んだ。


「もうやめようよ。大人しく捕虜殺しの罪を学園に自己申告して罪を償って」


 カンナの助言を聞き水音はくすくすと笑った。


「そんなこと……するわけないでしょ? 私達は澄川さんを追い出した学園で楽しく生活したいだけなんだから。お前を殺してしまえば全てが上手くいく。澄川さん。私達の事を想ってくれるなら大人しく殺されてくれないかしら?」


 もう何を言っても駄目だ。カンナは深い溜息をついた。


「お前はこの学園に必要ない」


 水音はそう吐き捨てるように言うとカンナに飛び掛った。速い。

 カンナは避ける間もなく正面から頭を掴まれた。そして────


慈縛殿体術(じばくてんたいじゅつ)地蔵転(じぞうころ)ばし!!」


 カンナは水音に頭を掴まれたまま手前に引かれ、それと同時に片脚を持ち上げられた。重心を前に持っていかれそのまま頭を地面に叩き付けられた。

 カンナは目の前の地面を一瞬見たが額の激痛で目を瞑った。

 地面に伏せたまま動けない。打ち付けられたところが痛い。目を開けた。地面には血が零れていた。自分の血か。流血したようだ。


「どうですか? 澄川さん。気持ちいいですか? 痛いのは、気持ちいいですか??」


 水音はニヤニヤしながらカンナの前髪を引っ張って顔を無理やり起こした。


「氣を使わないと勝てないんじゃないかなぁ。澄川さん、序列20位の私に負けてるようじゃ情けないですよ~。ほんとに死んだ方がいいかも。篝気功掌? その名前が可哀想」


「何ですって?」


 カンナは聞き捨てならない言葉に自然に声が出ていた。


「だから、これじゃあ篝気功掌をせっかく教えてくれたあんたのお父さんが報われないわよ。いや、そもそも篝気功掌って大したことないんじゃ」


 カンナは水音の胸ぐらを掴んでいた。


「私の事は何を言われてもいい。でも篝気功掌とお父さんを馬鹿にする事は許さない!」


 カンナは水音を睨み付けて言った。

 水音は掴んでいたカンナの前髪を離しカンナの手を振り払い立ち上がった。


「はは、その顔もいいわ。澄川さんも怒ることがあるんですね。でも私は思ったことを言っただけです」


 そう言うと水音は右脚で思いっきりカンナの顔を蹴り飛ばした。カンナは防御も出来ずごろごろと転がった。


「安心してください。澄川さん。あなたの死体はあの捕虜みたいに放置しないで学園に運んだ後はちゃんと私がどっかに埋めといてあげますよ。まぁその前にちょっとイタズラしちゃうかもしれませんが」


 水音がにやにやと気味悪く笑っていた。


「水音も趣味が悪い」


 光希がボソッと呟いた。

 カンナはゆっくりと立ち上がった。

 その光景に水音と光希の表情が固まった。


「何で……立てるのよ。私の地蔵転ばしを食らって」


「どうします?一気に始末します?」


 光希が水音に指示を仰いだ。

 水音はカンナの様子を窺っているだけで答えない。

 カンナは握り締めていたままのリボンで髪を結い始めた。


「拳と拳で語ろうか」


 カンナは額と口から流れる血を拭い、また構えた。

 目を閉じた。


────目を覚まさせる────


 それだけが頭にあった。

 何の理由もなくこんな事をするはずはないのだ。数ヶ月間共に同じ屋根の下で暮らしてきた。2人が心の底から腐っているわけではない。それはよく分かった。分からないのはカンナに恨みを抱く理由。そしてそれを教えない理由だ。


「あなた達は間違ってる。自分達で申し出ないなら私が学園に連れて行く」


「やれるものならやってみてください」


 水音は構えた。光希も構えた。

 対峙。

 もうすぐ日没。

 宵闇が迫っている。

 いつの間にか光希はカンナの後方に移動していた。カンナを水音と光希が挟む形の配置。

 

 前門の虎、後門の狼。

 

 風が吹いた。

 水音が走った。

 右からの拳、左からの蹴り。カンナは攻撃を読みつつ巧みに捌きそして躱す。

 水音が目の前から消えた。

 下。


「慈縛殿体術・大腿旋風足刀だいたいせんぷうそくとう!!!」


 水音は地面に片手を付き、それを軸にしてカンナの脚に蹴りを入れた。

 カンナは右脚でそれを受けた。

 激痛が走った。

 2人の攻撃は一発一発が重い。


「光希! 今!」


 痛みに気を取られていて頭上の光希の気配に気付くのが遅れた。

 (かかと)落とし。


刻印鉄槌(エングレイブハンマー)!!」


 光希の掛け声と共に振り下ろされる鋭い踵。

 蜂須賀にとどめを刺したのもこの技だろう。

 カンナは寸前で前方に跳ぶ。

 交わしたと思ったが僅かに掠ったのだろうか、右肩が上着ごと切れて少し血が出た。

 光希の踵が地面を粉砕する音が聴こえた。

 カンナは前方に跳んだ勢いで地面に両手を付き逆立ち状態になり、それと同時に2人の位置を瞬時に把握。両脚を開き 回転蹴り。カンナの旋風脚(せんぷうきゃく)は水音と光希の顔面を見事に蹴り飛ばした。


「うっ……!!」


 水音と光希は吹き飛びこそしたがすぐに受け身を取り立ち上がった。


「澄川さんの攻撃なんて、蚊が刺すようなものです」


 水音は口から流れている血を右手で拭いながら言った。

 光希は何も言わずに血の混じった唾を地面に吐き捨てた。


「闘ってて思ったんですけど、澄川さん。やっぱりあなた私達に勝てないと思う。氣、使ったら?」


 水音はまだ余裕なのか、にやにやとして言った。


「使わない。ごちゃごちゃ言ってないでかかって来なさいよ」


 カンナはまた構えた。

 必ず仲良くなれる。カンナはそう信じていた。その為にはここで自分の力のみで2人を倒さなければならない。

 カンナはそう思っていた。

 カンナの想いとは裏腹に水音と光希の目はカンナを憎悪の眼差しで射抜いていた。


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